第1章 3話 ギャル天使
篠塚 湊24歳。
幼少期から恵まれた環境により不自由なく育つ。
父親の転勤により幾度か転校を繰り返す。そのため環境への適応能力が極めて高い。
特に顕著なのは相手の懐へ入り込む上手さ。その手法は誰かに教わったものではなく、父親から受け継いだ先天的なものだろう。
何か目標を見つけ、努力している間は常人を逸する力を発揮する。しかし、それ以外の時は基本的に無気力で怠惰である。
また母親似の熱しやすく冷めやすい性格も災いし、目標達成と同時に興味を失う事も多々ある。
総じていえば、どこにでもいるような凡人。
にも関わらず候補者の中では群を抜いて贖罪適性が極めて高い。
よって、シノツカ ミナトを贖罪適性者とみなし、転生させることを所望する。
ヤタカ教 教団本部 調査担当
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「ロラフでした!」
ロラフはこちらの心情そっちのけで飛び切りの笑顔を炸裂させながら拍手していた。
ロア曰くミナトを転生させこちらの世界に呼び込んだ方法と理由を唯一知る人物。
で、偶然か必然か、俺への説明を怠ったはた迷惑な人だ。
「あの、俺はなんでーー、」
言いかけたところで口に指を当てられ待ったを掛けられる。
「なんで俺なのか?どうして俺は死んだんだ?国を救うとは?って感じっしょ、言われなくても分かるよ。でもね、それは言えない事になっててさー、ごめんちょ!」
両手を合わせながら謝るロラフ。
でもそれではい分かりましたと引き下がれるほどミナトも大人ではなかった。
「そんなの、勝手すぎるだろ!俺だっていろいろと生活があったのに!!」
責任感をみじんも感じていないようなロラフの態度にミナトも思わず声を荒げた。
「だからごめんって!【契り】っていうやつで言えないことになってんの!」
「契り?」
聞きなれない単語に思わずミナトが聞き返す。
「そーそー、契りってのは破れば命が飛ぶレベルのやっばい約束事なの!最上級の縛りなんだよねー」
首に手を当て首ちょんぱのジェスチャーを繰り返しながらへらへらとロラフは答えた。
「じゃあ今何のためにこの部屋にやってきたんだ?まさか何も教えられませんよーってのを言いに来たわけじゃないだろ?」
俺が尋ねるとロラフはまたニタリと恐怖を感じる笑みを浮かべた。
「そりゃもちろん、私は※$#”、ミナト君に分かるように言えば天使なわけ。で、転生者に世界を揺るがす悪を滅ぼさせるよう誘導するのが私の仕事ってこと!だからミナト君に最初の啓示を与えに来たんだよ」
天使?
まぁ異世界だからいてもおかしくはないと思うが・・・。
その俺の疑問に答えるかのように、突如としてロラフの背後に白い羽が現れた。
確かに見た目だけはまんま天使だな、喋るとただのギャルだけど。
「ではミナト君、あなたに啓示を与えましょう。明日の午後レミロート帝国の東側にある商人通りというところに行ってくださいーーー、っっはぁー!キャラ作って喋んのマジしんどい!ああごめん、私マージでまじめキャラって苦手でさ」
せめてそのギャルっぽい性格の方がキャラ作りであってほしかった、というのは俺の勝手な要望だろうか。
「あ、商人通り行くときはその証付けないで行って、それあると色々と不便だかんね」
そう言いながらロラフは俺の腕章を指さしていた。
正直これを外して出歩くということは、不安しかない。
「でもこれは魔除けというか万が一の時の保険というか・・・」
「知ってるよ、でもそれがあると不都合なの。まぁ初めての啓示だし、騙されたと思って一回行ってみよー!」
少々横暴な気がする。
結局そこに行って何するのか聞いてないし。
「で、その商人通り?だったかに行って俺は何をすればいい?」
「ん?ヒミツ!行けば分かるっしょ!てかさっきから質問ばっか、ミナト君ってゲームする時攻略情報見ながらやるタイプ?」
「いや違うけど」
「うん、知ってる。まぁ3日後の儀式の時に知りたいことはある程度知れると思うよ!だからそれまで我慢しといて!」
なんとも適当でわがままな天使である。
「ちなみに私ここに長居出来ないからそろそろ帰るね」
そう言うとロラフの体が段々と透けはじめる。
「あ、絶対私が会いに来たことロアとロントには言わないでね!ってか誰にも行っちゃだめだよ!はいこれ約束!」
ロラフが小指を突き出してくる、指切りげんまんというやつだろうか。
何気なく俺も小指を差し出すと指同士を交わし何百回も聞いたであろうゆーびきーりげんまーんと言葉が続く・・・かと思いきやーーー、
「天使ロラフの名のもとに贖罪人ミナトとの間に契りを結びます」
その瞬間指が白く発光しあまりの眩しさに思わず目を瞑る。
再び目を開けるとそこにロラフの姿はなく、ただ呆然と立ち尽くす俺が鏡に映っているだけだった。
(効力は3日後の儀式終了まで、勝手に契り結んでごめんちょ!!)
