第1章 4話 儀式とは
迫る足音。
こういう時でかめのゴミ箱や枯草を詰んだリヤカーがあるのが定番だが、生憎そこまでこの世界は都合がよくないらしい。
まずい、何か方法はーー。
俺は咄嗟に少女を地面に押し倒し上に覆いかぶさった。
「ちょ、なにするの・・・!」
震える腕で俺の胸を押しどけようとする。
突然こんなことされたら当然抵抗する。
俺でもする。
「ナニしてるふりだよ!静かにしてろ!!」
足音が迫って来て近くで止まる。
心臓の鼓動がうるさい。
少女の吐息が俺の頬を撫でる。
いつの間にか手は俺の背中に回されていた。
チッ、ガキどもが盛りやがって・・・
怒気を含んだ声が聞こえた後、足音は去って行った。
ひとまずは巻いたといったところか。
よかった、公然わいせつ罪とかで捕まらなくて。
「もう行ったでしょ、早くどいてよ!」
少女はそう言いながら俺を投げ飛ばす。
え、投げ飛ばされた?
投げ飛ばされた体は壁に当たり体中に痛みが走る。
せき込みながら少女を見ると足首を抑えて蹲っていた。
素人目にも分かる、明らかに曲がってはいけない方向に足首が曲がり赤黒く腫れている。
重症だ。
「早く医者に見せないとーー」
俺が駆け寄ろうとすると少女はこちらに手の平を見せ制止させた。
「エナ・リフレイン」
少女が足首に手を当て呟くと緑色の円型魔法陣が浮かび上がる。
足首の腫れはみるみるうちに引き、足首もグキグキと曲がりながら治っていくーー、結構グロいなあれ。
ーーーー!これが魔法というやつだろうか。
「今のって・・・」
「ただの上級回復魔法よ、まさか初めてみたの?」
ああ、レミロート帝国の人間だもんね、と少女は付け加えた。
「こんな国にもあなたみたいな人がいるのね、助けてくれてありがとう」
手を指し伸ばしながら少女は微笑んだ。
かわいい。
トリアといいロラフといいこの世界は顔面のレベルが非常に高い。
っと、見ほれてる場合じゃないな。
「どういたしまして、俺はミナト、困ってる人を助けるのは当然だろ?」
そう言うと少女は目をまん丸に開いて俺の顔をみる。
「本当に驚いた、ミナトみたいな人が増えればこの国もマシになるのかもね。それにしてもミナトってあんまり聞かない名前ね」
「ああ、だって俺はーーー」
言いかけたところでまた足音がこだまして聞こえ始める。
「ごめん、もう行かなきゃ!私はリーシェ!もう会うことないかもだけど、この借りはそのうち返すね!!きっとよ!」
リーシェはそういうと某配管工のように壁ジャンプを繰り返し消えていった。
今起きたイベントがロラフの啓示と関係あるのだろうか。
しかし憲兵に追われるような子が今後何かしら影響を与えてくるとは考えずらい。
俺は起きるイベントを待つべくまた腰をおろした。
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18時の鐘が鳴るまで待ったが特に何もイベントは起きなかった。
やはりリーシェと会わせるのがロラフの目的だったのか・・・?
宿までの帰り道、色々な事を考えてみたが結局は分からずじまい。
うんうん唸っているうちに宿についてしまった。
今日もトリアの運んできたご飯を食べ、部屋でゴロゴロする。
そういえばさっきトリアがご飯持ってきたとき風呂の場所を教えてくれたな・・・。
入浴は体の疲れを癒すとともに心も癒し、更に清潔になることで衛生面にも気を付けることができる。
某お姉さんの言葉を借りるなら、風呂は命の洗濯である。
風呂場は1人1人入れるよう個室になっていた。
これは裸の付き合いなるものが苦手な俺には嬉しい配慮だ。
そそくさと脱衣所で衣類を脱いで扉を開ける。
広さ的には8畳ほどだろうか、大きな湯舟から暖かい湯気が上っている。
そうか、ここは異世界、シャワーもなければ備え付けのシャンプー類もない。
あるのは桶、鏡、石鹸のみ。
現在の気候は春のようだがそれでも歩いて回れば多少なりとも汗をかく。
異臭を放つ前に風呂に入れるのはありがたい。
バサーっと湯を被り体を洗う。
体の汚れを落としていたら風呂場に誰かの気配を感じた。
「お背中お流ししましょうか、とか言った方がいい感じ?」
「ロラフ・・・」
振り向くと昨日と変わらずワンピースを纏ったロラフが立っていた。
バスタオルで登場などといったお色気展開はないらしい。
「あのリーシェって子が啓示と何か関係があるのか?」
「うん、あの子が関係しているのは間違いないね」
再度湯を被り風呂につかる。
ザバーっと湯船からお湯が溢れ出ていく。
「ちょ、濡れるって!てかちょっとは恥じらい持てし!!」
耳を赤くしたロラフがそっぽを向きながら言った。
「ご生憎そこまでピュアな心は持ってないもんでね。ほら、あれと一緒だよ、用を足してる最中に掃除に入ってくるおばちゃん。あれと同じ感じ」
「どう見たって私はおばちゃんじゃないし!!ハァ・・・まぁいいけど」
このギャルは何をしに来たんだろうか。
進捗確認なのか新しい啓示とやらを授けに来たのか。
ただの世間話をしに来ただけなのか。
俺の裸を覗きに来たのか。
「ミナト君、明後日には儀式だけど大丈夫そ?」
儀式、ロアは魔法、剣技、格闘術を授けると言っていた。
話しからして出陣式みたいなものなのだろう。
ワーキャーという黄色い歓声の中でチート能力を貰う俺、そして災厄に立ち向かい世界を救うーー。
その物語の始まりの儀式だ、もし意気込みとか喋らされたら噛むかもしれない、うん、絶対噛む。
「ま、緊張しないと言えばウソになるけど。みんなを救うためなら仕方ないだろ」
ロラフは少し悲しげな表情をしながら口を開いた。
「ごめん、契りがあって私は儀式について詳しく話せない、でも、たぶん、ミナト君が思ってるような儀式じゃなくて・・・。ただ、ミナト君には忘れないでほしい。私ーー、天使ロラフはミナト君の味方だってこと」
なんで、そんな悲しそうな顔をする。
でも、俺が勇者になって世界を救えばー、!!
