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プロローグ:新入社員代表、アイドル営業部のキヨヒコ

※ChatGPTによるAI生成8割です。大枠のプロットは書きましたが、案出しやディティールの付け足しはChatGPTによるものなので執筆も含めて8割かと。

微調整(漢数字とアラビア数字の整理、流れがおかしい点の調整、三人称の調整)だけで、R15レベルの狂った世界観の設定をしっかり出力してくるの怖いなと思いました。

 鏡に映る自分を見つめながら、早乙女キヨヒコは胃の奥がねじれるような吐き気に耐えていた。


 ――かわいい。

どこからどう見ても、完璧に仕上がった“女の子”だった。


艶やかなピンク色の髪は、毛先でふわふわと揺れる巻きツインテール。サイドには白いリボン。

睫毛は自然に長くカールし、瞳孔は常にハート型。キラキラと輝いている。

肌はつるりと白く、頬にはほんのりとピンク色が差していた。


白いブラウスに黒いフリル付きのボレロ。膝上までのプリーツスカートと、ハート柄のタイツ。

足元にはローファーの形をしたレース付き厚底シューズ――すべてが、本人の趣味ではない。


いや、趣味などという次元ではない。地獄だ。


自分は男だ。

なのに、この見た目。この姿。この声。この服装。全部、呪いで“そうさせられている”。


なのに、手は勝手にスカートの裾を直してしまう。

足をそろえ、つま先を内側に寄せて、膝を軽く曲げて立ってしまう。

呼吸すら、自然と浅く、高く、可愛くなってしまう。


やめろ、やめてくれ。

心の中では何度もそう叫ぶのに、体は“可愛い”という外殻を忠実に演じてしまう。


「きよぴ♡ そろそろだよ〜!」


控室のドアが開いて、同期の女子社員が顔を出す。スーツ姿。常識的な見た目。

なのに、彼女はまったく違和感なく微笑んで言った。


「ほんっと、制服似合ってるよね〜! 新入社員のアイドルって感じ♡ いいなぁ、可愛くて〜!」


笑顔が刺さる。誉め言葉が拷問のようだった。

キヨヒコは無意識に、頬を指でつつきながら、目をぱちぱちさせてしまっていた。


「……う、うん……ありがと……ございましゅ……♡」


言いたくない言葉が、勝手に口から甘く溢れる。


彼女は笑った。「きよぴ、ほんと可愛い〜! じゃ、いこっ♡」

先に歩いて行く背中。スーツ。普通。正気。


自分だけが狂っている。

それなのに、周囲の誰もそれに気づかない。


……そうじゃない。気づけないのだ。呪いで“そういうものだ”と認識されてしまう。


キヨヒコの呼吸が早くなる。視界が滲む。

でも涙が落ちる前に、脚が勝手に動いた。スカートを押さえて、小さくステップを踏むように歩き出す。


ゆるやかな内股。かかとをトン、と揃える。

背中をぴんと伸ばして、笑顔を作る。


“営業の顔”になるために、体が勝手に振る舞っている。


震える手で自分の胸元に下がる名札を見た。

《きよぴ♡》と手書きの文字。ハートが滲む。



体育館を模した式場の壇上。

正面には200人近い社員たち。黒いスーツ、まっすぐな姿勢、真剣な眼差し。


その視線のすべてが、ピンクのツインテールを揺らすキヨヒコへと向けられていた。


