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ファルノヴァの歌姫⑨

 ベースが完成したものの、その扱いが難しく、俺とルゥガは音を合わせていた。

 それをアルブが楽しさそうに見て笑っている。

 

 そんな俺達を、カウンターでぶどうを食べているゾラが見ていた。


「アンタらもうパーティじゃん。ねぇ、いつからギルドで営業するわけ?」

「パーティじゃなくてバンド!」

「どっちでもいーよ」


 ゾラは尻尾をだらんと垂らし、興味があるのか、ないのか、よくわからない表情。

 だが、最近はなんだかんだ暇だと言って絡んでくる。


(『まるっきり興味ない』ってことは無いと思うんだよな……)


 俺はゾラに近づいた。


「ゾラ。ちょっと話していいか?」

「ん? 皿洗いの相談なら聞かないよ」

「違う! 音の話!」


 ゾラがぶどうを転がす手を止めた。


「……音?」


「実は、ギターを弾ける仲間が欲しいんだ。ゾラ……お前が弾いてくれたら、絶対に合うと思う。あの身のこなしも、耳の良さも……音を掴む力がある」

「は? アタイが?」

「そう。ゾラなら――」

「無理無理無理! アタイはひとりで生きてんの。音楽とか、仲間とか……そういうの、向いてないし、性分じゃないし」


 ゾラは軽く笑って、話を切ろうとした。

 けれど、その目にはわずかな翳りがあった。


 アルブがそっと近づく。


「ゾラ……本当は、少しだけ、やってみたいんでしょ?」

「は? 何言ってんの?」

「〈森犬(モリーヌ)〉の森に連れて行ってくれたとき……広場の屋根の上で私の歌を聞いたとき、ゾラ、笑ってたよね? それに、あの時、屋根の上で『楽しそうだな』って呟いてたのも聞こえたよ」

「わっ……! なんで聞いてるんだよ!」


 ゾラが耳まで真っ赤になる。


「えへへー。私は耳が良いのです」

 

 アルブは胸を張る。


 (あの広場で歌ってる時に聞こえていたのか……アルブの耳はどういう耳をしているんだ……)


「ひとりでつぶやくだけなら、勇気がなくてもできるよ。でも、誰かに届けたいって思ったら、勇気がちょっとだけ必要なの」

「アルブ、それ名言すぎる……」


 ゾラは顔をそむけたまま、ぶどうを一粒つまむ。


「……仲間ができると、守んなきゃいけないでしょ。……そういうの、苦手なんだよ。……アタイは自分が守りたいと思った分だけ、仲間にも同じような気持ちを期待しちまう。でも、そうじゃない奴もいるし、もしまた守れなかったら……。……だから仲間は作らないことにしてるんだ」


 その声は、小さくて弱かった。


「ゾラ」


 俺は一歩踏み出した。


「音楽で守るのは、仲間じゃなくて“音”だよ。ステージに立つとき、全員で“音”を作って、それを守るんだ。“音”は弱くて繊細なんだ。みんなで守らないと壊れてしまう。一緒に作って、守ってくれないか?」


 ゾラがゆっくり振り向く。


「アオ……」

「ゾラは、速くて、鋭くて、やわらかい。俺たちがステージの上で守りたいのは、ゾラ自身じゃなくて――ゾラの弾く“音”だ。ゾラに守って欲しいのは――俺たちの弾く“音”なんだ」


 沈黙。


 ゾラの尻尾が、ゆっくりと揺れる。


「……弾けるかわかんないし?」

「わかんないままでいい」

「アタイ、練習とか、嫌いだし?」

「気が向いたときにやてくれればいい」

「それに、大丈夫。アオが教えるよ」とアルブ。

「うるさいアルブ!」


 ゾラはツンツンしながらも、その瞳にはほんのり嬉しさが灯っていた。


「……じゃ、じゃあ、仮加入。つまんなかったらすぐやめるし、あんたたちが守れないと思ったらすぐやめるし。でも、居心地がよかったら、ちゃんと守るし」

「ほんと!? ゾラありがとう! よーしよしよし」

 

 アルブが抱きつき、猫をあやすようにじゃれつく。


「ちょ……離せこの白うさぎィ!!」


 ルゥガがドラムの前から立ち上がり、ほほえんだ。


「これで……音の“輪郭”ができるな」

「そうだな……!」


 胸が熱くなる。


 ギターの音が入れば、この世界での〈俺たちの音楽〉が完成に近づく。


(これで……バンドになる)


 ゾラはぶどうを口に放り込みながら、ぼそっと呟いた。


「……アタイ、変わるの嫌いなんだけどさ」

「ん?」

「なんか、アンタらといると……アタイ、変わっていっちまいそうだよ」


 それは、照れ隠しのようで、願いのようでもあった。


 俺は笑った。


「ゾラ。それはいい変化だよ」

「……仕方ないなぁ。ちょっと手伝うだけだからね。ちょっとだけ」


 その“ちょっとだけ”が、後に大きな渦になることを――まだ誰も知らなかった。

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