第1章 2話 ロラフって誰?
「この国を救う勇者になってほしいのです」
勇者?
これまでの人生で本気で人を殴ったこともなければ、アリ以外殺めた事もないような俺が勇者?
頭の中には、無理、不可能、辞退、逃走、といったネガティブワードが駆け巡る。
「あ、無理です。だって俺は特殊能力もなければ腕っぷしも強くない普通の人間ですよ!」
辛うじて出た言葉は何とも情けない事実だった。
俺がそう言うとロアはまたにこやかな笑顔を向けて口を開いた。
「それに関しては問題ありません、3日後、とある儀式を執り行います。そこで転生者様である贖罪様にしかお使いできない魔法、剣技、格闘術を授けます」
そんな夢のような話があるかと思ったが、白装束達が粒子のようになって消えていったのを思い出し不可能な話ではないかも、という気持ちが芽生えた。
だがここでまたある単語に引っかかる。
そう【転生者】だ。
道中もロントは意図的かどうかは分からないが話の話題には出さず、肝心の答えはまだ聞けていないままだった。
「すいません、その儀式とかの前に一つ聞きたいんですけど・・・」
「はい、なんなりと」
笑顔を崩さずロアは手を胸に当てて返答する。
「転生者ってことは俺は死んだからここに来たんですか?」
数秒の沈黙が続いた。
その沈黙を破るように、神妙な顔つきでロアが口を開く。
「はい、非常に、非常に簡潔にいいますと、贖罪様はお亡くなりになり転生して今ここにいるということになります」
死、正直まだまだ先の事だと思っていたし、苦痛もなにも感じずに一つの生涯が終わった。
否、本当に終わっているのかどうか、疑わしくはある。というよりなぜ、今日、このタイミングで俺なのか。
仮に本当に転生したとして世界中で同じ日に何人が死んでいるだろうか?
「なんで、ここにいるのが俺なんですか?」
「申し訳ございません、選ばれた理由はロラフ様でないと分からないのです」
「じゃあ俺は何が原因で死んだんですか?」
「申し訳ございません、それもロラフ様でないと分かりません」
何でもかんでも分からないというロアに政治家のような既視感を感じながらも、少しシュンとした顔からして恐らく嘘は言っていないのであろう。
「そう・・・ですか・・・」
要は原因不明で俺は死にこのレミロート帝国を救うために俺はロラフ?とかいう人物に勇者としてこの地に転生させられた、という事なのだろうが、不鮮明な点が多すぎてまだ理解は出来ない。
「混乱されるのも無理ないと思います、取り敢えずもうすぐ日が暮れますので本日は我々のほうで用意させていただいた宿にご宿泊ください」
確かに先ほどまで色取りどりの床を作り出していたステンドグラスも色あせてきている。昼夜の概念などは元いた世界と違いはないらしい。
「道中はロントに案内をさせます。またお会いするのは3日後の儀式になるかと思いますのでこれもお渡ししておきます」
そう言いながらロアは麻袋に入った何かを手渡してきた。ずっしりとした重量感と金属の擦れる音から察するに金貨の類だろう。
「恐らく通貨の概念も違うと思われますので詳しいことはロントにお聞きください。あと、最後にこれをーー」
二の腕へ白地に赤のラインが彩られたスカーフのようなものを巻きながら真剣な表情でロアが言葉を続けた。
「これは贖罪様であるということを示す証のようなものです。魔力を込めて作られているので魔除けにもなります。それでももし命の危機を感じたら私かロントの名前を強く思い浮かべ、叫んでください。すぐに馳せ参じさせていただきます」
そんな命の危機感じるようなことあるのかよ、とかやっぱり魔物的な存在あるんだなとかそもそも街中って治安悪いのかとかいろいろ聞きたいことはあったが、いろいろありすぎてパンクしそうになっていた俺は、分かりましたとだけ答え、ロントと本部を後にした。
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冷静に考えれば素晴らしいご都合主義な世界だよな。
最初からお金は貰えるし、宿泊施設も用意されていると来た。
宿までの道を歩きながらミナトは考えていた。
でも逆に考えればそれほど国も世界も逼迫し勇者を求めていたということなのか?