「続いて、今年度新設された《アイドル営業部》より、代表のきよぴさんにスピーチをいただきます♡」


司会の声に続いて、暖かく柔らかい拍手が湧いた。


キヨヒコの足が、自分の意志に反して動く。

スカートの裾をつまんで、小さくお辞儀。

目をぱちぱち、自然な微笑みを浮かべて、壇上中央へ進む。


目の前にマイク。重く冷たい存在が、喉の奥を締め付ける。

なのに、体は勝手に深呼吸をして、胸の前で手を合わせてしまった。


どうして、そんなポーズが自然に出るんだ。


拍手が止む。

キヨヒコの鼓動が、自分の耳に響いていた。


「……ぅ……は、はじめましてぇ……♡」

 甘い。声が甘すぎる。


やめたい。違う声を出したい。

でも、口が勝手に動く。

高くて丸い、アニメキャラみたいな抑揚の声で、スピーチが始まっていく。


「こっ、こ、今年度ぁ……リリ社にぃ……し、しんにゅうしゃいんとしてぇ……う、うけいれていただいてぇ……ほ、ほんとうに……しあわせでしゅ……♡」


舌がもつれるような語尾。息を抜くような甘い声。

ふわふわと笑い声が混じる会場。


恥ずかしい。死にたい。全部、消えてなくなってほしい。


でも、拍手は止まらない。

役員席の幹部たちは満面の笑み。

社長がうなずいていた。「さすが、アイドル営業部の星ですね」と呟いているのが見えた。


やめてくれ。俺は、こんなことをしたくて就職したんじゃない。


けれど、キヨヒコの体はマニュアル通りに動く。

マイクの横で軽くウィンク、指先を頬にあてて「にゃんっ♡」と首を傾ける仕草まで勝手に出てくる。


誰か、俺を止めてくれ。


ーーーーーーーーーー

ーーーーーーーーーー




リリ社へ入社する前、就職活動のはじめは普通に裏方の仕事の開発職を希望して、エントリーシートを書いていた。

しかし、呪いによってエントリーシートを書き換えられて、アイドル営業部なるものの面接を受けさせられていた。そこから歯車がもう一段階おかしくなっていった。



ーーーーー



朝の光が、カーテンの隙間から差し込んでいた。


目覚ましが鳴る前に目が覚めるなんて、珍しいことだった。いや、眠れなかっただけかもしれない。キヨヒコはベッドの中で息をひそめ、しばらく天井を見つめていた。


今日は、面接の日だった。



鏡の前で、リボンタイを結び直す手が、ほんのわずかに震えていた。

黒のスラックスに、白いブラウス。光沢のあるベージュのパンプス。――どう見ても、就活生のそれだった。たとえ、ブラウスの襟元にフリルがついていようと、スラックスのベルト部分がリボン仕様であろうと、見た目はそれっぽく整っていた。


「今日は……これで、大丈夫……だよな」


声に出すと、言葉が浮いて感じた。“普通の男子”として、面接に向かうはずだった。けれど、鏡の中の自分は――相変わらず、どこか“甘い”。


ツインテールはピンクに染まって、今朝も跳ねるようなカールを描いていた。整えるのをサボれば、呪いが勝手に巻いてくれる。

メイクも、“自然に見える範囲で可愛くなる”よう肌を補正されてしまう。本人の意思に関係なく、“好ましく”整えられてしまう。


それでも、今日だけは、奇跡的に“ズボン”を履けた。あの呪いが、何かの拍子で力を抜いたのか、それとも……。


――“就活くらい真面目にしたいでしょ?”

