第1章 1話 贖罪ってなに?
ふーん、今回はこの人になるんですね
ああ、また世界均衡いや世界平和のために頼むよ
はぁ、毎回外れ役だと思うんですけど
そういうな、お前が重要な役割なんだ
まぁ分かりましたよ、万が一不測の事態が起きても私はノータッチですからね
分かっているさ、ヤタカの加護があらんことを
はいはい、ヤタカの加護があらんことをー・・・
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いつもと変わらぬ日常、篠塚湊は今日見た夢を思い出しながら車を走らせていた。
今日はいつもより重めの作業が多い日、憂鬱な気持ちを吐き出すように大きなため息をつく。
しかし仕事は仕事、始まればいずれは終わるものである。
自分の気持ちに整理をつけ口元に咥えていたタバコを灰皿に投げ捨てる。
そろそろ中身が溢れそうになっている、最後に灰皿を捨てたのはいつだったか・・・そう考えながら駐車場に着き車を降りドアを閉める。
目を閉じて深呼吸、いつものルーティンだ。
だが、いつもと違ったことがある。
目の前にいつも見えるはずの会社がなく、青い空もない。
動揺する目に映るのは暗闇を辛うじて照らすろうそくの炎と石のようなベッド、白い装束に身を包み目元だけが空いている怪しい恰好をした集団。
「え・・・?は?」
思わず戸惑いの声が漏れる。
ざっと見でも100人は下らない集団がこちらを見つめる異様さ、不快さが恐怖となってミナトの心を駆け巡る。
「ようこそ、おいでくださいました」
先頭に立っていた男が声をあげた。古文の先生を思い出すような、優しさと少しノイズの入ったような声。
あ、でも古文の先生って人によって思い浮かべる人違うよなー、と心のなかで考えるあたりまだミナトには余裕があった。
その余裕の正体はミナトが何度も漫画やアニメで見た【異世界系】に状況が酷似しているからである。
しかし、次に先頭の男があげた一言が、ミナトに不安を煽る。
「贖罪様、あなたの命に・・・感謝を・・・」
贖罪、要はモノや金を渡して自らが犯した罪を償うこと。言い方を悪くすれば自らを犠牲とし罪を帳消しにしようという意味。
「あ、の、贖罪って俺のことですか・・・?」
当然の質問だ、今ここに居るのが総理大臣でもきっと同じ質問をしただろう。
「はい、あなた様のような転生者方を我々は贖罪様と呼ばせて頂いております」
随分物騒な呼び方だ。礼儀とかなんかないのかこいつら。
「贖罪って、命に感謝って、まさか・・・生贄的な・・・」
ハハハ、ハハハ
乾いた声がこだまし鼓膜を揺らしてくる。
こだまする声でようやくここが洞窟ということが分かった。だがそんなことはどうでもいい、
「あの、俺仕事行かなきゃいけなくて」
そもそも俺はこんなKKKみたいな集団とお話している場合ではない。
「贖罪様、何か勘違いをされているようで」
「勘違い?」
「ええ、贖罪様は世界を平和、救済するためにここに呼ばれたのです」
世界平和のため?
たいそうな大儀ではあるが一概のサラリーマン、別に起業家でもなければ社長でもなく、ただの経験年数3年の現場作業員である。
ただの現場作業員がいきなり異世界転生したとして貢献できることなど目に見えているものである。
「あの、俺ただの建設業の作業員でとてもじゃないけど世界を平和にしたりするような力も知識もないんですが」
当然だ、この回答は間違いじゃない。
「うーむ・・・」
先頭の男が手を顎に当て考える仕草をする。
そしてハッと思い出したように顔をあげ口を開いた。
「失礼しました、私はロントと申します。贖罪様、ご生前のお名前は?」
「ミナト、シノツカ・ミナトです、ってえ?」
ここまで違和感なく話していたがここで1つ、疑問に思っていたというか気づかないふりをしていたある可能性。それが今発せられたロントの一言で確信へと変わる。
そう、ロントは最初に【転移者】ではなく【転生者】と言った。ましてや今、この男はご生前といった、それはすなわち・・・
「あの、もしかして俺って・・・死んだんですか?死んだから、ここに来たんですか?」
口の中が急に乾いていくのを感じる。思わず下で上あごをなぞる。唇もガサガサになり一気に血の気が引いていくのが分かる。
分かっている、いや分かっていない理解はできない、言葉には出したが脳はそれを理解することを拒んでいる。
ロント、頼むから肯定しないでくれ、そう心の中で願い続ける。
「贖罪様、もしかしてですが、ロラフ様からは何も聞いておりませんか?」
ロラフ、恐らく人の名前だろうが聞いたことはない。なにせ数分前は車の中だ。ほぼ瞬きしただけでこの世界に来てしまったミナトには到底知りえない人物だった。もちろん24年の生涯でもそんな名前は聞いたことがない。
「あの、初めて聞きました、ロラフさん?っていうのはどの方ですか」
そう言いながら白装束の集団を見つめる。気分はファミレスで〇名様でお待ちのロラフ様ー?といった感じである。
しかし手をあげる者もいなければ声をあげる者もいない。
ただ沈黙の時間がむなしく流れているだけである。
意味が分からない、だが今の話の流れからしてロラフという人物はこの世界の案内役のような立ち位置なのであろう。
