セイラのお仕事
「ふぅ……。やっと寝てくれたよ……。ワシが人形の内に入り込み、動かしていることがよっぽど気に入ったみたいだね」
自身の体に全く合っていない椅子に座って大きく伸びをすると、リーバとフォレスの夫婦が暖かな笑みを浮かべる。
なんだいその表情は。人形が伸びをするのは可笑しいってかい?
「可笑しいってわけじゃないが……。何と言うか——ほっこりするって言うのか?」
「ええ、そうね。可愛らしい人形が動き回っている姿を見れば、大抵の人は笑みを浮かべちゃいますよ。最初は驚くかもですけどね」
「この姿になる前——というより、この時代に来る前のワシはしわくちゃのおばあちゃんだったからねぇ……。可愛いだとかほっこりするとか言われてもピンとこないよ。ま、喜ばれるのは嬉しいけどね」
ワシの愚痴のような不満のような言葉を聞きながら、リーバとフォレスの二人はコップに注がれている飲み物を口に入れる。
人形となり、自由に動き回れる体を得た代償は魔法の封印だけではなかった。
飲食ができなくなってしまうという、人として生きてきた身としては非常に辛い欠点を得てしまったんだ。
人形の身だから腹が減ったり喉が渇いたりはしないが、他人がうまい物を食べているところを見ているだけというのは思ったよりも辛い。
食に頓着してきたわけではないけど、この時代の食べ物を味わえないと思うとねぇ。
「本来、一つの肉体につき存在できる魂は一つだけなわけですから、セイラ様の魂を私たちの中に入れるのは難しいですね……。申し訳ありませんが、ご容赦いただけると……」
「ああ、なに。別にあんたを責めてるわけじゃないさ。食事をしたいという気持ちは強いが、しばらく人形として生きていたら自ずと慣れるはずだからね。それよりも気になるのは……」
なぜ、ワシはリアの中に入り込んでしまったか、だ。
あの魔法を二回も使用することは恐らくあり得ないし、誰かに伝授する気もさらさらないから調べなくてもいいんだが、そこは魔法を作り上げた張本人だからね。
もしかしたら他の分野に応用が利くかもしれないし、原因を探っておきたいよ。
何より、進行形でこの家族に迷惑をかけちまっているわけだしね。
「過去の世界で研究していたっていう、記憶を保持したまま生まれ変わる魔法。それを自らに使用した結果、リアに入ってしまったんだよな?」
リーバからの確認に、こくりとうなずく。
予想していた結果は、記憶を保持した状態のままで生まれ、子供として育てられ、大人へと成長していくというものになるはずだったんだ。
だが、ワシが気付いたときには既にリアの中で、まだ幼いとはいえ成長が進んだ後。
記憶の保持に成功しただけで、生まれ変われたとは言い難い状態だね。
「時間を超えたと言う方が正しいのかもしれませんね。それでも、リアの中に入り込んだというのは頭をかしげる点ですが」
「研究中の魔法をぶっつけ本番で使ったからねぇ。うまくいかなかったり、想像と異なる働きを見せたりするのは分からんでもない話さ。何かしらの不備があったか、何かしら手を加えられたか。はてさて」
「手を加えられたって、おいおい……。あんたの周り、信頼できる人はいなかったのか?」
リーバは憐みの表情を浮かべていた。
いいや、ワシの五人弟子たちのことは信頼していたさ。
ただねぇ、一人だけワシの研究にあれこれ口出ししてきた奴がいたんだよ。
こっちの方が効率的だ、あっちの方がより魔法の威力が上がる——みたいにね。
「より効率的にできるのであれば、やってみようと思う奴はいるよな……」
「そう言うこったね。原因が人為的だったとするなら、そいつの仕業な可能性が一番高い。とはいえ、研究途中で理論も不完全だったわけだし、単純に不備があったんだろうさ」
「それに私たちは巻き込まれてしまったと……。とはいえ、リアがあんなに喜んでいますし、私も過去の魔女——しかもセイラ様とお話できるなんて考えてもいませんでしたから、とっても嬉しいですけどね」
フォレスはそう言いながら、ワシに満面の笑みを浮かべてくれる。