幻聴のように、呪いを掛けた女の声が脳裏をよぎる。

笑っていた。あの時と同じ、心の底から人を見下ろすような目で。


クローゼットの中を探し回って、ようやく“最も男っぽい服”をかき集めた結果がこれだった。

タイトなスラックスは、よく見るとレディースのカットで、裾が足首に向けてきゅっと絞られている。

ブラウスは白だが、前立てには薄くレースが走っている。

リボンタイは黒のサテン地で、わずかにラメが漏じっていた。どう見ても就活に向いたものではなかった。だがブラウスとセットで揃えられていたため、他に選択肢がなかった。

スーツのジャケットだけは、形も素材もきちんとした既製品のメンズだった。それが、今日の唯一の救いだった。


足元を見る。ベージュのパンプス。低めのヒール。本当は、革靴を履きたかった。けれど、なぜか見当たらなかった。スニーカーも、ローファーも、どこかに消えていた。


「……いつからだったっけな、ズボンを最後に履いたの……」


呟いた声に、やるせなさが滲んだ。スカートが“履きたくなる”日々のせいで、小便器を使わなくなって久しい。トイレの個室が、常に安全圏だった。


今日は久々にズボンを履いている。

だけど、ふとした瞬間に、腰回りのリボンベルトが視界に入るたび、スカートじゃないのに“女の子みたいだ”と自分に引っかかる。


“これしかない”という選択肢が、笑えるほどに限られていた。


それでも。

今日はスラックスだ。今日はズボンを履いている。

それだけで、“まともな世界線に立っている”と、自分に言い聞かせた。


キヨヒコは、深く息を吸い込んで、もう一度リボンタイをきゅっと締め直した。右の手首でカチリと鳴ったのは、ピンクゴールドの細い腕時計――妹とおそろいで、誕生日に買ってもらったものだった。


可愛い。だが、もう慣れてしまっていた。可愛さは皮膚の一部になっていて、どこまで削ってもきっと、自分から剥がれない。


「……行こう」


ハート形の瞳孔が、鏡の中で揺れていた。

けれど、ここで止まったら終わりだ。 キヨヒコは、鏡の前に立つ。


そこには、“黒いスーツに身を包んだ就活生”がいた。 けれど、髪はピンクのまま、ツインテールは朝から崩れなかった。 目はうっすらとアイラインが入っていて、口元にはほんのりローズ色が乗っていた。


それでも、自分は“就職活動をしている”。


このスーツは、“普通”を着ている。


鏡の中の自分に、そっと言い聞かせた。


「……大丈夫。これで、ちゃんと面接を受けられる。普通に……なれる」








控室のドアをくぐった瞬間、視線が刺さった。

正確には、視線が“引いた”のを感じた。 小さな会議室。10人ほどの就活生が整然と座り、スーツの膝の上に手を揃えていた。 誰も声は出さない。だけど、その場の空気がわずかに変わるのが、肌に伝わってくる。

キヨヒコは、空いていた一番後ろの椅子に腰を下ろす。 スカートじゃない。けれど、足を揃えて座ってしまったことにすぐ気づいて、わずかに広げ直す。

鏡がないのが、怖かった。 リップ、ちゃんと落としたっけ。 チーク、目立ってないか? フリル……そんなに目立たないはず……。 ――そんな“確認”を、周囲の視線が代わりにしてくる。

前の席の女子就活生が、何度か振り返った。 すぐに視線を逸らしたが、その目には“何かを確認するような”迷いが浮かんでいた。


男でも女でもない。 正体が判別できない“異物”が、今ここにいる。


時計の秒針が、やけに大きく響いていた。


 


「早乙女さん、どうぞ」


面接官に呼ばれた瞬間、空気がはじけたように感じた。 キヨヒコは深呼吸をして、静かに立ち上がる。



会議室には、3人の面接官。 年配の男性と、四十代くらいの男性、そしてやや若い女性社員。 テーブルの中央に椅子がひとつ置かれていた。


「よろしくお願いいたします」


一礼し、腰を下ろす。 椅子に座る動作まで“綺麗すぎないか”と神経を尖らせた。


最初に口を開いたのは、年配の面接官だった。


「早乙女さん、……その、ちょっと見慣れないスーツスタイルですね。うちの業種は服装の幅も広いですけれど、……その髪はご自身で?」


ドクンと、心臓が跳ねた。


来た――と思った。 本題ではない“見た目”の指摘。まっさきに出るとわかっていても、心がざわつく。


「……はい。高校時代に、色素が抜けることが多くなって、そのまま……。いまは、こういう色が、自分に合っていると思って……」


自分でも、言っていて矛盾しているのがわかる。 合っていない。こんな色、自分の髪じゃない。


けれど、それ以外に答えようがなかった。


「なるほど。うちの開発職には髪色や服装の明確な規定はありません。質問してしまって、すみませんでした」


助け舟のような言葉に、キヨヒコは小さく頭を下げる。


「ありがとうございます……」


「では、改めて。志望動機をお願いします」


ようやく、ようやく本題だ。 喉が詰まりそうになったが、それでもキヨヒコは、真っ直ぐ前を見て答えた。


「……私は、御社の開発した“リレトモ+”というアプリに、中学生の頃ずいぶん助けられました。 クラスに馴染めず孤立していたとき、あのアプリがあったおかげで、教室の中で初めて“話せる相手”ができました。 だから、自分も――誰かの毎日を変えられるような道具を、作る側に回りたいと……そう思っています」