「大丈夫、俺が勇者ーーー」
視界が歪む。
のぼせた?いやまだ3分も湯につかっていない。
俺は今なんて言おうとした?
頭が回らない。
あれ、体に力が入らない。
俺の名前を呼ぶ、誰かがいる。
まずい、湯船の中で気を失うのは本当にまずい。
頭が回らない、でも目は回る。
上手いこと言ったな、全然上手くない、やばい。
視界がどんどん狭まる。
誰かが俺を湯船から引っ張り出す。
俺は誰かと話していたはずだ。
ああ、ロラフだ。
あれ、どこに行った?
何分経った?
俺はーーー。
ここでミナトの意識は途絶えた。
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「っっはぁっ、はぁはぁ、ここはー」
鐘の音で目を覚ます。
外が明るい。
頭が重くてフラフラする。
見たことのない天井、宿の天井とも違う、ここはいったいーー。
「贖罪様、お目覚めですか」
ベッドの横に目をやると白装束に身を包んだロントが心配そうにこちらを見つめていた。
「魔力酔いですな」
「魔力酔い?」
聞きなれない単語に思わず聞き返す。
「魔力酔いは魔力に耐性のない者が、大気中の魔力に体を蝕まれ昏睡状態に陥ることを言います。まれに転生者の方々がなることがあるのです。昏睡は短い方で1ヵ月、長い方で10年の者もいるとされています」
「それって」
まさか俺は何年もの間眠りこけていたとでもいうのか。
儀式とやらはどうなって、
「贖罪様は1日でお目覚めになりました。いやはや、これほど魔力への適応が早い転生者の方は初めて見ました。よほど環境への適応能力が高いと見受けます。やはりあなたは勇者になる資格がおありのようです」
どうやら何年も眠りこけていた、という事態には陥らなかったようだ。
でも待てよ、1日って今ロントが言ったような。
「もしかして、今日が儀式の日ですか?」
「左様でございます」
目を伏せ、深々とお辞儀をしながらロントが言った。
「俺、準備も何も出来てないですけど、リハーサルとかは!!」
「リハーサルというものが何かは存じ上げませんが、準備などは不要です。儀式の間に通されれば椅子があります。そこに座って話を聞いていることがほとんどです。最後に魔法、剣技、格闘術、それらすべてを授けられましたら装備を手に取り儀式の間をあとにしてください」
わお、幼稚園児でもできそうな優しい内容だ。
しかも聞いた感じただ黙って座って最後に装備を受け取れば終わり。
それだけで俺の勇者人生がスタートするのか。
なんともイージーな世界だ。
「それにしても、贖罪様が魔力酔いになられてよかった」
「よかった?」
「ええ、魔法は体に魔力耐性がないと使えないのです。なので魔力酔いにならずに何年も魔法を使えない方もいらっしゃいます。ですが贖罪様は魔力酔いになられ驚異の速さでお目覚めになられた。今日魔法を、術式を授けられればすぐ魔法が使えるようになります」
魔力酔いになれば必ず魔力に対する耐性ができるって感じかな?
ということは魔法も使える剣士、すなわち魔法剣士みたいになれるってことか。
考えただけでにやけが止まらない。
魔法剣士、こんな男心くすぐる単語があるだろうか。
「贖罪様、お目覚めになったばかりで申し訳ございませんが、時は一刻を争います。儀式の間までご同行お願いします」
俺は頷いてベッドを降りる。
「贖罪様、我々、ヤタカ教団と共にこの国を、世界を救いましょう」
ロントが手を差し伸べてくる。
「はい、必ず」
俺はロントの手を握り返した。
ロントの顔は白装束に隠れて見えないが、笑っていたような気がした。