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ファルノヴァの歌姫①

 ギルドでの大騒ぎがおさまり、皆が酒を飲み直し始めたころ。

 アルブが、俺の袖をちょん、と引いた。


「アオ。……次、私が歌いたい」

「え?」


 アルブはいつもより真剣な目をしていた。

 耳もぴん、と立っている。


「アオの歌を聞いてね……胸がふわってして……どうしても歌いたくなっちゃったの。ねぇ、私が歌うから、アオがギターを弾くの、できるかな?」

「……もちろんいいけど、ほんとに歌えるの?」

「声真似するのは得意だから、大丈夫だよ。ほら」


 ♪~~~


 アルブが俺が歌ったサビを全く同じ音程で完コピしてみせる。

 地声が高いくせに、低音も歌えるのか。訓練しないでこの音域はボカロ並みだ。


「ほら。できるでしょ! ちょっとだけでも、やっぱり気持ちいい! 外で歌いたい!」


 あのアルブが、珍しく興奮していた。


「でも、今日はもう遅いし――」

「じゃ、明日! 明日、広場で歌う!」

「広場ぁ!?」


 俺のツッコミよりも早く、アルブはヴォセムのところへ走り、


「明日、広場で歌ってもいいですかーっ!!」


 と叫んでいた。


「お、おう、構わんが……明日がいいのか?」

「うん! いいかな? ヴォセムさん!」

「誰がどこに許可取ると思ってんだコイツは……自治評議会のメンバーを集めるのだけでも大変なんだぞ……」


 ヴォセムが額を押さえた。

 が、なんだかんだこの人はなんとかしてくれるのだろう。


 ・


 翌日。昼前のファルノヴァの広場は、パンや野菜を売る威勢の良い声や人々の雑踏の音が混ざり活気に包まれていた。

 その中央。

 なぜか「木箱と桶」を積み上げた即席のステージができていた。


「アルブ……なんでこんな本格的に準備してるの……?」

「みんなが手伝ってくれたの! だって、“記録(ログ)の子”が何かやるなら聞きたいって!」

記録(ログ)の子……?」


 いつの間にそんな呼び名が。


 アルブは、深呼吸を一つした。

 その目はまっすぐ前を見ている。

 耳は風の流れを読むようにふるふる揺れ、尻尾は緊張で小刻みに揺れていた。


 まるで――冒険のときのようだった。


「じゃあ……みんな! 歌うね!」

「よし。じゃあ、いくぞ」


 俺の伴奏に合わせてアルブが歌い始める。


 ♪~~~


 ♪~~~

 

 アルブの声は小さかった。

 けれど、一音目が響いた瞬間――広場の空気が震えた。


 風が止まり、どこかで木の実が落ちる音まで聞こえた。


 透明で、澄んでいて、どこまでも真っ直ぐで。

 音が光になって広がっていくように感じた。


 広場にいた商人も、子どもも、通りすがりの旅人も。

 みんな、動きを止めた。


(これ……すご……)


 俺は鳥肌が立った。

 実力のあるストリートミュージシャンは、繁華街で歌っても、人は足を止めるっていうのは聞いたことがあったけど、まさにこれが〈それ〉だ。


 この前の俺の歌とも違う。ギターの響きと違う。

 この時、この場所、この瞬間、アルブの声は――この世界そのものみたいだった。


 アルブが歌い終わったあと、広場は静かになった。

 次の瞬間――。


「すげぇーーー!!」

「なんだ今の!?」

「もう一回やってくれ!!」


 爆発したような歓声が巻き起こった。


 アルブは、びくっと肩を跳ね上げたが――次の瞬間、すごく嬉しそうに笑った。


「うわぁ……みんな、ありがとう! だいすきだよ!」


 その笑顔を見て――胸が熱くなった。

 アルブの歌は、俺の歌以上に“届いて”いた。


(……負けてられないな)


 そんな気持ちも少し湧いた。


 そのときだった。


「お嬢さん!」


 声をかけてきたのは、荷馬車を停めていた旅商人だった。

 西方風の派手なマントをまとい、口に葉巻をくわえている。


「すまん、今の、“歌”というものかね。素晴らしかった。もしよければ……他のところでも歌ってくれんか?」

「えっ?」

「ワシはミルチャ・コステア。北の〈ラクリノヴァ〉で商売をしていてな。今度、領主様や各地の貴族、大商人なんかを集めて、屋敷で盛大なパーティーをやるんだ。その場で歌を披露して欲しい」


 ざわっ、と周囲が沸いた。


「すげぇ……〈ラクリノヴァ〉に遠征だってよ……!」


 アルブはぽかんと口を開けている。


「アオ……どうしよう?」


 ミルチャの目は本気だ。

 そして、俺の胸の奥でも――また、あの熱が灯っていた。


(もっと届けたい……)


 自分の歌も。

 アルブの歌も。


 もっと遠くへ。

 もっと多くの人へ。


「行きます。行かせてください!」

「話が早くて助かるな。声は良い。しかし“もっと遠くまで響く音”が欲しい。ホールには何百人も来る。さっきのじゃ埋もれてしまうだろう」


 そりゃそうか――。

 ストリートライブで聞こえる範囲なんてたかが知れてる。

『何百人も入るパーティホール』ってことはライブハウスくらいのサイズか。

 たしかに、そんなに人数が集まるんら、雑踏で音は消えてしまう。

 チャチな余興ってわけにはいかないだろうし、確かに今の音量では心許ない。

 音色もそうだ……。

 マイクがあるわけでもなし、生歌とアコギじゃ限界はある。


 要するに、“音の厚み”が足りないってことだよな……。

 DTMならトラックを重ねれば一瞬だけど、この世界にはそんな魔法はない。

 ……俺ひとりじゃこれは埋められない”音”がある。


 でも――。いろいろ考えるだけならこれまでのまんまだ。


「わかりました。考えてみます。やらせてください」

「うむ。お嬢さんの声なら、客人方もきっと満足なさるに違いない。予定は再来月だ。迎えはワシがよこすので、それまでになんとかしてくれたまえ」


 こんなチャンス。滅多にない。できることはなんでもやってやる。


 ・


 数日後、「ファルノヴァの歌姫」宛に正式なクエスト『ミルチャ・コステアのパーティを盛り上げてくれ』の依頼と招待状と、ヴォセム曰く、それなりの金額の報酬が届いた。


「やったな。アオ。お前の初仕事だ。これで表舞台に立てるな!」


 表舞台……。

 

 ……。


 …………。


 ――「アルブ宛」ってのがちょっと悔しいけど、これってライブの出演依頼ってことじゃないか?!

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