耳元で声が聞こえ思わず振り返るが、そこには誰もいなかった。
契り、要は命を担保とした口止めってことか・・・?
ロアやロントに知られるとよっぽどロラフにとって都合が悪いということだろう。
大人しく従うか無視するか・・・。
てか、あの契りって口止めだけだよな?
もし、商人通りに行くことも契りだとしたら・・・。
「予定もなかったし別にいいか」
商人通りに行って何か起これば今後あのロラフとかいう自称天使を信頼するかどうかの指標にもなる。
もし怪しかったら儀式終了後にロアやロントに相談するとしよう。
1人うんぬんと明日の事を考えていると扉がノックされた。
「お食事をお持ちしました」
先ほどのケモミミ女の声だ。
鍵を開けると車輪付きの台車で料理が部屋に運ばれてくる。
そして手際よく部屋備え付けのテーブルの上へ料理が並べられていく。
「本日のご夕食は当宿にて焼き上げたバケット、旬の野菜を使ったサラダ、ギガシーカーのステーキ、川魚のスープとなっております。お飲み物はミルクを用意いたしました。もし苦手な食材やお口に合わないものがありましたら私、トリアまでお申し付けください」
見た目に関して言えば元いた世界と全く同じだ。
匂いもいい。
異世界あるあるの食文化の違いに驚くっていう展開はないみたいだ。
あと今初めて知ったけどこの子トリアって言うのか、イイナマエダネ!
「ご丁寧にありがとうございます、特に苦手なものはないので大丈夫ですよ」
「承知いたしました、食べ終わりましたら台車にお皿をのせて廊下に出していただければ回収します」
そう言うとトリアは失礼しますと言い部屋を後にした。
では、食事タイムと参ろう。
まずバケット。見た目はバターロールみたいだ。
うん、味もほぼ一緒。強いて言えば記憶にあるバターロールよりも少し硬いが十分うまい。焼きたてなのもありバターかは分からないが似た香りが鼻を抜けて口だけではなく鼻も幸せにしてくれる。
次にサラダ。
うん、サラダだ。キャベツときゅうり、細切りの人参、名称がこの世界でも同じなのかは分からないが見た目はそれだ。少し酸味のあるドレッシングが食欲をそそる。
そして、ギガシーカー?とかいう聞いたことのない生物のステーキ。香りからしてガーリック系のソースがかかっている。
う、うまい。昔先輩から貰って食べた鹿肉に近い味がする。味自体は結構たんぱくだが、しっかりとした歯ごたえに噛めば肉の旨味とガーリックの香りがいい感じにマッチする。脂身は殆どなく年齢を感じさせる胃にも優しいステーキだ。
最後に川魚のスープ。見た目はお吸い物だ。
飲んでみると醤油ベースに魚の出汁が加わりホッと落ち着く優しい味がする。魚の身はニジマスかな?ホクホクしていてうまい。
良かった、食べ物は不安要素の1つだったが見た目も味も慣れ親しんだものと遜色ない。
これなら今後食べ物については問題なくいけるだろう。
もし米があれば寿司とか作って料理屋を出せるかもしれない。
満腹になった俺は台車を廊下に出しまたベッドに大の字になっていた。
外はもう真っ暗でところどころ灯火があるが街灯ほどの明るさはない。
街もすっかり静まり返り、まるでこの世界に俺一人ではないのかと錯覚する。
普段の生活だったらいくら自分が息をひそめても時計の音や車の音、道行く人々の声が聞こえるが今はそれが一切ない。
ただ自分の呼吸の音のみが聞こえる。
本来はこんなに静かなものなんだな。
そうして無音の世界で俺は静かに目を閉じ眠りについた。
