ファルノヴァの歌姫⑩
そして、俺達はメンバーが揃ってから練習を重ね――。
ついにライブの日を明日に迎えた。
ミルチャが手配した豪華な馬車で、俺とアルブ、ルゥガ、そして、ゾラの4人は、ライブに備えて前日に商人の街〈ラクリノヴァ〉にやってきていた。
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〈ラクリノヴァ〉も〈ファルノヴァ〉と同じ様な城塞都市で、商人たちの評議会によって治めている自治都市らしい
〈ファルノヴァ〉よりも、商売っ気がある街で、出店も多く、酒場は夜遅くまでやっていて、とても活気がある。
アルブの話じゃ、かっぱらいやスリなんかもいるから、治安はいいとは言えないんだというが、歓楽街ってどこもそういうところあるよな。
などと思っていたら、馬車は、あの派手なマントの男――〈ラクリノヴァ〉の商人ギルドマスターであるミルチャ・コステアの屋敷に到着した。
想像していたよりずっと大きい。
門構えからして豪勢で、柱の装飾も豪華だ。
庭には噴水、入口には兵士がずらり。
建物はレンガ造りの3階建て。まるで、テレビで見たヨーロッパの洋館のようだ。
明日パーティが行われるというホールには、煌びやかなシャンデリアが吊られていた。
――あまりに豪華すぎて、正直ついていけなかった。目がチカチカする。
(……すげぇ。これ、絶対場違いじゃね?)
隣では、アルブが目をきらきらさせている。
「わぁ……アオ、すごいよ! こんなところで歌えるなんて!」
「いや……すごいのはお前の歌だから……」
ゾラは壁にもたれて腕を組み、鼻で笑う。
「うへぇ……金持ちってやつは気取ってんなぁ。でもまぁ、こういう場所でぶちかますのも悪くないね。それに、これなら、『報酬が高い』ってのも納得だ」
「……場が……広い。音が……遠い……」
一方のルゥガは雰囲気に飲まれてしまっている。
俺達がホールを見上げているとミルチャがやってきた。
「おお、来てくれたか。遠路はるばる悪かったね」
「ホントだよ。こんなところまで来たんだ。ぶちかまさせてもらうよ」
「はは。元気があって期待できそうだ。そちらの猫さんは、お仲間かな?」
「ええ。彼女はギターのゾラ。こっちはルゥガ。ふたりとも明日の演奏者です」
「ギターとは、この間、君が演奏していたものだね? それでは、君は何をやるのだね?」
「俺は、ベースを演奏します。このバンドで明日はしっかりと盛り上げさせていただきます」
「ほう。演奏者が3人もいるのか。私の条件もバッチリ満たしてくれたようだね。改めてになるが、パーティには各地の要人、商人、それに……軍人。大切なお客様が揃っている。退屈させんでくれよ?」
しっかりとプレッシャーもかけられてしまった。
「……が、頑張ります」
「楽しみにしておるぞ、“ファルノヴァの歌姫”よ」
アルブがびくっと震えた。
「う、うんっ……!」
(緊張してんじゃん……)
俺はアルブの背中を軽く叩いた。
「大丈夫。最初は、いつもの曲やるだけ。俺たちが支えるから」
アルブはこくりとうなずいた。
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そして、パーティ当日――。
ミルチャが俺達を紹介する。
「お客人の皆様。ご歓談の所失礼します。実は、先日、私が面白い者たちに出会いましてな。ぜひ、彼らのことを知ってほしい。ちょっとした余興として、皆さんの耳を楽しまさせてください。アオ、アルブ、ゾラ、ルゥガよ。準備はよいかね?」
いよいよだ。
客席では、ワイン片手に談笑する者、こちらを値踏みする者……視線がまるで“舞台に上がった獣”を見るようだった。
(……負けない)
ベースを構え、深呼吸する。
「――行こう」
ルゥガがスティックを握る。
ゾラが弦を弾いて音を確認する。
アルブが胸に手を当て、目を閉じる。
俺はミルチャに向かって頷いた。
「うむ。では、〈ファルノヴァの歌姫〉による、『音楽』というものの演奏です。どうぞ、お楽しみください」
ミルチャはしっかりと紹介をしてくれた。俺達も気合を入れる。
そして。
ドンッ!
ルゥガのドラムがホールに響いた。
低音が床を震わせ、次に俺のベースが細かいリズムを刻む。
その上にゾラのギターが彩りを作り――アルブが歌を乗せた。
アルブはまるで子どものように、嬉しそうに笑って歌う。
♪~~~
♪~~~
会場の空気が変わった。
会場中の視線が一斉に向く。
クリスタルのシャンデリアが震え、ワインの液面が揺れたように見えた。
(……届いてる……!)
アルブの声は、街で歌ったときよりも澄んでいた。
ホールの壁に反射し、何重にも広がって客席を満たしていく。
要人たちも、商人も、軍人も――息を呑むように耳を傾けた。
歌い終える。
静寂。
そして――。
「…………!!」
爆発のような拍手が巻き起こった。
「すばらしい!!」
「なんだこれは!」
「これが噂の……!」
アルブは驚いたように目を瞬かせ、それから少し泣きそうな顔で笑った。
「アオ……届いた……?」
「ああ。めちゃくちゃ届いたよ」
(――いい流れだ。後半も、いける)
そう思った時だった。
「おいおい。なんで半獣人種たちのお遊戯なんざ聞かされるんだ?」
会場の空気が揺れた。
声の主は、真っ青な服を着た男。〈ウサギ狩り〉のときに見かけた狐の紋章を付けている。
「この宴に、獣の歌など必要あるまい。2匹もいたら獣臭くてかなわん。酒も食事も不味くなる。辞めろ辞めろ。ミルチャ殿もどうされたのだ? こんなのを余興とするとは」
冷たい視線が、アルブとゾラに突き刺さる。
アルブの耳が、ぎゅっと伏せられた。
ゾラの目は怒りに満ちている。爆発寸前だ。
拍手の熱が一瞬で冷えていく。
客席の何割かが、ひそひそと囁き始めた。
(……やっぱり、こうなるのか)
俺はベースを握りしめた。
ここから――後半だ。




