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魔法

「あまーい! リンゴ、おいしいよ! パパ!」

「ふふ、そうか! リアのお墨付きがあるんなら、今年の出来も最高だな!」

 収穫作業が一段落した果樹園にて。リアは彼女の父親とともに果実にかじりついていた。


 当然、彼女の体に間借りさせてもらってるワシも味を感じているわけだが、生でいただくのも悪くないね。

 ぜひとも自身の歯で、自身のペースで味わってみたいもんだ。


「おーい、リーバ! 飯を食い終わったらでいいから、仕分けの手伝いに入ってくれねぇか?」

「ああ、分かった! うし、ごちそうさんっと。リア、パパは良いリンゴを選んでこなきゃならねぇ。大人しく待ってていられるか?」

「うん! パパとママのおしごと見ながらまってる!」

 リアの父、リーバは娘の頭を撫でた後、果実の仕分け作業へと向かっていく。この子の母であるフォレスも、果実を落とす作業を続けている。


 収穫期で忙しいのは分かるが、子供から目を離すのは良くないんじゃないかね。

 案の定、リアは退屈し始めちまってる。


 ワシが動けるか、声をかけられる状態だったら良かったんだがねぇ。


「ママみたいにまほうがつかえたら、もっとおてつだいするのに……。あれ? あそこにあるのは……」

 果実を食べ終えて暇を持て余し始めたリアは、きょろきょろと周囲を見回した後にとあるものを発見する。


 あれは——何の変哲もない木の枝か。

 ふふん、なるほど。あれを杖に見立て、魔法を使おうって魂胆だね。


「ママの杖よりはずっと小さいけど……。えっと、なんだっけ? ふき、ふきすさ?」

 リアは木の枝を手に魔法の詠唱を始めようとするのだが、文言すらうろ覚えなために何も起こらない。


 幼い子供が聞いただけで覚えるにはちょいと難しいからね。

 吹きすさぶ風よ、疾風の刃となりて斬り払え、だったか。


「えい! えい! えーい! んえ? わわわ!?」

 リアは何も起こらないことにムキになりつつ、木の枝を大きく振り続けていると突然、それの先端から風の刃が発生した。


 ワシが文言を思い浮かべたことで、魔法が発動したのか!?

 全く、体は動かせないってのに、無言詠唱はできちまうとはね!


「な!? 一体何が——リア!」

「ぱ、パパ! 助けて!」

 娘の異変を察知したリーバが、リアを助けようと駆け寄ろうとしていた。


 このまま親父さんが近寄ってくれば、魔法に切り刻まれちまう!

 過去の魔法で対抗できるかは分からないが、やってみないとね!


 風よ、光よ、壁となってその身を守り給え!


