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現代を生きるために

「魔王を討伐するだって? この時代に、魔王が出現するって考えてんのか?」

 突拍子もない話に、リーバは訝し気な雰囲気で声をかけてくる。


 ああ、確実に現れるだろうね。

 しかもとびっきりに強力で、とびっきりに邪悪な魔王だ。


 それがいつになるかまでは分からないけどね。


「ご自身の時代を離れてまでということは、その話に嘘はないのでしょうね。私はセイラ様の話を全面的に信じさせていただきます。あなたはどう?」

「俺は——まだ警戒心が残ってるってところだな。俺も彼女が嘘をついているとは思えないが、それはつまり、人や国に攻撃を仕掛けたことも真実だということだからな……」

 リーバは申し訳なさそうな表情を浮かべつつ、ワシが宿るリアを見つめる。


 彼の言う通り、ワシはあまりにも大きすぎる罪を犯し、それを清算することなくこの時代にやってきている。

 国家転覆犯を目の前にして、許容できる方が難しいだろうさ。


「なんつうか、その……。不安、なんだよな。いや、あんたが良い人だってのは分かってるんだよ。何か事情があって、人や国に攻撃せざるを得なかったんだろうな、とも思ってる。だからこそ怖いというか……。リアの中にいるわけだしさ……」

 リーバが不安を抱く理由は、妻や娘がいるからこそなのだろう。


 リアの体に入り込んでしまっている以上、ワシは彼の不安を払拭しなければならないが、今のワシにできることと言ったら魔法を扱う程度。

 農場の件があったってのに、見せびらかすような真似をしたら、より不安をかき立てちまうだけだろうね。


「そうですね……。セイラ様には大変失礼な話なのですが、あなたの魔法を封印する、という形を取れば安心できるかと。夫の不安は、激情に駆られて魔法を使われる可能性を思ってのことのようなので」

「封印なんてマネ、できるのか? 俺はその方が安心できるが……。その……」

 先ほどの不安そうな表情から一変、リーバは心配そうな表情を見せてくれた。


 ふふん、家族の心配だけでなく、ワシのことも心配してくれるってか。

 なかなかどうして、お優しい殿方だねぇ。


「う、うるさいぞ。俺はただ、魔王と戦う時にセイラさんの魔法が封印されっぱなしになってたら、困ると思ってだな……!」

「ふふ。夫がこう言っているので、段階的に魔法を開放するという形に致しましょうか。もちろん、私たちの身勝手な要求でしかないので、受け入れられないのであれば仰ってください」

 フォレスからの確認を受け、思慮をめぐらすことなく文字を出現させる。


 魔法を封印され、いざという時に魔女としての力を振るえなくなるのは確かに困るね。

 だが、この時代に頼れる人物など誰一人としておらず、わずかながら交流が生まれているこの家族に見放されれば、もはや何もできなくなっちまうんだ。


 何一つとして分からないこの時代を、ワシ一人だけでさまようなんて御免だね。

 その要求、全面的に受け入れさせてもらうよ。


「受け入れてくれるのは嬉しいが……。しかし、本当にいいのか? 扱える力のほとんどを、一時的とはいえ使えなくなるんだぜ? 魔女として魔法を駆使して生きてきた、あんたにとっては……」

 生きて得てきた証、努力をしてきた日々が消滅するのと同じではあるが、ワシは別の方向に視線を向けていた。


 過去の魔法を扱えなくなるということは、逆に言えば魔法を学ぶチャンスとも取れる。

 この時代に現れる魔王に立ち向かうことを思えば、最新の力をより多く蓄えていた方が良いに決まっているだろ?