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ゴーンという鐘のような音で目が覚めるとそこは見慣れた天井、ではなく昨日と変わらない宿の天井だった。
窓の外を見ると腰が90度くらい傾いている老人が歩いている。
時間が分からないから正確な事は言えないがまだ早朝くらいだろう。
午後はロラフに言われた通り商人通りとやらに行く予定だが、それまで部屋に閉じこもっていては時間がもったいない。
タイムイズマネーとも言うしな・・・早々に俺は鍵を預け宿を後にした。
情報収集と言えば冒険者ギルドと異世界の相場は決まっている。
鍵を預けるついでにトリアに聞いた道順に従い俺は歩いていた。
すれ違う人、洗濯ものを干していたおばちゃん、元気に走り回る子供、その皆が俺に注目して立ち止まる。
コミュ力が高くない俺は必要最低限の会話しか望まないため別に話しかけたりはしない。
その視線を向ける理由は住人とかけ離れた作業着という服装のせいか、はたまたこの腕章の証か。
どちらにせよじっと見つめられるのは居心地が悪いからやめてほしいものである。
ちなみに道中歩きながら気づいたことがある。
恐らくだがこのレミロート帝国は国の外周を10m程度の塀で囲んでいる。
なぜならどの方向を向いてもうっすらとだが塀が見えるからだ。
まさかあの塀が巨人で出来てるなんていうオチはやめてくれよ。
だが、国の外周を塀で囲むのは外敵から国を守る為というのが異世界ものの定番でもある。
そして2日後には恐らくチート的な能力を授けられるであろう俺。
もうこうなったらとことんやってやるしかないな。
数々の魔獣と戦う自分を想像して思わずニヤつく。
我ながら環境への適応力に感嘆する。
昨日までいきなり転生したことを嘆いていたのが嘘のようだ。
「っと、これが冒険者ギルドか?」
剣を持った男と大きなクマのような生物が戦っている壁画、トリアに教えてもらった特徴とマッチする。
中からはガヤガヤと話し声が聞こえている。
深呼吸し息を整えてから扉を開ける。
中には受付と思われる窓口と複数のテーブル、恐らく依頼が書かれている張り紙、どうやら飲み屋も兼ねているらしく白昼堂々酒と思しきものを飲んで陽気に話している集団もある。
皆短刀や大剣、小型の盾を携えた物や弓を杖代わりに歩く老人の姿も見える。いかにも冒険者ギルドって感じだ。
「おい、あれって・・・」
酒のみ集団の青年がこちらに気づき仲間に話しかける。
遠くてよくは聞こえないが贖罪という単語がポツポツと聞こえてくる。
最初に気づいた青年が席を立ちこちらに近づいてくる。
え、怖い怖い。
そう、ここは異世界、気に入らない者は力でねじ伏せ、抵抗すれば命を奪うような集団が闊歩する世界(俺の妄想)
「あんた、贖罪様かい?」
「そ、そうだけど」
肯定すると青年は優しく俺の肩に手を置き口を開いた。
「ありがとう、贖罪様のおかげで俺たちはまだ未来に希望を持てるよ」
ギルド中のあちこちから感謝の言葉が聞こえ始める。
まだ何も成し遂げていないがどうやら俺の存在はこの国において非常に重要らしい。
「あの、俺まだ何もしてないから。何か成し遂げてからもう一度その言葉をくれ」
精いっぱいのイケボで俺が言うとギルド中がワッと盛り上がる。
さすがは贖罪様!!
ありがとう、俺たちのために!!
一目見れただけで感激じゃよ!
大変だろうが期待してるぞ!!