「やべ……! 魔法が——あ、あれ?」

 木の枝から発せられた小さな光球は、リーバの体に触れると半透明な膜を作り出し、風の刃を弾き飛ばした。


 ふぅ! 何とか切り刻まれない程度の防御壁にはなったみたいだね。

 リアが持つ木の枝も回収してくれたことだし、これで解決——には至らないだろうが、最悪を防げただけ良しとしようか。


「リア! ケガはないか!? 痛いところは!? ケガはしてないか!?」

「だ、大丈夫……。パパの手のほうがいたい……」

 娘のことを心配するあまり、リーバの手の力が強まっているのだろう。


 宿っているワシから見ても、リアは健康そのもの。

 むしろ問題なのは——


「ご、ごめんなさい……。パパたちのたいせつな木、ケガさせちゃった……」

 申し訳なさそうな声を発しつつ、リアはリーバの奥にある一本の木を見つめる。


 枝葉のほとんどが斬り落とされたせいで、成熟が終わってない果実たちまで落ちちまったか。

 幹にも無数の傷が入っちまってるね。ワシは農家じゃない上に、木を育てたことはないから詳しくないが、これはもうダメなんだろう。


「……リアの魔法で傷ついたこの木は、もう商売道具としては使えない。傷にカビが生えたり、病が入り込んだりする可能性があるからな」

「何とかしてなおしてあげられないの……? ずっと、リンゴの木のこと見てきてるんでしょ……?」

 今にも泣きだしそうなリアの懇願むなしく、リーバは無言で首を横に振る。


 リアが悪いんじゃないよ。ワシが詠唱の文言を思い浮かべたせいだ。

 だがこの声も、謝罪したいという気持ちもみんなには届かないんだね。


 このままではリアに後悔が残っちまうか。

 しょうがない。ちと不安は残るが、アレを試してみようかね。


「すぐに木を切るぞ! 斧を持ってきてくれ!」

 他の農家たちは迅速に伐採の準備を行い、傷ついた木に向かっていく。


 リアが持っていた木の枝は、リーバが取り上げたままか。

 何でもいいから手に持っていて貰いたいが、んな悠長なことをしていたら切り倒されちまうね。


 生命よ、その傷を癒し、真なる力を取り戻したまえ。


「え? な、なにこれ!? わぁ!?」

 かつての魔法の文言を思い浮かべると、リアの手のひらからオレンジ色の光があふれ出し、傷ついた木に向かって飛んでいく。


 ワシが使ったのは回復魔法。

 かつてのワシの姿であれば動植物問わずに回復ができたが、リアの体でどこまで癒しの効果が出るものやら。


「ど、どうなってんだ……!? 傷が塞がっていくぞ……!?」

「回復魔法ってことだよな……!? リアちゃんが使ったのか……!?」

 農家たちが驚く中、傷ついた木の回復が完了に至る。


 さすがに果実はダメだったみたいだが、切り落とされた枝たちも元の長さまで戻り、幹についた傷も完全に塞がったみたいだね。

 それにしても、最初の風魔法に始まり、防御魔法、回復魔法と連続で使ったってのに、どれも問題なく発動するとは。


 リア、か。まだ幼いってのに、このお嬢ちゃんの内には膨大な魔力が宿っているみたいだね。


「リア! あなた! 何があったの!?」

「ああ、フォレス……。リアが魔法を使ったんだ。風魔法に、俺を守ってくれた不思議な魔法、そして、傷ついた木を治すほどの回復魔法を……」

 リーバとフォレスは、動揺した様子でリアのことを見つめる。


 現状を理解できずにいるリアに対してできることは何もなく、ワシはこの体と向き合うための方法を考えていた。


 ●


「リア、お前がやってしまったことは分かっているな?」

 自宅へと戻ってきたリアとその両親は、彼女が魔法を発動させ、木を傷つけてしまった事件について話し合いをしていた。


 ワシが事情の説明と謝罪をすれば丸く収まるってのに、なんもできないのがもどかしくてしょうがないね。

 リアを見る周囲の目が変わっちまったり、警戒されちまったりでもしたら、幼いこの子に耐えるなんてことはできないだろう。


 少なくとも、両親だけは変わらない瞳で見つめてやってほしいが。


「う、うん……。まほうをつかって、パパたちの大切な木をケガさせちゃった……。ごめんなさい、パパ、ママ……。私、まほうでわるいことしちゃった……!」

「……お前がわざと木を傷つけたなんて俺は思ってない。でも、よく謝ってくれた。偉いぞ」

 涙を流して謝罪するリアの頭に手を置き、優しくなでるリーバ。


 ったく、リアは何にも悪くないってのに。

 過去にやり遂げられなかった仕事を終わらせるどころか、新たな問題を芽吹かせちまうなんてね。


 これじゃあ何のためにこの時代にやってきたのか、分からなくなっちまうよ。


「他の農家の奴らにはもう少ししたらみんなで謝りに行くとして……。リアの魔法について何かわかったか?」

 リアに飲み物と軽食を与えつつ、リーバは妻であるフォレスに声をかける。


 この時代の人間を貶すわけじゃないが、ワシがリアの中に入り込んでいることには気づけないだろう。

 仮に気付いたとしても、どうすることもできないはずだしね。


「……直接見ていないから、何とも言えないってところね。聞いた話だけで分かる点としては、この子は魔法の発動に必要な要素をほとんど省いたまま、使ってしまったということかしら」