 ワシは多くの魔法を扱えた分、他人から教わるよりも教えることの方が多かった。

 ここらでいったん初心に帰り、魔法と向き合うというのも悪くないさね。


「はぁ……、こんなすげぇ人を俺は疑っているのか……。情けないったらありゃしねぇぜ……」

 机に突っ伏し、深く落ち込むリーバ。


 気にすることはないよ。いきなりこの時代に現れ、リアに入り込んじまったワシの方が遥かに問題児なんだからね。

 それに対し、お前さんは一家の長。ワシなんかのことよりも、家族を取るべきさ。


「……すまねぇな、セイラさん。目的達成のために必要なことがあれば、可能な限りやらせてもらうよ。フォレス、封印のことは任せるぜ?」

「ええ、任せておいて。セイラ様、先ほどは魔法の封印と言いましたが、正しくは魔力の大部分を消失させる形で、魔法を使えないようにさせていただこうと思います。魔法だけを封印することはさすがに不可能ですので」

 フォレスから、ワシの魔法封印に関する話を聞く。


 魔法だけを封印するなど、ワシの知識にも存在しない技術だ。

 しかし、魔力の大部分を消失させるとなると、今度はリアのことが問題になっちまうんじゃないかい?


「もちろん、この子の魔法使いになりたいという夢を阻害するつもりはありません。なのであなたをリアから分離し、魔力を有さない他の何かに憑依させようと思います」

 一つの体に宿った二つの魂。それを分離するための準備が行われていくのを、リアと共に見守るのだった。



「かつての魔女の依り代が、リアの人形とはなぁ。……さすがに、失礼じゃないか?」

「し、仕方ないでしょ。セイラ様もある程度自由に動き回りたいみたいだし、その上で魔力を有さない依り代となるとこれくらいしか……」

 リーバ一家の家の裏手、洗濯物が干された小さな庭にて。星形の魔法陣が刻まれた地面の上に、ウサギの人形が置かれている。


 色々と物申したくはあるが、現在のワシはリアの体に居候させてもらっている状態。

 自由に動かせる体を見繕ってくれているというのに、それを無下にするのは——うん、やっぱり恥ずかしいね!