その声には、少し震えが混じっていた。 でも、語尾は甘くならなかった。 可愛さも、媚びも、入れなかった。


ただ、“普通の就活生”としての、自分の言葉だった。


面接官が頷いた。

「……誠実ですね。内容がしっかりしていて、とても伝わってきました。ありがとうございます」


「こちらこそ、ありがとうございます」


口にした瞬間、喉の奥が熱くなった。 “ちゃんと届いた”。そのことが、嬉しくて仕方なかった。

他にもたくさんの問いに対して真剣に答えたが、奇抜な見た目の青年に対して真摯に対応してもらえた。



控室に戻ると、さっきまでと同じ空気が流れていた。 沈黙と、時計の秒針と、スーツの擦れる小さな音。

キヨヒコは、そっと席に戻った。 さっきの女子就活生が、また一度だけこちらを見た。今度は微笑んで、そっと頷いてくれた。


なぜか、少しだけ顔が熱くなった。


……うまくやれた。ちゃんと話せた。 髪も、服も、どう思われていたとしても――言いたいことは伝えられた。


小さく息を吐いて、指を膝の上で組み直す。 その手元を見て、ふと気づいた。手首の角度が、柔らかすぎる。 膝を閉じる角度が、少し“内股気味”になっている。


「……あ」

反射的に背筋を伸ばす。気を抜くと、“可愛い”の構えがすぐに出てしまう。 長年、意識し続けてきた呪いの副作用。もう骨の奥まで染みついている。


でも――今日は、それを“抑えられた”自分を誇りたいと思った。


たとえ、襟にレースが入っていても。 スーツの裾がひらりと揺れても。 目元がうっすらピンクでも。

“普通に話せた”。

“普通に、仕事がしたい”って、伝えられた。


それだけで、今日は……充分だった。





ーーーーー


そして、その夜。

キヨヒコは、“あの場所”に連れ戻された。


ーーーーー


白く濁った空間。形も距離も存在しないような、無音の部屋。そこに、イヅミがいた。


高校の同級生。

自分が――あの頃、いじめていた相手。

今は、夢の中で“報告会”を強制してくる存在。

キヨヒコの現実を、社会を、身体を、心を、じわじわと書き換え続けてくる呪いの支配者。


「ふぅん。就活、してんだ」


イヅミはいつもと変わらない、感情の読み取りにくい笑みを浮かべていた。


「どこ受けたの?」

「リレーション・リンクスって会社。開発職で」

「あー、リリ社ね。へー。そういう系、まだ好きなんだ?」

キヨヒコは答えなかった。

イヅミは、少しだけ肩をすくめて言った。


「就職とか、意外と真面目じゃん。応援しよっかな」

 机の上で手を組み、楽しそうに言葉を転がす。


「……何もしないでくれ」

「え、なんで?」

キヨヒコの唇が強張る。

だが、体は動けない。言葉も、抑えが効かない。


「君が、何かすると……何かが、変わる。俺の意志じゃないことが……起きる」

声が震えた。イヅミは小さく笑った。

「ふふ。じゃあ、そんなに入りたいならさぁ。入りやすくしといてあげるね? たぶん、すぐ受かるよ?」

指をすっと空中でなぞる。紫色の煙が現れて、キヨヒコの周囲を包み込む。


 ――脳の奥が、ぐにゃりと揺れた。


「完了〜。受かりやすくしといたよ。可愛い様子をまた見せてね?」


その笑みは、ほんの少しだけ――優しかった。

それが、何よりも恐ろしかった。




ーーーーー


第2面接。

受付で名乗ると、受付嬢はにこやかに「お待ちしてました、キヨヒコちゃん♡」と返してきた。


