ファルノヴァの歌姫⑤
ジャルコの工房に戻ると、扉を開けた瞬間――金属の香りと焼けた木の匂いがぶわっと押し寄せてきた。
「来たか、アオ。できたぞ」
ジャルコが腕を組んで立っていた。
その背後には――思わず息をのむ。
丸い木枠に、〈ビッグホーンの皮〉がぴんと張られたドラム。
横には金属皿を二枚重ねた“ハイハットの原型”。
それを踏むためのペダルが、鉄の棒でしっかりと繋がっている。
「……これ、ほんとに?」
「叩いてみろ」
促されるまま、俺はドラムに手を伸ばした。
ドンッ。
腹に響く重たい振動。
空気が震え、工房の奥へ音が広がっていく。
「すげ……!」
「ふん。皮の質がよかったからな。腸も強かったろう? あれと同じだ。〈ビッグホーンの皮〉は扱いが難しいが、張力をうまく調整すれば、この通りよ」
ジャルコは顎をさすりながら、さらにハイハットを指差す。
「こっちはまだ試作段階だが……踏んでみろ」
ペダルを軽く踏むと――。
チッ。
短く鋭い音が生まれた。
皿が絶妙な角度で重なり、溶けるように金属音を作っている。
足を離して叩いてみる。
シャーンッ。
乾いた高音が、木の壁を跳ね返って返ってくる。
「これ……本物じゃん……!」
「本物かどうかは知らんが、お前の頭の中にある〈それ〉には近いか?」
「近い……近すぎる……!」
指先が震えた。
胸の奥がじんじん熱くなる。
(……この世界で、ドラムセットを作れるなんて……!)
テンションが上がって適当に叩いてみると、太鼓の低音と皿の高音が混ざり、奇妙に心地よいリズムが生まれた。
「ちょ……アオ! うるさっ!」
いつの間にか工房に入ってきたアルブが耳を押さえる。
「でも……すごい……! なんか、音が胸に響く……!」
「でしょ!? これがドラムなんだよ!」
「アオ……すっごく楽しそう」
アルブは耳を揺らして笑う。
それだけで、リズムを刻む手がさらに弾んだ。
「で、お前。次はどうするんだ?」
ジャルコが腕を組んで問いかけてくる。
「次は……低音。もっと“ズン”と響く音が欲しい。アコギのままじゃ、ドラムに負けちゃうし……」
ギターがあって、ドラムができた。そうなると次は当然ベースが欲しくなる。
「二本弦でいい。大きなボディで、コントラバスみたいに太くて低い音を……」
ジャルコの眉が跳ね上がった。
「コントラ……バス? また妙な単語を持ち出してきたな」
「こんな感じで……太くて長くて大きくて……こう持って……」
俺がジェスチャーで形を示すと、ジャルコはじっと見つめ――にやりと笑う。
「……おもしれぇな。ドラムができたら、次はその“でかい弦楽器”か。ビッグホーンの腱なら……二本でも十分響くだろうな」
「作れる?」
「当たり前だ」
即答だった。
「よし。すぐ作業に入る。腱を持ってこい」
ジャルコが工房の奥に入り、図面を引き始めた。
工房を出ると、アルブが俺の袖をきゅっと引いた。
「アオ……やってくれる仲間、探さなきゃだよね?」
「……そうだな」
ギター、ベース、ドラム、ボーカル。
音の厚みを作るには――どうしても人が足りない。
「アルブと俺だけじゃ、音が薄い。ベースとドラムが揃ったら……次は、それを演奏する仲間が必要だ」
言葉にすると、胸が高鳴った。
(俺たちはもう、“バンド”に向かって動いてるんだ……)
アルブは嬉しそうに耳をぴょこっと立てる。
「誰がいいかなぁ……? 優しくて、うまくて、かっこよくて……!」
「そんな都合のいい奴いるかよ……」
笑いながら、俺は空を見上げた。
(……絶対、見つける)
強くそう思った。




