表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/8

第4話焦りは禁物

第4話焦りは禁物

女満別空港から高松空港へ向かうANA59便。機材はボンバルディアDHC-8-Q400。副操縦士の羽石健斗が操縦席に座っていた。

「All Nippon Fifty-Nine Heavy, climb and maintain flight level two one zero.」

(オールニッポン ファイブナイン ヘビー、クライム アンド メインテイン フライトレベル トゥーワンゼロ)


「Roger, climb and maintain FL210, All Nippon Fifty-Nine Heavy.」

(ロジャー、クライム アンド メインテイン エフエル ニヒャクジュウ、オールニッポン ファイブナイン ヘビー)


隣の機長、笠井の顔色が優れないことに健斗は気づいた。


「機長、体調は大丈夫ですか?」


「少し疲れているだけだ。大丈夫だ。」


飛行は順調に進み、四国の空が見え始めた頃、天候が急変した。


「ATIS reports wind two one zero degrees at twenty-eight knots, gusting thirty-six, runway two six in use.」

(エーティーアイエス リポーツ ウインド トゥーワンゼロ ディグリーズ アット トゥエンティーエイト ノット ガスティング サーティーシックス ランウェイ トゥーシックス イン ユース)


「条件が厳しいですね。」


その時、笠井が急に苦しそうにうめいた。


「健斗、操縦を頼む。」


健斗は即座に操縦桿を握り、機長の代わりに操縦を引き継いだ。


「副操縦士羽石、操縦を引き継ぎます!」


激しい雨と風の中、滑走路がほとんど見えない。


「All Nippon Fifty-Nine Heavy, established on ILS approach runway two six.」

(オールニッポン ファイブナイン ヘビー エスタブリッシュド オン アイエルエス アプローチ ランウェイ トゥーシックス)


「Cleared to land runway two six, wind two one zero at twenty-eight gusting thirty-six.」

(クリアード トゥ ランド ランウェイ トゥーシックス ウインド トゥーワンゼロ アット トゥエンティーエイト ガスティング サーティーシックス)


強風にあおられ、機体は揺れ動く。


「見えた。」

(100…50…40…10)

だが着陸の瞬間、右の主脚が先に接地し、激しい衝撃が機体を襲った。 (ガタガタガタガダガタ!!)

キャビンの中では(おいおい今の揺れなんだこの飛行機大丈夫か?)

衝撃が機体全体を揺るがした。右の主脚が先に接地し、機体は大きく傾いた。横風が強く吹き荒れ、操縦桿を握る羽石健斗の手に力が入る。

「ラダー、ラダー!」

(操縦桿を必死に動かしながら)


滑走路の中央線から外れないよう、機体を必死に制御する。激しい横風に押されながらも、ギアの揺れを感じながら徐々に速度を落としていく。


「リバース、セット!ブレーキ!」


強烈なブレーキ音とともに機体は減速を始める。健斗は汗をぬぐいながらも集中を切らさず、指示を飛ばす。


やっとのことで滑走路の端に停止したとき、深いため息がコクピットに漏れた。


「着陸完了…か?」


隣の機長はまだ具合が悪そうにしていた。だが無事に着陸できたことに、健斗は胸をなでおろした。


空港ターミナルに隣接する展望レストラン。羽石はふと窓の外に目をやる。今しがたの激しい着陸を思い返し、胸の中に重いものがのしかかる。

背後から声がした。


「羽石、副操縦士君。今日の着陸、あれは一体何だったんだ?」


振り向くと、監査室の長岡が厳しい眼差しを向けていた。


「強風の中、機長が体調不良だったので最善を尽くしたつもりですが…」


「つもり?…“つもり”じゃ済まされん。あれで乗客が怪我をしたらどう責任を取るつもりだ?」


言葉は冷たく、容赦なかった。羽石は答えられず、ただ黙って頭を下げるしかなかった。


「報告書は厳しくなる。今日のことは忘れるな」

 

(チッ…)健斗はイライラし舌打ちする 


そう言い残し、長岡は去っていった。

 

「悪かったよ…ばーか……うぜえなガチで」 


イラってしたのか健斗は周りに聞こえない小声でグチを言う

その時、隣に見慣れた姿があった。

「偶然だな、羽石君。」


見ると、吉永機長が私服で座っていた。なんと彼は、今日のANA59便の乗客として搭乗していたのだ。


「吉永さん…」


羽石はためらいながらも尋ねた。


「今日の俺の着陸、どう思いましたか?」


吉永は少し考えてから答えた。


「あくまで乗客としてだけど…正直、長岡さんの言う通りだと思う。」


「個人的な感想としてだが、あの着陸は荒かった。あの状況なら、もっと安定してほしかった。」


「でもな、君の必死さは伝わった。今日の風の中で、君ほど冷静に操縦した人はそうそういないと思うよ。」


羽石は胸に熱いものが込み上げてきた。


「ありがとうございます。これからもっと腕を磨きます。」


二人は静かに空港の夜景を見つめながら、それぞれの思いを胸に刻んだ。

高松空港のロビーは、まだ朝の光に染まり始めたばかりだった。

羽石健斗はANAの制服に身を包み、静かに搭乗口前のベンチに座っていた。


心はまだ昨夜の着陸と、長岡からの厳しい叱責が渦巻いていた。

機長の吉永の言葉が、何度も頭の中を往復している。


「あれは“荒かった”。でも、必死さは伝わった。」


胸の中で繰り返すうちに、少しずつ冷静さが戻ってきていた。


ボーディングのアナウンスが響く。


「ANA56便、羽田空港行き搭乗開始いたします」


ゆっくりと立ち上がった健斗は、他の乗客と同じように機内へと足を運んだ。


搭乗したのはB737-800。

Q400よりも広い機内に一瞬緊張が走るが、乗客としての搭乗に過ぎない。とはいえ、自分が数年後にこの機体の左席に座る日が来るかもしれない、という現実が少しずつ近づいているのを感じる。


滑走路へ向かうタキシングの間、コクピットからの通信が耳に入る。


「オールニッポンファイブシックス、レディフォーディパーチャー(離陸準備完了)」

「オールニッポンファイブシックス、クリアードフォーテイクオフ ランウェイゼロナイン(滑走路09から離陸許可)」


一番前の席だったからかコックピットの通信の音がよく聞こえた 

加速、上昇、旋回。

機体が空へ舞い上がるその瞬間、健斗の心もまた一瞬だけ昨日の不安から解放された。


1年後、ANAのクルーハウスへと向かうと、そこには教官の姿があった。


「羽石、機長。話がある。こっちへ来てくれ」


静かだが威厳のある声に導かれ、応接室のような会議室に入ると、1枚の書類が差し出された。


「君には、国内線長距離便のフライト・シミュレーター訓練に進んでもらう。対象機材はB787-8、ルートは羽田—石垣、羽田—福岡、羽田—那覇などを想定する」


「えっ……」


驚きと戸惑いが混ざった声が自然と出た。たしかに、先輩たちがよく話していた「次のステップ」の話ではある。だが、まさか自分がその次の段階へ行けるとは、昨日の着陸の出来を思えば考えていなかった。


「昨日のことは監査室から厳しく言われている。が、総合的に見て、君の成長は早い。現場もそれを認めている」


「自信を持てとは言わない。ただし、恐れるな。今の君には学ぶ時間がある」


教官の眼差しに、羽石はゆっくりと頷いた。


「……はい。やります」


こうして、羽石健斗の次の訓練フェーズ、「国内線長距離フライト・シミュレーター訓練」が始まる。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