こうまで盛り上がるのは俺に主人公補正かなにかあるのだろうか。
こうなると俄然やる気が起こるものである。
「でも、贖罪様がいれば【災厄】は防がれる!それだけで何百人という命が救われるんだ!」
「災厄?」
また聞きなれない単語が出てきた。
「贖罪様は災厄を知らないのかい?」
青年がキョトンとした顔でこちらを見る。
これはあれか、本来であればあのギャル天使が解説しておいてくれるはずだったパターンか。
「ご生憎職務放棄した奴がいてね、よければ災厄ってのが何か教えてほしいんだけど」
青年は災難ですねそれは、と笑いながら話し始めた、
曰く災厄とは魔力絡みの災害を指す。偶然おこる異常気象などに魔力が絡むとその災害は力を増し災厄となる・・・ってことらしい。
これまでも川や湖が氾濫し多くの人や建物を巻き込んだり。国土の4割ほどを落雷による火災で更地に変えられたりと、人々はいつ起こるか分からない災厄に常に恐怖を覚えていた。
だが、それらを解決できるのが転生者である贖罪と呼ばれる人たち。
確かに俺がその災厄を防げるのならこのギルド内の歓迎ムードも頷ける。
そこから俺はギルド内の人たちと談笑し、午後まで時が経つのを待った。
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ゴーンという鐘の音が聞こえる。
これがこの世界で正午を表す合図らしい。朝、昼、夜と等感覚でなっているが夜中はならない。ということは時間に表せば6時、12時、18時にこの鐘はなり0時は鳴らないということだろう。
この仕組みが分かればかなり行動しやすくなる。
ギルドでこの鐘の話を聞いておいて正解だった。
俺はギルドを後にし、宿に腕章を置いたのち弓杖じいさん(仮称)に聞いた商人通りに来ていた。
「さー、本当に何か起こるんだろうな」
商人通りは露店が多く雰囲気は祭りの屋台のようだ。
様々な露店があり八百屋や魚屋、肉屋はもちろんのこと、服屋、靴屋、武具屋のようなものも見える。
見て回るだけでも一日が終わるんじゃないかと思う。
それだけの露店があった。
当然人も多く満員電車ばりに人がひしめき合っている。
だが、それほどの人がいても誰もこちらに見向きもしない。
腕章を付けていた時とはえらい違いである。
それほど贖罪・・・あの腕章は注目を集めるということか。
もしここで腕章を付けていたら思うように身動きが取れず、これから起こるであろうイベントを見逃していたかもしれない。
そうするとロラフの言っていた腕章を外さなければならない理由にも合点が行く。
しかし、人が多い。
コミュ力がそこまで高くない人間には人ごみは猛毒である。
イベントが起こるまで人ごみから少し離れようと裏路地に入り腰を下ろす。
建物に挟まれ作り出された暗所は俺の心を休ませてくれた。
ギルドでも俺なりに陽気に話してきたが、こういう暗所で陰と一体化しているほうが楽だし居心地がいいーーー、
ピーーーー!!!!
突如笛の音が響き渡った。
路地にこだまして危機迫った声が響き渡る。
憲兵だ!動くな!
クソッ逃げたぞ!
いたぞ!捕まえろ!
抵抗するようなら殺せ!!!
どこ行った!!
四方八方から足音も迫ってくる。
そして突然、上から短い悲鳴と共に女の子が降ってきた。
親方、空から女の子が!
彼女は落下の衝撃で足を痛めたらしく苦痛に顔を歪めている。
「あの、大丈夫?」
声をかけると少女と目が合った。
青い髪に緑色の瞳、ボロボロのローブにショートパンツからは健康的な足が覗いている。
「助けて」
少女がポツリと言う。
恐らく憲兵達が追っているのはこの少女だろう。
ここで匿うのが王道物の展開だ。
だが俺は面倒ごとには首をツッコまない。
彼女には悪いが、なんの理由もなしに追われるはずはない。
しっかりと憲兵やらに捕まって自分の罪と向き合って貰うとしよう。
というのが、いつもの俺の考え。
だが、ギルド内で数々の賛辞を浴びた俺は非常に気分が良かった。
取り敢えずこの世界を救う前にこの少女を救ってみるとしよう。
「助ける理由もないけど、助けない理由もない、良かったな今俺は機嫌がいい」
憲兵たちの足音はすぐそこまで迫っていた。