ジームスカン王2
クスノキはハチドリの許しの後、足繁くイタチの元へと通っていた。
「クスノキ殿の熱意はどこから来るのだろうね。」
ラオはアカホシに問いかける。
ハチドリは不満そうにしているので、とてもじゃ無いがそんな話は出来ない。それでも、ラオは不安に駆られ、つい誰かに聞きたくなるのだった。
「聞けば、クスノキ殿はバンブーの教育係を務めていた事もあったらしいですからね。自責の念に駆られているのでは無いですか?」
アカホシはそう推論する。もちろん、クスノキ本人に聞けばいい事でもあるのだが、二人の様子を見ていると、なんだか複雑な気持ちがある様で、聞くに聞けないのだ。
もちろんその間にも、ジームスカン各地の様子やアーギタスからの情報も入ってくる。ハチドリもクスノキも、会議の場ではバンブー打倒とその後の王宮の立て直しの話をしっかりしている。
クスノキが自分でも言っていた通り、イタチへの面会はクスノキの個人的な感情によるものなのだ。そして、クスノキの苦労が分かっていただけに、ハチドリもクスノキの行動を黙認している。それはお互いの気持ちを尊重しているからこそなのだと理解しているのだが、二人の間に緊張感があることが、ラオにとって不安なのである。
「王の気持ちも、クスノキ殿の気持ちも分かるからこそ辛いですな。」
アカエイが苦笑いしながらそう言ってきた。
「こればかりは、俺たちに口を挟む隙間はないからな。」
アカエイにそう言われて、ラオもため息が出る。しかし、アカエイはそんなに心配している様子が無い様にも見える。
「私はお二方のジームスカンへの想いを信じています。目的が同じならば、二人が納得出来る答えを出すのも、そんなに難しい事では無いと思うのですよ。」
アカエイはそう言ってにこやかに笑った。
クスノキは、何もイタチにばかりに気を取られていた訳では無い。その証拠に、ソテツを頼ってセイムに来た兵士からの事情聴取にも毎回必ず参加して、情報収集に余念が無い。他にも、何人かこちらに就いてくれそうな文官の居場所が分かったと、早速手紙で繋ぎを取ろうと日々勢力的に動いていた。
「クスノキ、休まなくて大丈夫なのか?僕も頑張るから、あまり無理をしてくれるな。お前が倒れると、僕も辛い。」
あまりにも休みなく動くので、ハチドリがとうとう無理やり休暇を与えると言った。なのにクスノキはそれを拒む。
「もう、十分過ぎるほど休みましたよ。アーギタスにいる間、気持ちが急いているのに動けない。それがとても辛かったのです。今は、とても充実して本当に楽しいのです。」
ニコニコ笑いながらそう言うクスノキに、ハチドリはもう何も言うことは出来なかった。
「ハチドリ王、そんなに心配しなくても大丈夫だと思うよ。クスノキ殿は活動出来る今が楽しくて仕方がないんだから。」
ラオがそう言って笑いかける。
「それは分かっているんですけど・・・、どうしてもね。」
ハチドリはそう言って苦笑いをした。
クスノキがイタチの元へ通っている間にも、状況は刻一刻と変わっていく。アーギタスからは、兵士の入れ替えや補給物資の船が何度もやって来て、新しい情報をもたらした。
その中でも、一番の朗報はマーマタン軍が見事テムチカン軍を退けたと言うものだった。
「叔父上の読みが正しければ、クロヤノ族の攻勢はひとまず一段落しそうだな。」
ラオは相好を崩す。
「セキバ殿が少し怪我をした様ですが、少し心配ではありますな。」
ラオを気遣ってのことか、ヒツジグモがそう言った。
「そんなに大きな怪我では無いと書いてあるから心配ないさ。アゲハがしっかりと治療しているらしい。なんでも、怪我のお返しとばかりに、上等兵を何人も倒したと書いてある。」
幼馴染の活躍が嬉しいラオである。
「セキバ殿も、立派に初陣を飾られたのですな。」
ニシカゼも嬉しそうである。
「俺とセキバは幼少期から、従兄弟のカワセミに嫌と言うほど剣の修行をつけられていたからなぁ。あいつは俺より力が強いから、同じ戦場に立てば心強い事だろな。」
「早くここを片付けて、彼らに会いたいのではないですか?」
ヒツジグモも故郷が懐かしいのか、目を細めながら言ってきた。
「そりゃ、会いたいさ。特にアゲハは、俺が生涯守り抜こうと誓った妻だ。でもな、急いで中途半端なことをすれば、かえってアゲハに怒られる。だから今はジームスカンの奪還の事だけを考えるだけさ。」
ラオはそう言ってにっこりと笑って見せた。
各地から齎される情報と共に、ソテツを頼ってセイムに訪れる兵士たちが後を絶たない。それはソテツの人柄もさる事ながら、どうもジームスカン軍への不満が大きく膨らんでいるようだった。
集まった兵たちは口々に、報酬は殆ど貰えないし、傭兵たちの横暴にも耐えられないのだと訴える。何よりも、ジームスカン内の町や村々を監視する事に我慢出来ないと嘆いた。