おやおや、そう言ってくれると人形の体になったかいがあるってもんだよ。
現状だと魔法は使えないが、居候中、この体でできることなら色々とやらせてもらおうかね。
「ええ!? セイラ様にお手伝いをさせてしまうのは——」
「食費や日用品代はかからないだろうが、魔法関連の書籍が欲しいとか言い出すかもしれないからね。その分だと思っとくれ」
「ハハハ! 人形になった過去の魔女が、小遣い稼ぎをするってか! 魔王を倒そうとする人物の言葉とは思えねぇが、先立つ物は必要だよな。こう言ってくれてることだし、手伝ってもらおうぜ」
困った表情を浮かべるフォレスに対し、リーバは両手を後頭部へと移動させて気楽な発言をしてくれる。
手伝うとは言っても、人形となった以上は人と同じ働きはできないだろうけどね。
「調理だとか皿洗いとかの台所仕事は無理があるだろうな。個人的には集荷の手伝いをしてもらいたいが……」
「既に謝罪をしに行っているから受け入れてはもらえるでしょうけど……。リアを見ていただけるだけでも十分すぎると思うわよ?」
「おっと、フォレス。その発言は見過ごせないねぇ。あんたも家事やらなんやらで忙しいだろうが、可能な限りリアに向き合ってやるのも親の仕事だよ。無論、あんたらが手を離せない時は代わってやるけどね」
その後も次から次へと案が出てくるも、なかなか話がまとまらない。
まあ、人形に仕事をさせるなんて前代未聞の出来事だろうしねぇ。
ワシがリーバとフォレスの立場だったとしても、困惑しちまうだろうさ。
「あれぇ……? パパもママも、セイラおばあちゃんとおしゃべりしてるの……?」
背後にある扉がきしむ音と共に、リアのふにゃふにゃとした声が聞こえてくる。
ワシらの賑やかな声で目を覚ましちまったってところか。
「セイラさんの手伝いについて話し合ってたのさ。掃除だとか皿運びだとか色々話に出てきたんだが、なかなか決まらなくてなぁ」
「そう、なんだ……。私は、まほうのつかいかた、おしえてほしいなぁ……」
寝言のように言葉を発しつつ、リアは自身の椅子に座る。
魔法を教えて、か。この時代の魔法を知るためにも、魔王討伐に向けて準備をするにも、それが手っ取り早いかもしれないねぇ。
「フォレス。リアには勉強とかさせてるかい?」
「え、ええ。言葉だとか簡単な計算の仕方くらいですけど……。なるほど、教える過程でこの時代を学んで行くというわけですね?」
「魔王討伐のためにも、この時代を深く理解しておく必要があるからね。知識が宿ったかどうかを確認するには、誰かに教えるのが一番だ。リアの教師役、ワシに任せてくれないかい?」
ワシの提案に、再び微睡み始めたリア以外がうなずく。
様々なことを弟子たちに教えてきた以上、教えるということにはそれなりに自信がある。
この一家が求める形にできるよう、頑張らせてもらおうかね。
「力仕事をさせるより、家庭教師になってもらう方が見た目も良いもんな。頼んじまってもいいんじゃないか?」
「恐れ多いことには変わりないけど……。でも、そうね。偉大なお方に娘のお勉強を見ていただけるなど、願ってもないお話です。どうかよろしくお願いいたします」
「ああ、任せといてくれ。というわけで、歴史の本や魔法の本を買い集めてもらいたいんだが——」
あれやこれやと話し合いが続けられ、夜も更けていく中。完全に眠りに落ちてしまったリアの表情には笑みが浮かべられていた。
どんな楽しい夢を見ているんだろうね?
魔王の出現。そんなことでこの笑みを曇らせるなんて、絶対にさせないよ。
ここまでご覧いただき、ありがとうございます。
まだ始まったばかりではありますが、このお話はここでお終いです。
こんなお話を書いてみたいという欲望で開始した三種類のお話は、いずれさらに先へと書き進め、皆様にお披露目したいと思っています。
次は図鑑のスクリプトルのお話の続編を、完結まで書いていく予定です。
六月頃の投稿を考えておりますので、ぜひそちらも読んでいただけると幸いです。
改めまして、ここまでご覧いただきありがとうございました!