第7話「三度目の拾われは運命案件」
月曜の午前授業。
ノートを閉じた麗奈の姿に、教室の前後から小さな囁きがこぼれた。
「麗奈さんって、ほんときれい」
「うん……憧れるよね」
けれど麗奈にはまるで届かない。
心を支配しているのは、ただひとつ。
(今日の17時……クマしゃん♡)
その文字を胸の奥で繰り返すたび、鼓動が速くなる。
外から見れば落ち着いて見えるが、実際は心臓フル稼働だった。
***
放課後。
駅前のコンビニの自動ドアを抜けた瞬間、麗奈の目は輝いた。
飲料棚の前で正座するクマしゃん。
段ボールを脇に置き、ぽっちゃりした背中を揺らしながらペットボトルを並べている。
「ふぅ〜……けっこう減ってるなぁ」
(でたぁぁ……! 正座で“よいしょ”ってしてるクマしゃん……! ぬいぐるみが動いてるみたいで……尊すぎる♡)
麗奈は思わず雑誌棚の影にひょこっと隠れ、両頬を手で覆った。
***
雑誌を取ろうとしたそのとき、不意に背後から声がする。
「ここ、ちょっと濡れてるのでぇ、気をつけてくださいねぇ」
振り返れば、モップを持ったクマしゃんが柔らかく笑っていた。
(っ……やさし……! この胸のドキドキ、やっぱり“恋”なんだ……!)
雑誌を胸に抱きしめ、息を整えようとするがうまくいかない。
***
その瞬間。
バッグの口から小さな定期入れがぽとりと落ちた。
「あっ——」
屈むより先に、大きな手がそれを拾い上げる。
「また落としましたよぉ」
にこりと笑うクマしゃん。
金曜=人形、土曜=ハンカチ、そして今日。
(三度目……! 三度目って……! これはもう完全に運命案件……!)
胸が爆発しそうになりながら、麗奈は小さな声を絞り出した。
「……ありがとうございます」
商品を抱えたまま、顔を真っ赤にしてレジへ駆け込む。
***
帰宅後。
制服のままベッドに倒れ込み、枕を抱きしめて転がりながら観察ノートを開いた。
〈月曜17時=尊い正座〉
〈“気をつけてくださいねぇ”=心臓直撃〉
〈三度目の拾われ=運命確定〉
ページの端には、大クマしゃんが人形・ハンカチ・定期入れを小さなコグマに渡している落書き。
その周りに「恋♡」「尊死♡」の文字が乱舞する。
「……うん。やっぱりこれは恋。そうに決まってる……♡」
麗奈は真剣な顔で頷いた。
けれどその姿は、まるでパンダに本気で恋をしている少女のようで、どこか可笑しかった。