第5話「クマしゃんがクマしゃんを」
木曜日。
放課後の駅ナカコンビニへ足が向かない日は、なんだか空気が違って見える。
シフトをすべて覚えている麗奈にとって、この日は最初から「会えない日」だと分かっていた。
(……会えないと、こんなに寂しいものなのね)
帰宅しても胸の奥は落ち着かない。
机の上に観察ノートを広げては、ページの隅に小さな落書きをしてしまう。
ぽっちゃりした丸い体、正座のポーズ、つぶらな瞳。
見慣れた線は、すぐに「クマしゃん」の姿になる。
「……描くだけじゃ足りないわ」
気づけば裁縫箱を取り出していた。
布を切り、針に糸を通す。
「少し夜更かし」程度の時間。勉強も終わらせた後だから、問題はない。
チクチク、チクチク。
小さな針の音に合わせて、胸の高鳴りも重なる。
落書きのシルエットが、布の上で少しずつ形を持っていく。
「……できた♡」
掌に収まる小さな人形。
正座姿のクマしゃん。
つぶらな瞳に、自分で糸を通した笑顔。
麗奈は思わず頬を寄せ、胸にぎゅっと抱きしめた。
「ふへへ……これで木曜も、乗り越えられる……♡」
寂しさを埋めるように、微笑んでベッドに入った。
***
そして金曜日。
一週間の終わり。
麗奈の心は朝からそわそわしていた。
(17時から……。クマしゃんに会える日……!)
放課後。
駅ナカのコンビニ。
自動ドアを抜けた瞬間、胸が弾む。
飲料棚の前。
正座した背中。
段ボールを抱え、不器用にペットボトルを並べるクマしゃん。
「よいしょ……ふぅ〜……」
そのおっとりとした声に、頬がじんわり熱くなる。
(やっぱり……かわいい……。木曜が空白だった分、今日の破壊力すごい……っ!)
ポケットの中には、昨夜作った「クマしゃん人形」。
小さな秘密のお守り。
……のはずだった。
ぽとん。
「あっ……!」
不意に屈んだ拍子に、人形が滑り落ちた。
床に転がる小さなクマしゃん。
(や、やば……! 落ちた……っ! ここで……!?)
慌てて拾おうとしたその瞬間、大きな手が先に伸びた。
「落としましたよぉ」
熊田が、人形を拾い上げていた。
にこりと笑って差し出す。
まるで——本物のクマしゃんが、小さなクマしゃんを抱いているような光景。
***
麗奈の脳内は暴走した。
つぶらな瞳の大きなクマしゃんが、ちいさなコグマを優しく抱っこしている。
「えへへ……落としちゃいましたよぉ」と声をかける。
両腕の中で人形は安心しきった顔をしている。
(く、クマしゃんが……クマしゃんを……! ぐふっ……♡ 尊死確定……っ!)
息が詰まり、口元を押さえて震える。
***
「大事なものなんですねぇ」
熊田の一言。
それだけで胸が爆発した。
(だ……大事って……! そ、それ本人モデルなんですけどぉぉぉ! 死ぬ……恥ずかしすぎて死ぬ……!)
「な、なな……なんでもないですっ!」
声を裏返しながら人形を胸に引き寄せ、赤面したまま商品を手にレジへ逃げ込む。
***
帰宅後。
ベッドにダイブし、枕と人形を同時に抱きしめる。
「ふへへっ♡ クマしゃんが……クマしゃんを……! もぉ無理っ! 死ぬってばぁぁぁ……♡」
観察ノートを開き、今日の欄に震える手で書き込む。
〈木曜=寂しすぎて人形製作〉
〈金曜=本物に拾われる事件〉
〈“大事なものなんですねぇ”=告白に等しい〉
ページの端には、大きなクマしゃんが小さな人形を抱っこしている落書き。
ハートで囲みながら、涙目で笑う。
「……これ……完全に恋だわ……♡」
心臓の暴走は、金曜の夜を一生忘れられないものに変えていた。




