第1章 5話 儀式の真実
=儀式の間にて=
ロントに連れてこられた儀式の間とかいうところで、俺はただぽつんと椅子に座っていた。
なんか闘技場みたいだなここ。
周りの観客席?には大勢の住民達がひしめき合い歓声を上げている。
椅子が足りず立って見ている住民もいるあたりこの儀式はよほど人気があるのだろうか。
一か所盛り出した観客席はきっとお偉いさま専用席だな。
目の前には布を掛けられ、中が見えないようになっている”何か”があった。
恐らく最後に布を取り払って今は隠してある武器とか防具を身に着けて退場という感じだろう。
「本日、皇帝は体調が優れないためご欠席なさる。しかし災厄が近づく以上儀式を延期することはできない。よって、ヤタカ教、教団長である私ロアが代わりに儀式を執り行う」
遠くの方でロアが何か喋っているのが見える。
こんな遠くなのに声がはっきり聞こえるというのは魔法かなにかの効果だろうか。
そしてそこからロアのわけわからんお経みたいな祝詞が始まった。
全く聞き取れない感じからしてこの世界の共通言語ではない可能性もある。
にしても今日は晴れてよかった。
せっかくの門出が雨とかだったら最悪だ。
なによりこの建物天井ないし。雨だったらどうしたんだろうか。
「判別者はレミロート帝国軍、師団長である剣王イザベル・カイザーに任せる。イザベル、贖罪様の元へ」
いつのまにか祝詞が終わり判別者とかいう謎の役を任されたイザベル?が歩いてくる。
驚いた、歩いてきたのは女の子だった。
肩ほどまでの赤い髪を風に揺らし、鎧がこすれる金属音で鼓膜を揺らしてくる。
年齢は分からないがまだ20は越していないだろう。
イザベルは俺の横まで来ると小声で話しかけてきた。
「私はイザベル、よろしくお願いします」
「あ、ああ、俺はミナトよろしく。ところで判別者って何?」
「ミナトさんに授けられた能力がきちんと機能しているか判別する者のことです」
へぇー、引継ぎミスとかがないかその場で確認してくれるってことか。
「でもどうやって判別するんだ?見た目で分かるとか?」
「容赦なく切りかかります」
なんか物騒な単語が聞こえた気がした。
「え?」
「それで応戦出来ればきちんと能力が授けられている証拠です」
「それって、もしなんか引継ぎミスがあれば・・・」
「その時はしっかりと加減をします。ですが骨の一本や二本は覚悟しておいてください」
ええー、全然優しくないよこの世界。
てか骨を持ってく前に止めてほしいところなんだけど。
ミナト君が思ってるような儀式じゃなくってーー。
ふと頭に風呂場で言ったロラフの言葉がよぎる。
そういうことか。
簡単にチート能力を手に入れられるなんてそんな生易しい設定はないよな。
俄然やる気が出てきたぜ。
それにもし怪我をしても昨日リーシェがやっていた上級回復魔法とやらをかけてもらえば直ぐ完治するだろう。
この程度恐らくこれから立ち向かう災厄に比べれば屁でもないだろう。
まずは最初の試練、乗り越えさせてもらうとするか。
そう意気込んでいた時、お偉いさんが座るような盛り出した観客席に座りじっとこちらを見つめる人影が見えた。
一目でわかる。明らかに異質なオーラが出ていた。
黒いとんがり防止に黒いドレス。長い黒髪で顔は見えない。だが素肌は生気を感じられないほどに白く、美しかった。
いつからいた?あれが皇帝?いやでも体調不良と言っていたような。
「イザベル、あそこにいるのって誰だ?」
「まだ見ないで、まっすぐ前を向いててください」
まだ?イザベルを見るとさっきまで涼しげだった顔は汗で濡れ、後ろで組まれた手はカタカタと小さく震えている。
まるで何かに恐怖しているかのような。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ミナトさん、多分あなたは、私を、我々を恨むと思う・・・」
震える声でイザベルが話し始める。
さっきまでとは打って変わって異様な光景に俺も背筋が冷えていくのを感じる。
「ちょ、いきなり何の話ー」
その瞬間、群衆の中の誰かが叫んだ。
「終焉様だ!」
先ほどまでの倍、群衆が盛り上がり【終焉様】と何度も叫ばれる。
終焉様って・・・。
誰?
「イザベル、終焉様って・・・」
先ほどまで誇らしげな顔で胸を張っていたイザベルの姿はどこにもなく、ただ悔しそうに目を瞑り下を見つめていた。
「終焉様が現れ、群衆によってロア様の祝詞も遮られました。儀式は中断され終了した。すなわちこれは私に結ばれた契りの効力が切れたことを表します」
誰かに言い聞かせるようイザベルは話し始める。
「終焉様は我々を救うための救世主です。忌み虐げられてきたこのレミロート帝国を外敵から守るため産み出された魔女なんです。でも、いろいろあって・・・」
「ヤタカはどこかしら?ヤタカはどこにいるの?これ?」
冷たい手がいきなり頬を撫でる。
背中がゾクゾクし冷汗が噴き出していく。
恐る恐る後ろを振り向くと終焉と呼ばれた存在がそこにいた。
「終焉様、まだ彼には能力を授けていません、もう暫くお待ちください」
いつの間にかロアも隣に来ており終焉と呼ばれる魔女と会話を始める。
「能力はいらないわ、この子はヤタカじゃないもの」
「承知いたしました」
深々とロアがお辞儀をする。
おかしい、なんかおかしいぞこの展開。
ヤタカって教団の創設者だろ?
