第2話「視線が合うなんて反則」
土曜日。
お嬢様校に通う麗奈は、午前の授業を終えると、鞄を抱えて駅へ向かった。
姿勢はいつも通り凛としている。だが胸の奥は落ち着かない。
(今日は12時から……クマしゃんのシフト。間違いないわ……♡)
学院で「勉学第一」と言ってきた麗奈が、唯一勉強より優先してしまう時間。
それが、放課後ではなく“正午の観察タイム”だった。
***
駅ナカのコンビニ。
自動ドアを抜けた瞬間、視線は自然と飲料棚へ吸い寄せられる。
そこにいた。
床に正座し、段ボールを抱えるクマしゃん。
ぽっちゃりした体を揺らしながら、ペットボトルを一本ずつ丁寧に並べている。
「んしょ……ふぅ〜……」
額に汗が滲み、ゆるく息を吐く。
その不器用な仕草ひとつに、麗奈の心臓は大きく跳ねた。
(か、かわいい……っ。あのアゴの下、ポンポンってしてあげたい……!)
そんな願望が湧いてきて、思わず頬が赤くなる。
なでたいとか、触れたいとか……自分でもよく分からない欲求。
けれど胸がぎゅうっと苦しくなるから、これが「恋」だと信じてしまう。
***
そのとき。
クマしゃんが段ボールを持ち直した拍子に、ぐらりと体が揺れた。
「わっ……と」
「ひゃっ……!」
麗奈は思わず鞄から取り出したハンカチを前へ差し出した。
けれどクマしゃんは「んしょっ」と体勢を整え、そのまま何事もなかったかのように笑った。
「ちょっと危なかったなぁ。えへへ」
(ちょ、ちょっとじゃないわよ! こっちは寿命が縮んだのに……! でも、その笑顔……っ。ずるい……!)
耳まで真っ赤にして棚の商品を取るふりでごまかす。
心臓の暴れ方は収まらなかった。
***
さらに。
クマしゃんが顔を上げた瞬間、視線がぴたりと合った。
「いらっしゃいませぇ」
ゆっくりとした声と、やさしい笑み。
雷が落ちたように胸が震えた。
「——っ!」
慌てて棚の商品を掴むと、それはよりによってクマのイラストのチョコ菓子。
(なんで今これぇ……! 完全に運命じゃない……!?)
レジに並ぶと、クマしゃんがその菓子を持ち上げて微笑んだ。
「これ、新しいやつなんですよぉ。けっこう人気で」
(ああ……ダメ……。可愛いとかじゃ済まない……心臓が、溶けちゃう……!)
「は、はいっ……!」
裏返った声に自分で赤面する。
熊田は気づかないまま、袋を渡してにこりと笑った。
「ありがとうございましたぁ」
また視線が合う。
胸が弾けそうになり、麗奈は駆け出すように店を出た。
***
帰宅後。
ベッドに倒れ込み、枕を抱きしめて足をバタバタ。
「ふへへっ♡ 見られたぁ……笑ってくれたぁ……! もぉ無理っ、これ……絶対恋でしょ……!」
観察ノートを開き、ペンを走らせる。
〈よろけ=心停止しかけ〉
〈アゴ下ポンポン欲求=今日MAX〉
〈視線直撃=完全に恋、間違いない〉
書いているうちにまた顔が赤くなり、枕に突っ伏す。
麗奈の“めでたい気持ち”は、本人の中ではもう立派な「恋」になっていた。