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もっと遠くへ⑤

 ライブの入場料を取るようになってから、物事は驚くほどスムーズに動き始めた。


 まず、金が回り始めた。

 チラシを作り、それが至る所で配られ、あちこちで話題となる。

 話題になってもライブじゃないと音楽は聞けないからみんな来たがる。

 

 結果、毎日のように銀貨が積み上がり、1日1回のライブでは足りなくなり、1日2回の入れ替え制にし始めた頃。

 ミルチャがまた顔を出した。


「ここまで来たら、中途半端はいかん」


 そう言って、彼が差し出したのは一枚の書類だった。

「音楽ギルド」の申請書と「音楽ギルドマスター」の名義で借り受ける建物。

 ミルチャの推薦でギルドを新設し、冒険者ギルドに併設のステージとは別に、音楽ギルドを作り、専用のハコを作るという話だった。

 

「わしが〈ファルノヴァ〉の評議会に推薦しよう。ヴォセム殿も快く推薦人になってくれた」

「え。そんな……」

「ここまで儲かるんだ。相応の器が必要だろう? 何。アオ殿は何も変わらない。雑事はわしの部下にやらせよう」

「……ライブハウス……本気ですね」

「当たり前だ。儲かる話を遊びで終わらせるほど、わしは甘くない。で、ギルドの名前だが、何にする? 好きなのを決めていいぞ」

「ギルドの名前って、そんな急に……」

「まぁ、気張ることはない。ひとつふたつ好きな言葉を組み合わしゃいいんだよ」


 ヴォセムはそういうが……。


「じゃ、じゃあ、『ナハトムジーク』で……」


 昔の有名なクラシック音楽家の曲からもらった。“夜の音楽”という意味だ。なんとなく響きがカッコよくて好きだ。


「聞いたことがない言葉だが、かっこいいな。ではそれで登録しよう」


 そういって俺に書類にサインをさせると、ミルチャはあっという間に手続きを進めてしまった。


 ・

 

 こうして、俺たち4人は「音楽ギルド ナハトムジーク」を名乗ることになった。

 名目上のマスターは――俺だ。


 とはいえ、実態は相変わらずだ。

 昼は冒険者ギルドの皿洗い。夜は音楽ギルド。

 俺は相変わらず皿を洗い、床を拭き、合間に曲を書くという生活だった。


「ギルドマスターが皿洗いって、どうなんだよ」

「別にいいだろ。手が空いてるし、嫌いじゃないんだよ。皿洗い」


 そう答えながらも、胸のどこかが少しだけくすぐったかった。

 “マスター”なんて柄じゃないんだけどな。


 ・


 そして――お披露目の日が来た。


 音楽ギルドナハトムジークのライブハウスの開業記念ライブ。

 ミルチャが大々的に宣伝をしたこともあって、ギルドの前には朝から人だかりができ、整理券は昼前には無くなったらしい。


「満席、かな」

「いや、入り切ってねぇぞ」


 ゾラが顎で示す。

 入口の外にも、人が溢れていた。

 顔なじみの街の人達や冒険者たち、それに少しガラの悪そうな連中もいるけど、彼らはみんな俺たちの音楽を聞きに来たんだ。


「すごい。こんなに多くの人たちが俺たちの音楽を……」

 

 まさに、とんとん拍子だ。

 俺と同じ歳で国民的アイドルになった白兎(しらと)いなばも、ネットでバズってあっという間に頂点まで登り詰めた。

 こんな感覚だったんだろうか。


 俺はそんな高揚感を感じていた。でも、この時、その怖さに気が付いていなかった――。


 そして、開演。

 最初の数曲は、うまくいっていた。


 前の席の人たちは楽しそうに体を揺らし、声を上げる。

 アルブの歌も、前列までは確かに届いている。


 ――でも。


 後ろの方が、ざわつき始めた。


「おい! 歌ってのが聞こえねぇぞ!」

「前の奴ら、もっと前に詰めろよ!」


 先程の柄の悪い男たちが騒ぎ始め、それに呼応して、不穏な声が、波のように広がっていく。

 人が前へ、前へと押し寄せる。


(……まずい)


 演奏しながら、嫌な予感を感じていた。

 でも、わかっていたけど――止められなかった。

 ここで止めたら、せっかくうまく行っているのに、止めてしまう気がしたから。


 金を払った人たちの目は、もう客のそれじゃない。

 権利を持った者の目だった。


(俺が音楽をそういうものに、ここをそういう場所にすると決めたんだ)


「前に行かせろよ!」

「こっちは高いお金払ってるのよ?!」

「お前ら、目立ってんじゃねーぞ!」

「痛い! 押さないでよ! あぶないわよ!」


 煽っている男たちは、騒ぎ自体を面白がっているように見えた。


 次の瞬間だった。


 肩に掛けられた手を振り払った手が後ろにいた男の顔に当たった。


「お前! 何しやがる!」

「危な――!」

 

 俺の声は、完全にかき消された。


 男が殴りかかろうとした瞬間、誰かの足がもつれ、悲鳴が上がった。

 人々が倒れ、その上に、さらに人が倒れ込む。


 俺がいた世界でいうところの将棋倒し――。

 たくさんの人が覆い被さり、下には潰された人。

 誰かの怒号、悲鳴、泣き叫ぶ声。


 演奏は止まった。

 アルブの歌声も、途中で途切れた。


「おい! 助けろ! まずいぞ!」


 空気が一変する。

 熱狂は、一瞬で恐怖に変わった。


 人が引き剥がされ、運び出されていく。

 幸い、皆、命に別状はなく、軽傷だったし、「気にするな」と言ってくれた――が。


(……違う)


 騒ぎを起こした連中はいつの間にかいなくなっていた。


(あいつらが来なくても、いずれ起きてた)


 前に行かなきゃ損をする。

 聞こえなきゃ意味がない。

 金を払ったんだから、当然だ。


 ――俺が、ここをそういう場所にしたのだから。


 アルブは、ステージの上で立ち尽くしていた。

 耳が、完全に伏せられている。


「……ごめんなさい」


 小さな声だった。


「私の歌が……届かないから……」


 少し間を置いて、アルブは続けた。


「……どんなに楽しくても、私みたいなのが、人前に立って目立つようなことをすべきじゃなかったんです」

 

 否定しようとして、言葉が喉で止まった。


 ――違う。事故の原因は、俺の判断だ。


 でも、それを言ったら、アルブは「それでも私の声が届かなかったからだ」と言うだろう。

 俺は何も言えなかった。


 俺は、床に散らばった入場チケットを拾い上げる。

 さっきまで成功の証だった紙切れが、やけに重く感じられた。


(……前に進んだ、はずなのに)


 音楽を広げたかった。

 多くの人に、届けたかった。


 でも、気づけば――俺たちは、音楽を「奪い合うもの」に変えてしまっていた。

 ギルドの外では、騒ぎの様子を知らないひとたちがまだ列を作っている。

 次は、もっと聞こえるはずだと。次は、自分の番だと。


 並んでいる人たちに事情を説明する俺の胸の奥には、嫌な予感が沈んでいった。


 ――もっと遠くへ行けると思ったのに。俺たちは、どこへ向かっているんだ?

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