「俺は魔法を使えないし、専門的な勉強なんてしたことがないからピンと来ないが……。普通だったら、魔法が発動するわけがないってことだよな?」

 こくりとうなずいたフォレスは紙をテーブルの上に置き、何やら書きながら説明を始めた。


「魔法を発動させるには、魔力の消費という代償。発動したい魔法を指定するための詠唱。そして、発動を安定させてくれる杖を用いる。ここまでは大丈夫よね?」

 紙には、魔法を発動するための工程が絵として描かれていく。


 ふむふむ、どうやら魔法の発動については現代と過去で変わる点はないみたいだね。


「だが、リアは魔法の詠唱もせず、杖も持たずに魔法を発動させた。三つある過程の内、二つも度外視して魔法を発動なんでできるのか?」

「杖がなくても魔法を発動できる人はいるわ。極論を言えば補助道具程度だからね。でも、詠唱だけはそうはいかない。どんな魔法を使いたいか、規模はどれくらいにするか……。リアには難しいお話かしら?」

「うん……。ぜんぜんわかんない……」

 絵を用いての説明を受けても、幼いリアには思うように理解が進んでいかないようだ。


 魔法の理論はイメージを持てないと難しいからね。

 ワシも、弟子たちに教える時はかなり苦労をしたもんだ。


「う~ん、そうだなぁ……。レストランで飯を食うことを想像すると分かりやすいんじゃないか? 自分が何を食べたいか、どれだけ食べたいかをメニューを見て決める。これが呪文の詠唱に当たるな」

「そうなると、杖の役割は食器に当たることになるわよ……。まあ確かに、料理を素手で食べることもできるにはできるけど……」

「え~? おててで食べるなんてきたな~い。じゃあ、じゃあ、まりょくはお金? レストランでごはんを食べるなら、お金をはらわないとだよね!」

 食事という代替のイメージが着いたことで、リアは理解が大きく進んだようだ。


 魔法を食事として例えられることになるとはね。

 まあ、代替であろうとなかろうと理解させることが重要なわけだし、硬いことは言いっこなしか。


「リアの場合はお金を持って席に座ったが、料理を注文していないってことになる。注文しなければ飯が出てくるわけがないように、魔法も詠唱をしなければ使えないってわけだ」

「魔力については、今は良いわよね。お金に当たる部分ってことだけ分かってくれれば」

 リアは何やら料理の想像をし始めたのか、口元からよだれを垂らしだす。


 朝食に始まり、農場で果実を食べて、今も菓子をかじってるってのに、ずいぶんと食いしん坊な子だね。

 食べ盛りってのもあるだろうし、ワシの時もこんなもんだったかもしれないが。


「さて、話を戻すわよ。リア、私が風の魔法を使う前に、なんて言ってたか覚えてる?」

「え? えーっと……。ふき、ふき……」

「ここまであやふやじゃ、魔法なんて発動するわけがないよな。俺を守ってくれた魔法や、ケガした木を治してくれた魔法は言えるか?」

 リアは首を大きく横に振り、分からないということを大きくアピールする。


 やっぱり、ワシの気配は微塵も感じていないみたいだね。

 心で思ったことも伝えられないとなると、一体どうしたものやら。


「微塵も理解していないのに、魔法を扱えるはずがない。それどころか、見たこともない魔法をも扱えてしまう。可能性として考えられるのは……」

「お、なんか分かったのか?」

 フォレスはリーバの言葉にうなずくと、紙に何やら文字を記しだす。


 文字も、ワシらの時代とは大きく変わらないみたいだね。


「我が心に浮かびし言葉を、文字として浮かび上がらせよ? これ、魔法の詠唱文か?」

「ええ。本来は言葉を発せられない状況や、声を失った魔法使いが使う魔法なんだけど……。リアの中にいるお方、この魔法を使っていただけないでしょうか?」

 フォレスの発言を聞き、ワシを含めたこの場にいる全員が大きく驚く。


 まさか、こんなにも早く手のひらを返さざるを得なくなるなんてね。

 フォレスという娘、なかなかに優秀な魔法使いみたいじゃないか。


「リアの中に誰かがいるなんて、いくら何でもそれは——おいおい、嘘だろ……!?」

「まさか想像が当たっちゃうなんてね……。初めまして、私はフォレスと申します」

 フォレスとリーバの瞳には、空中に浮かび上がる文字が映り込む。


 色々と謝罪すべきことはあるが、まずは名乗らせてもらうよ。

 ワシの名はセイラ。リアに宿っちまった、過去の魔女だ。

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