「我々は、なぜ傭兵たちの指示で同胞の事を疑わなければならんのですか?」
ある兵士は泣きながら訴えた。
「今、王宮側にいる兵士たちはどうしている?軍の上位の者たちはそれをただ受け入れているのか?」
ソテツが心配そうに質問すると、皆悲壮な顔をして軍上層部の腐敗を訴えた。「隊長あたりの身分の人たちの中には、傭兵たちに従う人たちもいます。でも、なんだかおかしいのです。彼らはしょっ中傭兵たちの宴会に招かれて、ボーッとしながら帰って来るんですよ。そして、その次の日は決まって俺たちに無理難題を押し付けるような命令を出して来る。
宴会で何かが起こっているのは確かなんですが・・・、俺たちはもう、同じジームスカンの民たちに恨まれる様な事はしたくないんですよ。」
そう言う兵士たちは悔しそうに泣いていた。
「宴会がそんなにしょっ中あるのか?ハチドリ殿!これはもしかして。」
ラオが言うと、ハチドリは真っ青な顔をして頷いた。
「例の蜂蜜酒に違い無いでしょうね。まさか軍の中にも浸透していたとは。」
「酒に溺れていたのは、バンブーだけじゃ無かったと言うことか・・・。彼らの言う事が真実なら、ジームスカン軍は壊滅していると言えるのかも知れませんな。」
流石のアカエイも頭を抱えた。
「俺がいた頃はそんな話は聞いたことが無かったぞ。一年も経たないうちに、そんなひどいことになるとは、クロヤノ族は我々の想像以上に大変な事をしでかしてくれた。」
ソテツの目が怒りで燃えている。
「クスノキ!これでも兄を救うことが出来ると申すのか!」
ハチドリは怒りのあまり怒鳴ってしまう。クスノキはただただ低頭し、「それでも救いたいと、私は思っています。ミミズク殿の奥方にも蜂蜜酒の危険性は聞いておりますが、そこから回復する事例もあると言っておられました。私はそこに賭けたいのです。」と震えながらもそうハッキリと訴えた。
「叔母上は回復の手段があると言ったのか?それはどの様にして!?」
ラオは回復という言葉に大きく反応した。
「方法は簡単で、蜂蜜酒を断絶しその中毒性を抜けるのを待つのだそうです。ただしそれはかなり大変で、それこそ死んだほうがマシだと思うほど辛い時間が、無限に思えるほど長く続くと言う事です。それでも、何人か回復した事例を知っていると言っておられました。ただ、廃人にまでなってしまうと、もうどうしようも無いと言うことです。」
クスノキは頭を下げたままでそう答えた。
「廃人・・・、カワウソ殿の様になってしまうと、もうどうしようも無いと言うことか。」
ラオの心に、哀れなカワウソの姿が蘇る。
「兄は、間に合うとでも?到底信じられない。」
そもそもバンブーが回復したといても、到底兄として信用できないとハチドリは言い捨てた。
「ハチドリ王!兄弟の話は今までも聞いていたから、気持ちは分かる。父王ロジュンとテムド叔父との確執を間近で見て育った俺には、そんなに簡単じゃ無いことも理解出来る。しかし、可能性があるのなら、一度試すのも良いのでは無いのか?バンブーが回復すれば、他の蜂蜜酒中毒の者たちにも希望が見えるかもしれない。」
ラオはそう言ってハチドリを説得する。
ハチドリは眉間に皺を寄せて、しばらく考え込んだ後、「僕もクスノキと一緒に、イタチの話を聞きましょう。」と力無く言った。
「ありがとうございます。」
クスノキは頭を擦り付け、何度も何度も感謝の言葉を並べた。
それから、二人は何度もイタチとの対談に臨む。その様子をハチドリが教えてくれた。
「イタチが僕の王即位に賛成してくれたのは意外でした。」
「それは本当か?徹底的にバンブー側の人間だと思っていた。何か魂胆でもあるのではないか?」
ラオは心から驚くと共に、イタチが命乞いのためにハチドリに媚を売り始めたのではないかと訝しむ。
「僕も最初そう思っていました。でも、そうじゃないみたいです。もちろん、僕に忠誠を誓うつもりはない様なのですが・・・、何と言うか、これ以上兄が国民から恨まれるのを見ていられないと言ってました。」
「それが、あなたの即位賛成になんの関係があるのだ?」
ラオはイタチの真意が分からない。
「兄にはこの国を治める力はもう無い。それなら僕が王になった方が良いのだと。イタチはイタチなりに、兄バンブーを本気で心配している様ですね。あの全滅した村を見た衝撃もあるのだと思う。」
そう話すハチドリの表情は、少し穏やかになっている。完全に不信感を払拭できた訳ではないが、それでもお互いの理解が進んでいるようにラオは感じた。
「イタチは、この後どうしたいと言っているんだ?静かに処刑の日を待つだけの様な男にも見えないが。」
ラオは続けてそう聞いた。
「話し合いはゆっくり進んでいる感じです。僕にも彼の処遇に迷いがある。王都奪還の準備の中で、じっくりと決めていきたいと思います。」
ハチドリはどこか優しげに見える表情でそう言った。




