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ストーカー行為に関する話のため、場合によっては閲覧注意願います。
私は昨今、彼女のことを考えると心臓が痛くなる状態にある。彼女に声をかけられると気分が高揚し顔が緩んでしまう。そして、彼女のことを考えてしまい、勉強がはかどらない。夜眠れない時もある。大変な病にかかってしまった。
母に相談するも、大人になったわねと頭を撫でられた。父も笑っていた。友人は驚いていた。病院の医者にはため息をつかれた。
そして、皆、それは病気ではなく恋だといった。しかし私は断じて認めない。恋愛感情とは心の問題ではなく脳により錯覚させられているからと本で読んだことがあるからだ。したがって、私は病気なのだ。
調べた結果、私の脳内は今ドーパミンなどの脳内物質が大量に分泌され、反対に、セロトニンの分泌が減少している状態にあるということが分かった。
これを改善するため、セロトニンの分泌を増やそうと、毎朝朝日を浴びながウォーキングを始めた。朝に光を浴びるとセロトニンが増えるのだ。そして、ヨーグルト、豆乳、バナナを朝食に必ず食べ、お昼のお弁当か夕食には鶏むね肉を出してもらうよう母にお願いした。また、ビタミンB6,ビタミンB12,鉄、カルシウム、マグネシウムもセロトニン分泌に重要な働きをするため、サプリメントの服用も始めた。
それなのに、昨日の席替えで彼女が隣の席になってしまった。彼女の胸元や太ももに目がいってしまうようになった。これは、テストステロンなどの性ホルモンが分泌しているからに違いない。そのせいで、性的な魅力や欲求が高められているのだ。それに対処するためには、脳の前頭前野も活動を活性化することが必要だ。電流や磁場を使うことは簡単にはできないため、瞑想やマインドフルネス、運動が効果的だ。ヨガと筋トレも取り入れよう。常に雑念を取り払い、目の前に集中できるようにしなければ。
しかし、こんなに私は努力しているのにもかかわらず、脳は言うことを聞いてくれない。
つい彼女を目で追ってしまう、彼女の声が聞こえると探してしまう、夢にまで彼女が出てきてしまっている。先日は彼女の落とした消しゴムを拾い渡そうとした時に彼女の手に触れてしまった。心臓が止まるかと思った。彼女がお弁当にドーナツを食べていて、口元に粉砂糖がついていた。息ができなくなった。とうとう幻覚まで見えるようになったようで、彼女がキラキラ輝いて見えた。
私の脳内のドーパミンは分泌を抑える努力をしてくれない。おそらくPEAがドーパミンを上昇させ続けているせいだろう。しかし、PEAは早いと3か月程度で切れるというし、まだ様子見してもいいだろう。
突然だが、私はボランティア部に所属している。もちろん学力は上位だが(最近は勉強がはかどらず先日の小テストは大変遺憾な点数だった)、内申点をあげるのも重要項目であるからして、ボランティア部に入っている。
放課後、学校のごみ拾いボランティアのため校舎周辺を歩いていた時、私は見てしまった。空き教室で、彼女が隣のクラスのサッカー部のエース君とキスをしているのを。そして、それ以上の行為に及ぼうとしているところを。私は大きな音をわざと出すことで、周囲に人がいるということを彼女らに気付いてもらうことにした。案の定気づいてくれて、2人は教室を出ていった。
けしからん。学校でそのような行為をするとは。怒りを覚えながら私は帰宅した。しかし、あのような表情を自分には今まで見せてくれたことはないことに気づくと、何故か無気力状態に陥ってしまった。また、今までとは異なる胸の苦しみが生じるようになった。
両親に相談してまた笑われてはかなわんと、再び脳について調べた。すると、ドーパミンの分泌が急激に落ちることにより無気力状態になってしまうようだ。また、前帯状皮質の活動が活発化されると、身体的な痛みと似たような感覚を覚えてしまうらしい。
脳は何故私をこのように苦しめるのか。しかも、忘れたいのに彼女の表情がしっかりと記憶されてしまっている。もうあのような光景は見たくない。全て彼女のせいである。
ふと、思った。
もしかすると、彼女はまた同じようなことをやるのではないだろうか。それならば、私の脳のためにも、彼女がそのような行為をすることを止めなければならないと。思い立ったら吉日、翌日の放課後から毎日校舎を見回るようにした。すると、数日後また彼女が行為に至ろうとしているところを発見したため、物音をたてやめさせた。
私の考えは正しかった。彼女は間違った行為を繰り返そうとした。これ以上彼女が間違ったことをしないように、私は監視を続け発見次第やめさせる必要がある。
しかし、彼女は何度物音を立てようが、数日後にはまた行為をしようと繰り返した。そのため、やめるように下駄箱に警告文書を入れた。すると、学校ではしなくなった。しかし、もしかすると、学校から帰った後にしているかもしれない。私は、帰宅時も見張るようにした。案の定、夕方の人気のない公園でエース君と抱擁していた。家族からも注意してほしいと考え、写真を撮って郵便受けに入れておいた。叱責を受けたのか、彼女は間違った行動はしなくなった。しかし、今度はエース君が彼女を送り迎えし、家の中にも入っていくではないか。家も見張らなければならなくなった。
警察が家に来た。私はストーカー行為をしていると。
ストーカー行為とは、恋愛感情や、それが満たされなかったことに対する怨恨の感情により行われる行為のはずだ。
そもそも私は彼女に恋愛感情など抱いていないため、恋愛感情が満たされなかったことに対する怨恨にも当てはまらない。確かに、一時期恋愛感情に類似した状態になってはいたが、それはドーパミンのせいであるし、そして今はそのような状態にはない。
警察官は少し考えた後私の方を向き言った。
ストーカー行為もドーパミンによるものだと。
彼女を監視することにより彼女が誤った行動をとらなくなることで私の脳は達成感、快楽を覚えた=ドーパミンが分泌されていた。しかし、ドーパミンは麻薬と似た働きがあり、繰り返し分泌を促しているとだんだんと効き目がなくなり、より強い快感を求めるようになる。そのため、私の脳はより強い快楽を求め行動がエスカレートしていったのだという。
確かに彼女は、私の行動により間違った行為をしなくなっていったが、なるほど、それにより私は「彼女の間違った行動をとめる」という目標が達成されることで快楽を覚え、「彼女の間違った行動をとめる」ためにより行動的になり快楽を得ようとしていったのか。
警告文書を出したことで彼女は学校で間違った行動をしなくなった=より快楽
学校だけではなく下校時にもさせなくした=さらに快楽
家でもさせなくした=さらにもっと快楽
要はドーパミンの依存状態になっていたということか。
結局私は、今までドーパミンに踊らされていたのだ。
ドーパミンは意欲、記憶、集中力などの脳機能を担う大事な物質ではあるが、過剰な分泌や依存によりこんなにも悪影響があるとは。
私はもっと脳について学ばなければならない。医学部に進学し、脳分野を専攻しよう。
そういえば、最近ドーパミンの分泌を抑制するセロトニンについて考えなくなり、行動していなかったことも反省した。
まずはもう一度、セロトニン分泌を増やさなければ。
日光を浴びよう。
ストーカーダメ、絶対、滅びよ