ファルノヴァの歌姫②
ミルチャからの依頼を受けたあの夜から、俺の胸の奥がずっとざわついていた。
ホールに何百人もの客――。
それも、音楽を聞きに来たわけじゃない人間。
声とギターだけじゃ確実に埋もれる。
音の厚みも、迫力も、もっと必要になる。
……〈音〉を増やさないといけない。
そんなことを考えながら、翌朝も俺はいつも通りギルドの皿洗いをしていた。
カシャン――。
洗った金属の皿同士がたまたまぶつかった瞬間だった。
乾いた、鋭い、短い、いつか聞いたことがある音が跳ねた。
「……ん?」
もう一度、そっと皿を重ねてみる。
チッ、カシャッ。
(……これ……ハイハットの音じゃん)
心臓が跳ねた。
俺の手が勝手に震えた。
調子に乗って、皿を角度を変えながら長い箸で叩いてみる。
チチッ……カシャン! カンッ!
「アオォ! うるさいぞ! 朝からなに暴れてんだ!」
「す、すみません!!」
コックのベルンに怒鳴られ、慌てて頭を下げる。
でも、もう頭の中は別のことでいっぱいになっていた。
(……これ、作れる。この世界でもドラムキットが……作れる……!)
皿を片付けるふりをして、こっそり2枚の皿を持っていく。
「ジャルコ!」
工房に来ると、外でジャルコがなめした皮を乾かしていた。
「なんだ朝から……皿か? 割ったのをこっそり修理依頼か? ヴォセムにちゃんと謝らんといかんぞ」
「違う! 聞いてくれっ!」
皿を差し出して音を鳴らす。
カン……ッ。
ジャルコの動きが止まった。
皿を手に取ると、ふちを軽くはじき、耳に当てる。
「……悪くない響きだな。もう少し薄くして、硬度の違う2枚を重ねりゃ、もっと面白い音になるかもしれん」
その目が、“職人の色”になる。
「アオ。これは何に使う?」
「ハイハットっていう、ドラムの一部だよ。足で踏んで上下させて、締めて叩いたり、開けて叩いたり……!」
「……動く仕掛けが必要なんだな」
「うん! こういうふうに――」
俺は全力でペダルと連動する構造を説明する。
ジャルコは無言で聞きながら、黒板に素早く線を引く。
「……いいな。こういうのは作りがいがある。細い金属の棒、耐久性のあるヒンジ、踏み板……いけるぞ」
「ほんとに!?」
「“動く金属”は俺の専門だ。任せろ」
そこへ、背後からふらっとゾラが通りかかった。
「ねぇアンタら……朝から何の話してんの? その皿で遊んでんの?」
「遊んでない! 真面目に〈音〉を作ってるんだ!」
「へぇ。ただの皿の音でそんなに興奮できるんだ? ……まぁ、アンタならありえるか」
ゾラは軽く肩をすくめて去っていく。
ただの何気ないツッコミ。
だけど、それが妙に嬉しかった。
ジャルコはニヤリと笑った。
「アオ。音を増やしたいんだろ?」
「……うん。商人の依頼、成功させたいし……もっと遠くまで、もっと厚い音で届けたい」
「なら、全部作ってやる。ドラムも。ペダルも。皿も。お前の頭の中にあるその〈音〉を聞かせてくれ」
胸が熱くなった。
ギターを作ってくれた時と同じ――いや、それ以上の熱。
(……本当に、できるんだ)
この世界で。
この仲間で。
この音で。
“バンド”みたいなことができるのかもしれない。
「ジャルコ、ありがとう。俺……ほんとに音を増やしたいんだ」
「なら、遠慮すんな。全部言え。〈音の武器〉作りは、まだまだ始まったばかりだ」
こうして――ドラムキット制作が、静かに動き始めた。
(〈音〉が揃えば……俺たちは、きっと、もっと遠くへ行ける)