「贖罪様、あなたに話しておかねばならぬことがあります」
椅子に座る俺と目線を合わせてロアが話し始める。
「終焉様は数年に一度、魔力が暴走し災厄を引き起こします。そのため、我々は魔力耐性が非常に強く、多くの魔力を吸収し災厄を止めて貰う人物を他の世界から定期的に呼び出します。それが我々のために罪を、過去を、過ちを贖ってくれる転生者、贖罪様なのです」
「じゃあ、俺が災厄を止める勇者ってのは・・・」
「災厄を止める為、我々の贄となっていただきます。贖罪様、あなたは我々国民にとっての勇者ですよ」
頭が、追いつかない。
何を言ってるんだロアは。
俺が贄?
じゃ、じゃあなんで俺は。
「だ、だったら最初からそう言ってくれればいいだろ!あなたは贖罪様、我々のために生贄になってくださいって!!」
「それじゃあ、つまらないじゃない」
終焉の魔女が首を傾け理解できないと言いたげな表情をする。
「私はね、恐怖、悲しみ、苦しみといった負の感情が大好きなの。もちろん最初から生贄ってこと教えてもいいけど、それより世界の救世主とか言って気持ちを上げてから墜とす方が深い深い感情が芽生えるでしょ?ただ谷底に墜とすよりも空から谷底に墜とす方が恐怖は長いってことよ」
淡々としゃべる終焉の魔女に怒りと憎しみが芽生える。
「だから、今日まで誰にも儀式の詳細を話せないよう、私は全員と契りを結んだのよ。それこそ、詳細を知ったあなたに自害されても困るもの」
そう言うと終焉は手をパンと鳴らした。
「話しは終わり、じゃあ始めちゃって」
目の前にあった布が取られるとそこには磔と薪に丁度よさそうな木が並んでいた。
これから何が起こるのか、言われなくても分かる。
魔女といえばこれだろう。
「贖罪様を終焉様に捧げよ」
次々と白装束の集団が現れ俺を拘束する。
そしてそのまま磔の方へを引っ張られていく。
「や、やめろ!離せ!だ、誰か!イザベル!!!」
自分でも情けないと思う。
だが死の恐怖、苦痛への恐怖は自分より年下であろう女の子へ助けを求めさせる。
しかしイザベルは顔を下に向け、拳を握りしめたまま動かない。
突然手に激しい痛みが走った。
手には長い杭が刺さり磔と一体化させられていた。
磔を伝い流れる血に吐き気を覚える。
「ああああああああああああああああああああああ」
痛い、痛い、苦しい。
助けて。
何でこんな目に。
痛みから逃れようとした足も磔に打ち付けられ更なる苦痛、恐怖が全身を駆け巡る。
「終焉様、契り通り10人目の贄です」
「分かっているわ、彼を受け取ったら契りに従い何でも1つ願いをかなえてあげる。にしても彼、記憶が弄られてるわ。痕跡が新しいから昨日あたりの記憶かしら。一体何を見たんでしょうね」
涙で歪む視界の中でロアと終焉が何かを話している。
磔の周りでは火を持った白装束達が己の最後の役目と言わんばかりに近づいてくる。
大変だろうが期待してるぞ!!
贖罪様がいれば【災厄】は防がれる!それだけで何百人という命が救われるんだ!
ギルドの連中が頭を横切る。
みんな、俺がこうなるって知ってたのか。
みんな、自分さえよければ他人なんてどうでもいいのか。
みんな、俺と話してた時の笑顔は嘘だったのか。
俺が勇者になんてなれるわけがなかったんだ。
結局俺はただの現場作業員。
仮に外に出ても魔物と戦う術も度胸もない。
誰も救うことはできない。
そこらへんですぐ野垂れ死んでいたかもしれない。
逆に考えれば俺の死で災厄が止められるなら、それでもーー。
足元から紅い炎が昇ってくる。
熱い、痛い、苦しい、もう嫌だ、死にたくない。
意識が遠のいていくのを感じる。
これがーーー、死ーーーーー。
「エナ・スプラ」
その刹那、水が空中から湧き出し炎を鎮火した。
空から大量の血が降り注ぎ地面に赤い絨毯を広げていく。
磔を囲んでいたはずの白装束たちは空中で真っ二つになり血のカーテンを作り出す。
太陽を背に、また落ちてくる少女。
「一昨日ぶりねミナト、予想より早く借りを返せそうでなにより」
「リー・・・シェ・・・?」