ファルノヴァの歌姫③
ジャルコの工房でハイハットの試作が始まったあと、俺はその興奮を鎮められずにいた。
(……音を増やすには、曲も作らなきゃな)
この前は、〈俺の世界の歌〉だった。
でも、次は、この世界に“合う音”を知り、〈こんも世界の歌〉が必要だ。
「アルブ、ちょっと街を歩かない? その……新曲のヒントが欲しいんだ」
「ほんと!? 新しい曲を作るの? じゃあ行こ!」
アルブは嬉しそうに耳をぴょこぴょこ動かし、俺の袖を引いた。
・
昼の〈ファルノヴァ〉は、昨日の広場以上ににぎやかだった。
風に乗ってパンの香りが流れ、靴屋が靴をなおす音がリズムに混ざる。
行商人の呼び声、子どもの笑い声、鳥の羽音……。
(この街自体が“音楽”みたいだな)
アルブは耳をくるくる動かして、街の音を拾っている。
「ねぇアオ、あれ聞こえる? あの鐘、たぶん大商団がもうすぐ出発するんだよ! 買い忘れしないようにってね!」
「鐘の音で……?」
「うん! 時間帯によって鳴らし方が変わるんだよ!」
異世界の“生活の音”。
そのひとつひとつがメロディに聞こえる。
俺は歩きながら、頭の中でリズムを刻む。
(……四つ打ちにすると、歩く足音が合いそうだな)
「アオ、ハナゥタ、うたってる?」
「ん? ああ、鼻歌か。気になった? ごめん」
「ううん! もっと聞かせてよ!」
アルブは楽しそうに跳ねながら隣を歩いていた。
そんな明るい空気が――突然、ひゅっ、と冷たいものに刺された。
市場近くのカフェの前を通りかかったとき――。
「……ちょっと。あんた、“半獣人種”なんかペットにしてんの? 物好きだな」
テラス席にいた豪華な服を着た中年男が、ハンカチで鼻をおさえ、あからさまに嫌そうな目でアルブを見た。
「この国は魔王様の支配下なんだ。“人の街”に妙なのを混ぜんなよ。獣臭くなるだろ」
アルブがぴくっと耳を伏せた。
俺の視界がぐらりと揺れた。
「……は?」
「おい坊主、知らねぇのか? ヴルペ様が言うには、“獣の血”は卑しいんだ。昔、祖先が罪を犯したんだと。耳や尻尾の半獣人種は、その辺の獣と変わらんってことだ。だから、家畜として使うならいいが、街の中に連れてくるなよ。街の外に放し飼いにしときゃいいんだ。魔王様もそう仰るだろうよ」
アルブは何も言わなかった。
(こういう奴がいるから、基本野宿とか言ってたのか……)
アルブは言葉が刺さっても、ただ黙っている。
俺が怒りで口を開こうとしたその瞬間――。
「何かお困りごとですか?」
背後から兵士の声がした。
自治都市〈ファルノヴァ〉の警備兵だ。
男は鼻で笑った。
「問題? いやいや。『ただの一般市民が無知な若者をただした』だけだよ。……どうせそのうち、ここも魔王軍が仕切るんだ。そしたら、あんたらもお払い箱だろ? 俺は先に言ってやってるだけだぞ」
吐き捨てるようにそれだけ言うと、男は席を立って去っていった。
警備兵は深いため息をつき、俺たちに軽く頭を下げる。
「すまない。最近、どこの街でも、ああいう連中が増えていてるんだ……ヴルペが強烈な差別主義者でな。我々も気にしているが、何かあったらすぐに我々に言ってくれ」
そう言い残し、巡回へ戻っていった。
男が消えたあと、アルブは小さく笑った。
「だいじょうぶ。いつものことだから」
その声は明るい。でも、耳だけが震えていた。
「アルブ……」
「気にしないよ。私は小さな頃から、森にいたら『ウサギなんて食べ物』って感じだし、街に来たら『獣だから嫌い』って言われてきたからね。でも……ギルドのみんなはあったかいし、アオはそんなこと、言わないでしょ?」
その言葉に、胸がきゅっと痛くなる。
(……こんなふうに言われ続けて、怖くないわけないのに)
アルブは続けた。
「だから、アオの歌を聞くとね……すごく、安心するんだ。『アルブは、ここにいていいんだよ』って言われてるみたいで」
俺は言葉を失った。
自分の歌には、そんな意味があったのか。
アルブの心の一番痛い場所に届いていたのか。
胸の奥で何かが強く鳴った。
(……曲を作らなきゃ。この街の音も、風の音も、アルブの声も――全部まとめて“届ける歌”を作りたい)
「アルブ。……ありがとな。いろんな音、もっと教えてくれ」
「うんっ! 任せて!」
アルブは笑った。
でもその笑顔の奥に、まだ少しだけ影が揺れていた。
その影ごと抱きしめて、音にして、返したい――そんな感情が、静かに膨らんでいく。
こうして、俺は改めてこの世界で“初めての新曲”を作ることを決意した。
〈ファルノヴァ〉の街に満ちる音。
人々の温かさ、差別の残響、そして、アルブのやさしさ、そして、震え。
全部をひっくるめて――。
胸の奥で何かが鼓動を始めた。
(……この街で、1曲作ろう)




