第3話「初めて触れたら心臓アウト」
月曜日。
午前の授業を終えた麗奈は、表向きはいつも通りだった。
黒髪は艶やかに揺れ、ノートは整然と並び、先生からも後輩からも「さすが麗奈さん」と言われる。
けれど、心の奥では別のことばかり考えていた。
(……17時から。今日は月曜シフト。……絶対、クマしゃんは正座してる♡)
学院では完璧なお嬢様。
だがその胸は、正座男子の登場を待ちわびるただの女子高生だった。
***
駅ナカのコンビニ。
自動ドアを抜けると同時に、胸が高鳴る。
飲料棚の前。
やっぱりいた。
ぽっちゃりした体で床に正座し、段ボールを抱えているクマしゃん。
「ふぅ〜……んしょ……」
おっとりした声。
不器用に汗を拭いながら、ペットボトルを一本ずつ並べていく。
(はぁぁ……。今日もかわいい……! その手でアゴの下ポンポンしたら絶対気持ちいい……。……って、なに考えてんの私っ!)
口元がゆるみ、頬が熱くなる。
お嬢様らしさはもう限界だった。
***
そのとき。
段ボールの角から一本のペットボトルがコロコロと転がり出した。
床を転がり、麗奈の足元へ。
「っ!」
反射的に屈み込む。
同じタイミングで、熊田も「あらら……」と手を伸ばしてきた。
指先と指先が、ふっと触れ合う。
「……あ」
「……っ」
一瞬の出来事。
けれど麗奈の脳内は爆発していた。
(に、肉球っ……!? なに今の……っ! ふにっとした感触……。……え、かわいい……っ! いや、これ完全にアウトでしょ……!)
心臓が暴れ、耳まで真っ赤になる。
熊田は「すみませんねぇ」とのんびり笑い、ペットボトルを拾い上げていく。
その声がまた胸を直撃した。
(無理無理無理……! “すみませんねぇ”じゃないのよっ! 私の寿命30年縮んだんだからっ!)
麗奈は固まったまま、頬を覆ってごまかすしかなかった。
***
帰宅後。
ベッドに飛び込み、枕を抱きしめてバタバタ。
「ふへへっ♡ ゆ、指がぁぁぁ……っ! 肉球みたいに……っ! やばっ、可愛すぎぃ……! 死ぬってばぁぁぁ!」
観察ノートを開き、必死に書き込む。
〈ペットボトル転がる=奇跡〉
〈指先接触=肉球的やわらかさ確認〉
〈『すみませんねぇ』=殺し文句〉
ペン先が震え、文字も歪む。
顔を隠しながら転げ回り、また声を漏らす。
「ふひゃっ……♡ こ、これが恋なんだ……! 恋って、指先から肉球感じちゃうことなんだぁ……っ!」
誰もが憧れる学院のお嬢様は、この日も自室でただの恋(と信じ込む)女子高生に崩れ落ちていた。