「失礼、ロラフ様は転生者の方か教団長しかお会いすることができない人物なのです。本来であればこのヤタカの祭壇に来る前に説明があるはずなのですが・・・」
あー、なんか見たことあるよ。
あのブラックホールみたいな中で美少女と転生者が話してるシーンでしょ。
てーかさー、もう確定、死んでんじゃん俺。
別に重篤な病を抱えていた訳でもなければ迫るトラックもトラクターもいなかったと思うんだけどなぁ。
「あー、すいません、会ってないですね、ホントに瞬きしたらここにいたみたいな感じで全然状況が飲み込めてないです」
こういうのは正直に言った方が後々に解釈違いがおきなくてスムーズに事が進む。
ここで変に意地を張り知ったかぶりするのは愚行だ。
「そ、そうでしたか。これは大変失礼いたしました。では最初に私とヤタカ教の本部に行っていただきます。その道すがら現状を説明させていただくということでよろしいでしょうか?」
俺は無言で頷き、言われるがまま祭壇と呼ばれる場所を後にした。
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ロント曰くここはレミロート帝国というらしい。この世界にある8つの国のうち3番目の国力を備えている。帝国というだけあって国の長は皇帝。名も国名のままレミロート皇帝という。
国民の殆どがヤタカ教というものに入信しており創設者のヤタカという人物を崇拝しているらしい。無宗教やらなんでも宗教の日本とは大違いである。
この世界に来て最初に見た白装束はヤタカ教の正装らしく、目だし帽のようなマスクは【儀式】の時自分より位の高い人物がいるときに身に着けるらしい。ということはさっきの場所では俺が一番位が高かったというわけである。
もし今後ロラフという人にあったら一言モノ申したいところである。事前説明はどの業界でも最低限の礼儀だと。
洞窟だと思っていた場所は抜けると扉があり、今にも壊れそうな木製の扉を開けると眩しい光が目を焼いてくる。
目の前には中世ヨーロッパという言葉が似合う街並みが広がっていた。
ザ・よくある異世界の街並みといった感じである。
もちろん車などといったハイテクなものはなく馬車が目の前を土煙と共に走り去る。
なんやかんや言って変なモンスターみたいなのはいないかと思ったが猫耳みたいなのが生えたおっさんが買い物をしているのが目に入る。
どうやら夢の国からでてきた住人ではないところをみるに獣人のような存在がいることが確定した。
道行く人々は決して目を合わせようとはしないが一礼だけはして過ぎ去っていく。
だが雰囲気からして歓迎されている気はしなかった。
事実民衆から向けられていた視線はどれも冷たく、罪人を見るような目だ。
贖罪という呼ばれ方といい、聞きたいことが多すぎる。
歩くことやや10分、本部と呼ばれる場所に着いた。
レンガ造りの2階建て、広さもそこまでなくここにいる白装束が全員入れば満員電車のような状態になるであろう。
「ここから先は私と贖罪様のみで、他の者は持ち場に戻れ」
ロントの一声と共に白装束たちは細かい粒子のようになり風に乗せられて消えていった。
なんだか杉から飛ぶ花粉みたいだな、という気持ちと共にここが元いた世界ではないということを再認識させられた。
「ロントです、贖罪様を連れてまいりました」
扉をノックしロントが声を掛ける。
「入れ」
若い男の声が聞こえた、どこかで聞いたことのあるような、聞いたことのないような、、記憶をめぐる間もなく扉が開かれた。
中は昔見た教会そのものだった、高い天井にステンドガラス。太陽の光を受け地面は色とりどりの花が咲いているように美しかった。
「ロア様、申し訳ございません、この度の贖罪様はロラフ様と謁見されていないようでして」
「信者から話しは聞いた、ロラフに今度会った時何があったか聞いてみる」
扉の向こうから聞こえた若い男の声はこのロアと呼ばれている男だった。声に聞き覚えはあるが顔には一切記憶がない。
そもそも一度見れば間違いなく頭の中にこびりつくような美男子だった。歳もミナトとそう違いはなさそうだ。
恐らくこの人物がヤタカ教の中で一番偉いのだろう。
服装もただの白装束ではなくつなぎ目付近には紅いラインが入っており肩には金で竜のような刺繍も入っていた。
竜、というよりこの世界で言えばドラゴンが正しいのかもしれないが。
「贖罪様、この度は私どもの不手際があり申し訳ございません。教団長である私、ロアが深くお詫び申し上げます」
そう言いながら頭を下げる。
あいにくこちとら頭を下げるのは慣れているが頭を下げられるのは慣れちゃいない。
てか頭をあげてくれ、こんな異世界美男子に頭を下げられているという絵面がメンタル的に辛い。俺はイケメン苦手なんだよ。
「あの、大丈夫ですから現状の説明とかお願いできますか・・・?」
そう言うとパッと顔を明るくしたロアが視線をこちらに合わせてきた。
この世界に来て、初めて目があった気がする。
「そうですね、非常に、非常に簡潔に言えばですがーーー、」
ロアは非常にという言葉を念入りに繰り返した後
「この国を救う勇者になってほしいのです」
一概の現場作業員には厳しすぎる重荷が課せられた。