ファルノヴァの歌姫⑥
ドラムとハイハットの試作をギルドに運び込んだ翌日。
俺はギルドの片隅で、ひたすらドラムを叩いていた。
ドン。
ドドン。
チッ。
シャーン。
音を出す楽しさが止まらない。
(これ……完璧にできたら、絶対ライブに合うよな……!)
そんなふうにテンションが上がっていると、背後から低い声。
「……その音、なんだ?」
振り向くと、酒場の奥でスープを飲んでいた大柄の青年が立っていた。
日に焼けた浅黒い肌の太い腕。見た目は怖いのに、目はやたらと澄んでいた。
「その……叩く音だ。朝からずっと聞こえてた。胸の奥が……うずく感じがしてな」
不思議なことを言いながら近づいてくる。
「えっと……ドラムだけど」
「どらむ……?」
彼はドラムに手を伸ばした。
掌を置き、ゆっくり叩く。
ボン……。
その音に、彼の目がわずかに見開かれた。
「……この音、好きだ」
(え?)
青年は胸元を押さえ、何かを確かめるように目を閉じる。
「俺、叩くと落ち着くんだ。子どもの頃からずっと。今は道を作るために土を叩く仕事をしている……」
アルブがひょこっと横から顔を出す。
「ねぇねぇ、アオ。この人、歌の時も聞いてたよ? ほら、昨日の広場で私が歌った時。後ろのほうで泣いてた!」
「泣いてねぇ!」
青年が耳まで真っ赤にして否定する。
(泣いてたのか……)
アルブは嬉しそうに目を細めた。
「ねぇ、名前は?」
「……ルゥガだ」
「ルゥガ。もしよかったら……叩いてみる?」
それをせずにはいられない――。
(その気持ちは俺も痛いほどわかる)
「叩いて、いいのか?」
「いいよ。好きに叩いてみて」
ルゥガは慎重に腰を落とし、ドラムに向き合う。
深く呼吸し、スティックを軽く握り、ペダルに足を置く――。
ドンッ!
太い音がギルドに響いた。
さっき俺が叩いた音よりずっと重い。
なのに刺々しさはなく、むしろ“安定感”があった。
もう一度。
リズムを変えて。
そして、ハイハットも叩いてみる。
チッ、シャーン。
彼の表情に、驚きが浮かぶ。
「……面白い……面白いぞ、これ……!」
ドラムとハイハットを交互に叩きながら、彼の身体が自然にリズムを刻み始める。
フォームは独特だけど、まるでそのためだけに生まれてきたような動きだった。
俺とアルブは思わず顔を見合わせた。
(こいつ……すごい)
アルブが小声で言う。
「アオ……この人、絶対“仲間”だよ」
「……だよな」
俺はルゥガのほうへ向き直った。
「ルゥガ。頼みがある」
ルゥガは叩き続けたまま、俺を見る。
「……お前のその音、すごくいい。俺たち……仲間を探してるんだ。一緒に、“遠くまで届く音”を作らないか?」
ルゥガは手を止めた。
少しの沈黙。
でも、その目にはもう迷いはなかった。
「……俺でいいなら、ぜひやらせてくれ。だが、うまくできなかったら、その時は遠慮なく言ってくれ」
「ああ。もちろんだ。これから特訓だ!」
「よろしく頼む」
「やったぁ!! 仲間が増えたよ!」
アルブがぴょんぴょんの飛び跳ねて喜んだ。
胸の奥が熱くなる。
1つ、確実に“音”が増えた。
(これで……音が厚くなる)
こうして、ドラム担当ルゥガが仲間に加わり――俺たちの音楽は、また一歩、大きくなった。
・
そこへ、ジャルコがギルドにやってきた。
「アオ。相談がある。ベース作りで、ちょいと問題が発生した」
「問題?」
ジャルコは、巻いたままの〈ビッグホーンの腱〉を手にしていた。
ぐっと引っ張ると――びよん、と頼りない伸び方をする。
「……これじゃあ、持たん」
「え?」
「アオ。お前さん、言ってたよな。『太い音を出すために、弦を強く・長く・太く張りたい』って」
「うん」
「そこまで強く引っ張るなら……〈ビッグホーンの腱〉じゃ無理だ。伸びる素材は、長く張ると勝手にゆるむ。無理に強く張り続けると……今度は切れる」
ジャルコは腱の表面を爪で弾く。
「腱ってのはな、“叩く”みたいな衝撃には強いが、“揺らし続ける”用途には弱い。一日中揺らす弦なんて、もってのほかだ」
「……つまり、弦にならない?」
「ならない。少なくとも〈ビッグホーンの腱〉はベースとやらには向いてねぇ。長く、太く、ずっと揺らす……腱の弱みが全部出る使い方だ」
アルブが小さく眉を寄せる。
「じゃあ……どうすればいいの?」
ルゥガが何かを思い出したように話す。
「……心当たりがある」
「心当たり?」
ルゥガは腕を組み、思い出すように目を細めた。
「この前の街道工事でな……どうしても切れない根っこがあったんだ。そいつが岩に絡みついてて、掘り起こすのに三日かかった。力任せに引っ張っても、ぜんぜん伸びないだ」
ジャルコの耳がぴくりと動く。
「そんな頑丈な根があるのか?」
「ああ。細くて長いのに強い。弾力があってびよんびよん言うくせに、伸びるわけじゃない……なんか、変な根っこだった」
俺の胸が跳ねた。
(……弦にちょうどいい……!強くて、伸びなくて、弾力がある……!)
「ルゥガ、それって……どこにあるんだ?」
「街道から少し外れた森の中だ。あまりにも根っこが張ってるんで、開墾するのを辞めて道を避けたくらいだ。まだ根は残ってると思う」
ジャルコが手を叩いた。
「そいつだ! それなら弦になるかもしれん! もし〈ビッグホーンの腱〉より強いなら、足りねぇ強度を補える!」
アルブがぱっと顔を輝かせる。
「じゃあ……行こっ! 掘りに!」
アオはうなずき、拳を握る。
「ベースを完成させるためだ……行くしかないな!」
「案内する。あの根……みんなで運ぶなら、なんとかなるだろう」
こうして――新しい“音”を作るために、俺たちは森の奥へ向かうことになった。
“強くて、伸びなくて、弾力がある”――そんな素材を求めて。




