もっと遠くへ⑧
アルブの姿が、ナハトムジークからも、〈ファルノヴァ〉からも消えた。
最初は、すぐ戻ってくると思っていた。
気分転換だとか、少し頭を冷やすためだとか――そういう類のものだと。
でも、数日経っても、アルブは戻らなかった。
代わりに、アルブが書いた記録が届くようになった。
《〈ファルノヴァ〉から北北東に3日ほど、冒険者で噂になっている〈帰らずの森〉を再訪。常に霧がかかかっているこの森は、近くの村人も滅多に訪れない。『行方不明になった5歳の少女が5年後に元の姿のまま発見された』『訪れた後に原因不明の高熱に苦しめられた』。この森は不思議な逸話を事欠かない。私自身も、以前、ここにある巨大な円形広場を訪れた際、帰る途中で奇妙な出会いがあった。興味がある冒険者は訪れてみてもいいだろう。非常に虫が多いので軽装で訪れないことを薦める》
冒険者のための旅行ガイドとしては、申し分ない内容だったが、以前のように楽しげな、ワクワクさせるような描写は見られない。
「……〈記録士〉の仕事をしているのか」
俺はそれだけ呟いた。
「……前より、文章が固いね」
ゾラもそういうが、ヴォセムたちもそう感じでいるようだ。
それからも、アルブの〈記録〉は途切れなかった。
《〈帰らずの森〉から東に2日ほどの位置にある〈廃都ヴァル・ラサリトゥルイ〉に訪れた。1200メートルの高地に建設されたここは、古代ラサリテア人による軍事・宗教・政治上の最も重要な古代の要塞であり、戦術的な防衛機構が設置されていたという。古代ロマンを感じさせるこの地は冒険の目的地としても良いだろう。ラサリテア王が数千人の兵士を前に演説をしたという伝説がある広場がある。魔物も多く生息している地域なので、しっかりと準備をして訪れたい場所だ》
《〈廃都ヴァル・ラサリトゥルイ〉の近くにある廃棄された〈塩鉱山サリーナ〉を訪れた。非常に広い空間が不思議な魅力を感じさせる。その巨大な空間は、灯りを消すと本当の闇になる。もし灯りがなかったら長時間滞在することはできないだろう。音を立てると反響してよく響くが、立ち止まっているとそれもない。光も音もない空間は恐怖でしかないが、外に出た時、太陽の光のありがたさを感じることができる》
無駄な言葉はない。
冗談もない。
以前の、あの楽しげな調子は、どこにも見当たらなくなっていた。それに――。
《ラサテリア王が数千人の兵士を前に演説をしたという伝説がある広場がある》
《音を立てると反響してよく響くが、立ち止まっているとそれもない》
音の描写が、やけに多い。アルブは何も言わないが、気にしているのだろう。
それに、行き先は、少しずつ、街から遠ざかっていった。
最初のうちは、〈記録〉に書かれていた場所へ、俺たちも向かっていた。
霧深い森。
古代都市の廃墟。
廃棄された鉱山。
どこにも、アルブの姿はなかった。当然だ、いつまでも滞在するような場所じゃない。危険な場所ばかりだ。
無茶をしている、というほどではないが、安全とは言えない。
でも、助けを求める言葉は、一切ない。
そのあとも、アルブの記録は途切れることはなく、まるで、「わたしはここにいるよ」と、伝え続けているみたいだった。
・
アルブはいない。
ゾラもルゥガも、それにケマーレも、もちろん心配していたが、俺たちの音楽を求めて、たくさんの人たちがライブハウスにやってくる。
ミルチャも、客を定着させるためにも、ライブハウスを休んではいけないと言っていた。
俺もそう思う。
ライブの準備の合間、ゾラが弦を張り替えながら言った。
「……今日も、戻ってないな」
「……そうだな」
短く答えたのはルゥガだった。
「記録は?」
「一昨日届いた」
「なら、元気でやってるか」
それ以上は言わない。
ゾラが、少し間を置いて続ける。
「……でも、前より、文章が固いんだよな」
「仕事だろ? 固いとかあるのか?」
俺は譜面から目を離さずに言った。
「……そうじゃなくて、前までのはもっとこう……『あ。ここに行ってみたい。楽しそう。ワクワクする』みたいなのがあったんだよ。それが今は業務連絡みたいだ」
ゾラが記録をまとめた冊子を見ながら言う。
「それに……危ないとこ多いしな」
「そういう依頼があるんじゃないか?」
「いや、俺は心配だぞ?」
「アルブは隠れるの上手いからちょっとやそっとじゃ捕まらないだろうけどな……」
「でも、魔王軍の連中に見つかったら……」
それきり、誰も続けなかった。
外から、ガヤガヤと客の声が聞こえてくる。
いつもより多い。
「そろそろ時間です! みなさんお願いします!」
スタッフが控え室の扉を開けて声をかけてきた。
「やるよ」
俺は即答した。
「俺たちには待ってる人がいるんだ」
ゾラも、ルゥガも何も言わず、頷いた。
誰も、探しに行こうとは言わなかった。
誰も、このままでいいとも言わなかった。
――俺たちは音楽を続けていくしかない。
俺は自分にそう言い聞かせて、アルブの帰りを待つことにした。