――なんだその、幼子をあやすような幼い声色は。

心の中で突っ込んだが、口には出せなかった。言葉だけ取ると少し敬意のある言葉だけれども、声色は甘い撫でるような声色だった。砕けた敬語なのも腑に落ちない。


足音が響く廊下を通って、面接室の前に通された。


「それではこちらへどうぞ。……これから制服、すっごくお似合いになりそうですね」


制服?


聞き返す前に、ドアが開いた。





会議室のテーブルには、3人の面接官が座っていた。

その中央に、見たことのないパンフレットが置かれていた。


 『リリ社アイドル営業部募集案内』

フルカラー。光沢紙。

表紙には――ピンク髪のツインテール、140cmほどのキャラクターが、笑顔でウィンクしていた。


それは、どう見ても。

どう見ても、“自分”だった。


喉がカラカラに乾く。


「キヨヒコちゃんですね。 ようこそ、お待ちしておりました」

面接官の一人が、あっさりと切り出す。

「まずは改めて、当社を志望された理由をお聞かせください」

スーツの裾が、手のひらでクシャリと音を立てた。

息を吸う。吐く。


「……はい。も、もともとは……開発志望だったのですが……」

「ですが?」

「……あの、営業職も、魅力を感じて……きました……」


――違う。違うのに。

口から出る言葉は、自分の意思とズレていた。


面接官は微笑んだ。

「嬉しいですね。アイドル営業部、今年から本格始動なんです」

「ア……イドル……えいぎょう……ぶ……?」

「はい。従来の営業部と差別化して、主に教育現場やイベントで、“親しみやすさ”を重視したプロモーション活動を行う新設部門です」


笑顔。普通の企業の説明トーン。なのに。

キヨヒコの脳が拒否反応を起こしていた。


「では、いくつか質問をさせてください」

「はい……」

「普段、ご自身の“推し仕草”ってありますか?」

「……は、えっ?」

「例えば、指ハートやふわふわ手振りなど、“これをやれば笑顔を取れる”っていうの、あれば教えてください」


……笑顔を、取れる……?

「う……えっと……」

喉が詰まる。舌がもつれる。顔が熱くなる。


でも、次の瞬間――手が、勝手に動いた。


膝の上で指を合わせて、小さなハート型を作っていた。

しかも、それを胸の高さまで自然に持ち上げて――


「こ、こういうの……が、多い……です……♡」

……出た。

また、出た。“可愛い所作”が勝手に体を乗っ取った。


「わぁ〜、かわいい〜!」

面接官の一人が手を叩く。

もう一人は「やっぱり、キヨヒコちゃん、ぴったりですね〜」と微笑んだ。


なぜ誰も疑問を持たない。

なぜこれを、正気で通せる。

どうして、こんなものが、“選考”として成立しているんだ。

キヨヒコの思考がグチャグチャにかき乱されていく。



「ちなみに……」

面接官が、パンフレットを広げながら言った。

「この制服、来年度からはもう少しフリル増やす予定なんですが、キヨヒコちゃん的にはどう思いますか?」

写真の中の“自分”が、ひらひらのスカートを揺らして笑っている。


地獄は、まだ始まったばかりだった。





「では、最後の質問です」

面接官の一人が柔らかな声で言う。

「“可愛いを武器にする覚悟”って、ありますか?」


その言葉を聞いた瞬間、

キヨヒコの体の奥で、ギリギリと軋む音がした。


覚悟?


覚悟だって?

誰が、何を、いつ、望んだ?