「ウサギさんのおにんぎょうがピョコピョコとんだり、はしりまわったりしてるところが見られるんだよね!? たのしみだな~」

 まだ幼い、無邪気な声がワシの心を強く揺さぶる。


 リアが喜ぶのであれば、我慢すべきか。

 どうせ恥ずかしいのは最初だけ。だったらささっと移っちまった方が覚悟も決まるさね。


「も、申し訳ありません……。より良い依り代が見つかり次第、移り替われるようにさせていただきますので……。リアもしばらくじっとしててね?」

「うん! わかった!」

 フォレスは手のひらサイズに縮めていた杖を元の大きさに戻すと、ワシ及びリアにそれの先端を向けた。


 魔法が完了に至れば、ワシは自由に動ける体を手にする代償に、魔力の大部分を失うことになる。

 できていたことができなくなるのはかなり不安。人ですらない人形になっちまうのも、当然ながら恐怖を感じるさ。


 だが同時に、心の奥底からは楽しみという感情も湧き上がってきている。

 見知らぬ世界を旅し、新たな魔法を学べることに、強い期待を抱いているってところだろうね。


 心なんざとうに荒み切ったと思っていたが、まだ生きていたんだねぇ。


「それでは始めます! 惑いし者よ、依り代にその魂を宿し、我の力となり給え!」

 魔法の詠唱が完了すると同時に引っ張られるような感覚が発生し、周囲が暗闇に満ちる。


 リアの体から、無事に分離できたようだね。

 何も見えず、何も感じられないのは不安でしかないが、それは杞憂で終わるはず。


 フォレスの魔法使いとしての腕前は、ワシから見てもかなりのもの。

 ワシが認めたんだ。必ず彼女はやり遂げてくれるさ。


「……ふぅ。これで魔法は完了です。リアもよく我慢してくれたね」

 フォレスの声が聞こえるのと同時に、視界に光が差し込む。


 瞼を瞬かせるようにして周囲の様子を探ると、そこに三人の人影が見えた。

 杖を持ち、不安そうにワシのことを見つめるフォレス。自身の家族とワシとを交互に視線を送るリーバ。そして、首をかしげるようなしぐさを取るリア。


 体を動かしてみようと思うのと同時に、自身の手と足が視界に入り込む。

 肉と骨ではなく、真っ白の布と綿でできた手足だ。


 どうやら無事、人形にワシの魂を移す試みは成功したみたいだね。

 違和感はすさまじいが、これが今のワシの体ってわけか。


「リア、変なところはないか?」

「うん、なんにもないよ。ねね、ほんとに私の中からセイラおばあちゃん出て行っちゃったの?」

「それは——これから分かると思うよ。セイラ様、いかがでしょう?」

「今んところ悪くは——おや、会話もできるようになったのか。ふふん、こんな形で喋れることのありがたみを知ることになるとはね。感謝させてもらうよ、フォレス」

 ある程度自身の状態が確認できたので、立ち上がって歩いてみる。


 うおっとっと。布と綿の体で歩くってのは思ったよりも難しいね。

 人間として生きていた時の歩き方だけではなく、他の方法も探った方がよさそうだ。


「わぁ……! うごいてる……! セイラおばあちゃんなんだよね? ウサギさんみたいにジャンプしてみてよ!」

「こ、この体で飛び跳ねてみろってかい……!? まともに歩くことすら久方ぶりだってのに、飛び跳ねるのは……!」

 この時代に来る前のワシは、衰えきった老人だった。


 走るどころか歩くことすらしんどかったというのに、いきなり飛び跳ねてみろなんて言われてもねぇ。

 全く、期待に輝く瞳はどうにも苦手だよ。


「……しょうがない、やってみるか! それ——うわわわ!?」

 両足に力を込めてジャンプをしてみるが、全く飛び上がれないどころかつんのめって地面に倒れてしまう。


 ひ、久しぶりな行動の上に、布と綿の体じゃ飛び上がるなんて無理に決まってる。

 だが、リアの期待を裏切ってしまうのも気が引けるか。


 何としてでも飛び上がれるようになって、笑顔を見たいところだね。


「ぬ~……! せい! む~……! はあ!」

 繰り返し飛び跳ねる真似事をしていると、少しずつ自身の体が大地を離れられるようになっていく。


 リアがこれで満足できるとは思えない。

 もっと高く、もっと勢いよく飛べるように——


「わぁ~! すごい、すごい! とびはねてる!」

「え、こんなんで良いのかい?」

 ワシの質問に、リアは嬉しそうにコクコクとうなずく。


 ウサギさんみたいに——か。

 ワシとしては優雅に、高く飛び跳ねることを目的にしていたが、ウサギらしいありのままな姿こそがリアの望むものだったってわけだ。


 最高が一番良いとは限らないってところかね。


「リアに異変はなく、セイラ様も練習が必要とはいえ自由に動き回れるようになりましたし、魔法は無事に成功したと考えてよいでしょう。ふう、緊張したぁ……」

「お、おいおい、大丈夫か!?」

 大きく溜息を吐いたと思ったら、フォレスはへたへたと地面に膝をついてしまう。


 人の体から魂を抜き取り、それを別の依り代に移すなど、魔法としての難易度だけでなく心理的な負担も大きいはず。

 全く知らない人物が対象でもやりづらいだろうに、自分の娘にそれを使うとなれば、より緊張するのは当然だろうね。


 本当に、彼女は良くやってくれたよ。


「お褒めいただきありがとうございます。あなたも、そんなに心配しなくて大丈夫。少し休めば——きゃ!?」

「お疲れのお姫様がいるってのに、心配しない男はいないだろ? 運んでやるから、少し休憩しな」

 リーバは地面に座りこむフォレスを抱き上げると、玄関の方へと歩き出す。


 愛する妻が頑張ったってのに、何もできずにいたことを不服に感じていたってところか。

 全く、娘がいる前だってのにお熱いねぇ。


「リア、いったん家の中に戻ろう。セイラさんもどうぞ入ってくれ」

「はーい! じゃ、セイラおばあちゃんはだっこしてつれてくね!」

「な!? ワシは歩けるようになったから問題ないよ! さすがに抱っこはやめとくれー!」

 抵抗むなしく、ワシはリアに捕らえられてしまう。


 しばらくは、この子の遊び相手として過ごす必要もありそうだねぇ。

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