魔王城にて
その頃――。
シャプテ・チェターツィ王国の首都〈ドシュティエラ〉にある魔王アルバストルの居城、通称「〈魔王城〉」にヴルペが現れた。
「魔王アルバストル様ッ!」
派手な青い外套を翻し、ヴルペが玉座に詰め寄る。
その顔には、いつもの下卑た笑みではなく、妙な興奮が浮かんでいた。
「〈ファルノヴァ〉に不穏な動きがございます! この私が、怪しい者たちが出入りし、何やら人を集めて良からぬことをしているという情報を入手いたしました。〈ファルノヴァ〉は以前より言うことを聞かず、生意気なギルドの連中が――この世界を統べる〈闇の魔王〉たるアルバストル様の権威を貶め、アルバストル様より目立っております!」
ヴルペは胸を叩き、誇らしげに言う。
「もちろん、部下には奴らがこれ以上目立たなくなるよう、この私の指示で、妨害工作をしております! しかし、断固許せません! 私めが、偉大なるアルバストル様のご威光の下、魔王軍の強烈な進軍で〈ファルノヴァ〉を攻略してご覧に入れます。そして、下々の者どもが、二度と魔王様の権威を忘れぬよう、偉大なる魔王様の銅像を――どうか、どうか! この私に進撃のご許可を!」
玉座の上で、アルバストルは片肘をついたまま、面倒そうに視線を向ける。
「……ならん」
そのひと声で、玉座の間の空気が凍った。
「〈ファルノヴァ〉は重要な経済都市だ。〈ミレショル〉や〈ソルガラシ〉のような管理の仕方をすればすぐに潰れる。あの街は自由に交易させることで利益を生む。国の血流のようなものだ」
「し、しかし……!」
「それに――」
アルバストルは指をひらりと振った。
「それに、お前に〈ファルノヴァ〉の攻略は無理だ。あそこのギルドは結束が強い。それに冒険者たちを抱えているからな。下手に手を出して、連中により強固になられるほうが面倒だ」
ヴルペの顔が固まる。
アルバストルはため息混じりに続けた。
「とはいえ、お前の私への忠誠心はよくわかった。功を焦ったものではなく、私を思ってのことだろう。いずれ〈ファルノヴァ〉の対処は考える。その時は――私が自ら攻略する。お前はその隣に立って、その景色を見ていれば良い。くれぐれも暴走するなよ?」
「アルバストル様!!」
ヴルペは恍惚とした顔でひれ伏し、震える声で叫んだ。
「ヴルペよ。下がって良いぞ」
「はっ! ははっ!」
ヴルペは外套をはためかせながら、嬉々として去っていった。
・
玉座の間に静寂が戻ったところで、柱の影から、ひょいと人影が現れた。
「アルバストル。俺の立場からも言わせてもらうが、ヴルペはそろそろ自重させたほうがいいんじゃないか?」
全身黒ずくめで橙色の眼鏡をかけた男は、国の経済を担う魔王軍幹部のひとり、ポルトカリウ。
「ポルトか。まあ、そうなんだけどさ」
アルバストルは玉座に座ったまま、肩をすくめる。
「あいつの出世欲、めんどくせーけど、おもしれーじゃん。ああいう奴は好きにやらせときゃいいんだよ」
「いやいや。ヴルペは、〈ラクリノヴァ〉で塩と酒と地下経済を牛耳ろうとしてるんだぞ? 完全に私腹を肥やす動きだろ。実際、各地の治安も悪くなってる」
「でもさ。あいつはその肥やした私腹も俺のために使うだろ?」
「……は?」
「治安が悪くなって、ギルドと地下経済が対立してくれれば、両方の力を削げる。ギルドが泣きついてきたら、軍を派遣して、地下経済をちょっとばかり懲らしめてやればいいじゃん」
アルバストルはいたずらっぽく笑う。
「ギルドや市民は俺に恩を感じ、地下経済の連中は俺を恐れる。隣国の連中もそれがわかる。それをヴルペが一生懸命、勝手にやる。何かまずいことがあっても、最悪、奴を切って奴が勝手にやったことにすればいい。それで周りはますます、『俺を怒らせるとやべぇ』って思う。どこを切っても俺にとって都合がいいじゃん」
「お前……」
ポルトカリウは額を押さえて大きくため息をついた。
「ほんとお前は〈闇の魔王〉だよ」
「ふふ。褒め言葉として受け取るよ」
黒曜石の玉座に反響する笑い声は、暗く冷たいが、どこか楽しげだった。