――望んでなんかいない。

こんな見た目も、声も、仕草も。全部呪いだ。俺の意志じゃない。


「……あ、あの、俺は……そういうつもりじゃ――」

「“わたしは”? ですよね?」

面接官からすっと指を立てて、訂正された。

思考が一瞬、凍る。


「営業の現場では、“一人称”も印象に関わります。可愛さって、積み重ねなんですよ」

静かな笑顔。悪意はない。だからこそ――怖い。


「し、しょ、正直……わ、わたし……」

また声が甘くなっていく。

喉が痒い。舌が勝手に動いて、言葉が丸く、媚びた音になる。


「……か、可愛いって、いわれるの……すっごく、は、はずかしくて……で、でも……う、うれしい、きもちも……ちょっとだけ、して……♡」

違う。そんなこと思ってない。

でも口が、舌が、自分ではない誰かに支配されている。


スラックスの裾を両手で軽くつまんで、お辞儀までしてしまっていた。


「ありがとうございます、きよぴさん」

その瞬間、場の空気がふわっと和んだのがわかった。

拍手の音すら聴こえた気がした。




「――もう、内定は出してあります」

部屋の空気が、一段階、現実へと戻る。

「今のあなたの姿勢を拝見して、確信しました。間違いありません。あなたは、リリ社アイドル営業部の顔になります。」


鼓膜の奥で“ゴン”と何かが鳴る。

自分の体じゃない。心が、壊れた音だった。




ーーーーー


退室後。

控室で、スーツのポケットに手を入れたとき――指先に触れた紙の感触。


小さなメモ用紙。

引っ張り出してみると、手書きのハートマークに囲まれた文字が書かれていた。


《ようこそ♡ これで、もう逃げられないね♡》


震える手で、紙を握りつぶす。

でも、捨てられなかった。

涙も、出なかった。




ーーーーーーーーーー

ーーーーーーーーーー



拍手に包まれる壇上。

熱気。笑顔。スマホのカメラのレンズがいくつもこちらを向いている。


キヨヒコは、心の中でずっと叫び続けていた。

(俺はこんなことを言いたいんじゃない)

(こんな風に動きたくない)

(可愛いなんて、なりたくない)


でも、体は裏切る。


「えっと……リリ社のぉ……アイドル営業部としてぇ……えへへ、が、がんばりまぁす♡」

自分で自分の声に吐き気がする。

手が勝手に胸元でハートを作る。

つま先を揃えて、小さくステップしてお辞儀をする。

どこで覚えた? 誰に教えられた? そんなもの、知らない。

でも体が、“正しい所作”として、それを選んでしまう。


視界の端で、司会がうっとりと頷いていた。

社長が「これがうちの宝だ」と誰かに囁いているのが見えた。


「はいっ! きよぴさん、ありがとうございましたぁ〜! ほんっとうに可愛かったですね♡」


拍手。拍手。拍手。

キヨヒコは一礼し、舞台袖に消える。

脚が震えていた。視界がぼやけていた。

でも涙は出なかった。恥ずかしすぎて、涙を流す余裕すらなかった。



ーーーーー


廊下を歩きながら、名札が胸元で揺れる。


 《きよぴ♡》

ハートの文字。ピンクのペン。ラメ入り。

自分で書いた覚えはない。でも、これが“最初から”配られていた。


誰も変だと思っていない。

同期の社員たちも、上司も、会社も、社会も――これが“当然”だと思っている。



ーーーーーーーーーー



全部、アイツのせいだ。イヅミのせい。呪いのせい。


だけど、誰にも、助けを求められない。


「変だ」と言う人間が、この世界にはいない。

“男がスカートを履いてピンク髪で甘い声を出すこと”を、誰も疑問に思わない。この世界では、俺が“可愛い存在”として生きることが前提になっている。心の中では、叫び続けている。

でも、それは社会に届かないノイズでしかない。


逃げられない。

戻れない。

抗っても、無意味。


そしてなにより……

今日のスピーチも、ちゃんと“うまくできた”ことが悔しい。


体が演じた可愛さに、場が沸いたことに、

「よかった」と一瞬でも思ってしまったことが、なによりも、恥ずかしかった。



これが、早乙女キヨヒコという人間の、

社会人一年目の始まりだった。


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