でも結局俺の知りたいことはロラフって人しか知らないってことか・・・
前の世界に未練がないかと言われればたくさんある。
独身彼女なしだとしても、俺を産み育ててくれた両親がいる。
とはいえ、仲が良かったとはとても言えない。事実高校卒業と同時に1人暮らしを始め、実家に帰るのも年2.3回程度だ。もちろん親不孝という自覚はある。
だが、友人や職場の先輩、後輩などのことを考えると心が締め付けられるようだった。
生きるうえで人との繋がりを大切にしてきたミナトには辛い現実に他ならない。
なのに、今のこの状況、異世界という世界でこれから起こることを想像し胸が高鳴るのも不安と共に感じ自己嫌悪になる。
「ーー様、ー罪様?聞いておられますか?」
堂々めぐる思考がロントの声で立ち止まる。
「ああ、すみません。何でしたか?」
どうやらロントはこの世界の通貨について説明してくれていたらしい。
曰く、レミロート帝国での通貨は3種類のみ。
銅貨、銀貨、金貨という定番中の定番である。
銀貨は銅貨の100倍の価値があり、金貨は銀貨の100倍の価値がある。
すなわち金貨は銅貨の10000倍の価値、銅貨を1円玉と考えると、銀貨が100円玉、金貨が10000円札みたいな感じか。
うん、転生者にも分かりやすいシステムである。
これで買い物もできるから取り敢えず飢え死にの心配はないかと思っていたが、道中に掲げられている看板を見て不安が募る。
文字が、読めないー、
見たことのない文字である。恐らく前の世界にはない言語。看板横にあるイラストから恐らく靴屋であろうということは推測できるが、文字の読み書きは今後の生死に関わる。
この世界の治安がいかなるものかは分からないが、文字が読めなければボッタクられることもあるだろう。
待て、そもそも俺は今いくら金を持ってるんだ?
そう思い麻袋を開けて思わず唾を呑んだ。
暗くなってきた空の元でも分かる、金色に輝くコインがざっと見でも100枚以上は入っていた。
「3日後まで不自由しないように、というロア様の計らいのようです」
俺の意図を汲んだようにロントがぼそっと喋った。
「これってこの麻袋1つでどのくらいの価値があるんですか?」
麻袋をポンポンと叩きながらロントを見るとふと正面の建物を指さした。
「あの3階建ての家が見えますかな?」
正面には明らかに一般人には似つかわしくない豪邸がそそりたっている。造りはレンガで共通だが窓枠には鮮やかな彫刻が彩られ、玄関と思しき扉も大きな観音開き。おまけに庭木は丁寧に手入れされ素人目にも分かるザ・豪邸だ。
まさかこの麻袋1つであのような豪邸が建つというのだろうか。
「あれが5軒建ってもおつりが来ます」
予想の上をいく返答に俺は麻袋を持ったまま固まってしまった。
「そ、それって強盗、いや、盗賊みたいな人たちに狙われたりしないんですか?」
3日経つ前に盗賊に襲われ死亡エンドなんてあっけなさすぎるし、転生までした俺が報われなさすぎる。
「大丈夫です、そのための証ですから。贖罪様と分かっておりながらそんな愚行を行うものはこの国におりません」
信憑性は微妙だが万が一の時は名前を呼べば来てくれるって言ってたしな。
いきなりこんな大金を渡してくれる団体だ、取り敢えず敵意はなし!信用していいだろう。
そうこうしているうちに宿と言われる場所に着いた。
異世界の宿と言えば飲み屋と一体化していたり、とにかく人相の悪いゴロツキのような集団がいるものだと思っていたが中はきれいで塵一つなく、ホテルマン(?)の方々も清潔感マシマシで綺麗に燕尾服を着こなしている。
ここだけ見ると元の世界と差はないが、受付のケモミミが生えた女性がいるあたりやはり異世界らしい。
「ヤタカ教団の贖罪様ですね、お待ちしておりました。今鍵をご用意致します」
受付の女性はこちらを一瞥するとそう言って裏へと消えていった。
果たしてこの腕章みたいな証?を見て判断したのか、この白装束男ロントか、はたまた両方か。
まぁどちらにせよ顔パスみたいな事ができるあたりヤタカ教団もそれなりの力を持っているということだろう。
「では、贖罪様私はこれで。儀式前日の夜、即ち2日後の夜にお迎えに上がります。それまではこの街を観光なさっても結構ですし、お部屋で英気を養われても結構です」
「儀式は3日後のはずですよね?」
「儀式の前日は教団が管理する建物で一晩越していただく決まりがありますので・・・」
「あー、分かりました。じゃあ2日後お願いします」
そう言うとロントはぺこりと頭を下げ暗闇の中へと消えていった。
「贖罪様、部屋のご準備と鍵の用意ができましたのでご案内致します」
振り返ると先ほど受付に座っていたケモミミ女が鍵を持って立っていた。
近くに来てわかったが身長がかなり低くケモミミ入れても150センチあるか怪しい。
そのせいか必然的に上目遣いのようにもなり端麗な顔立ちといい、新たなケモミミという扉を開かれそうになる。
だが残念ながらこの先暫くは勇者として忙しくなるのだろう、恋愛沙汰に時間を使っている暇はない。
案内された部屋はビジホより少し広いかな?といったぐらいの広さだが、ソファーに広めのベッド、机に椅子と最低限のものはしっかりと揃っている。
というかテレビとかそういう科学的なものはこの世に存在しないのだろう。
建設業作業員として培ってきたスキルは到底活かせなさそうな世界である。
何かありましたら受付までお越し下さい、そう言ってケモミミ女は扉を閉めた。
と思ったらまた扉をまた少し開けて、24時間受付には従業員がおりますと付け足した。
ちょっと抜けてる所があるのもイイネ!!
「なんて、くだらないこと考えてる場合じゃないよな・・・」
ソファに座ると同時に今日の出来事を思い出し思わず頭を抱える。
会社に行こうとして着いたと思ったらいきなり原因不明の死を遂げて異世界転生。
そして贖罪と呼ばれる勇者になる・・・。
「どー考えたって、勇者とか俺のキャラじゃないよな」
そう呟きながら胸元のポケットへ手を突っ込みタバコを取り出す。
あ、気にしてなかったけど服装は作業着のまんまだ。
口に咥えかけたタバコをケースへ戻し、ポケットをまさぐって今あるものを机に並べる。
よくある3色のボールペン、メモ帳、タバコ、100円ライター、車両誘導用の笛、以上。
間違いなく世界を救う勇者の装備ではない。
というか異世界ならいくつか確認しておかなければならないこともある。
これも定番というものだろう。
「ステータスオープン!」
何も起きない。街中でやらなくてよかった。大恥をかくところだった。
「お次は、ファイヤーボール!!」
正面を指さしながら声を出すが何も出てこない。出てこなくてよかった、もし出たら宿が火事になるところだった。
この感じから察するにスキルの確認は不可、能力面に関しては特に何も持っていないって感じか。
となると戦闘面に関しては3日後の儀式ってやつに期待しておくしかなさそうだ。
「ってか、なに順応しようとしてんだよ俺・・・」
ベッドに大の字になり天井を見つめる。
確かに毎日つまらないとは感じていたが、こんな非日常を求めてはいない。
俺死んだんでしょ?母さんや父さん、悲しんだりしてるのかな・・・
もう少し、寄り添って、あげたほうがよかったのかな・・・
じんわりと涙腺が緩み始めるのを感じる。
咄嗟に腕で目元を隠す。
その瞬間、1人だけの部屋に明らかに誰かが増えた気配があった。
だが扉が開いた音は聞こえていない。
気のせいか?
しかし、妙な違和感があり上体を起こすとそこには見知らぬ少女が立っていた。
腰まで届きそうな煌めく金色の髪に碧眼、端正な顔立ち、そして純白のワンピースに麦藁帽、まるで砂浜からワープさせられたかのような服装だった。
雰囲気的には聖女、純真無垢そうな少女である。
「勇者になるにしては、浮かない顔してんね?」
俺はこの話し方に覚えがある、ギャルだ。そう、俺が生涯関わることのなかったギャルと話し方が一緒だ。
いやしかしこの服装でその話し方にはギャップがある。
せめて色白じゃなくもっとガングロで濃い目の化粧しないと違和感ありすぎだろ。
「えー、無視って酷くない?わざわざ合間見て会いにきてあげたのにさー」
そう言いながら毛先をクルクルしながら話し続ける。
「あ、ロントもロアも呼んじゃだめだかんね」
口元に人差し指をあてシーっと言いながらニコッと笑う、平常時なら恋に落ちる可能性も・・・無きにしも非ず。
「ってことはヤタカ教以外の人?」
そう問いかけるとニヤりと笑って少女は答えた。
「半分あってて半分外れてるかな?正解はーー、」
少女がニヤニヤというよりかはニタリという顔に代わり得体のしれない恐怖を感じる。
「ロラフでした!!」
はい、拍手ー!と、ロラフは言いながら手をパチパチと鳴らした。