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暴君ラオ  作者: あーる
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聖地留学3

「聖地が見える!」とラオが叫んだ。


 船を走らせて10日目のこと、船首の先に大きく島影が現れた。聖地のほぼ中央に聳え立つルマ山もよく見える。すり鉢を逆さにしたような見事な山容に、3人は思わずため息を吐いた。

 ルマ山を中心に、短い山脈が左右に広がる。全体的に山勝ちな地形で、斜面に小さな集落が点在しているのが見えた。そして、ルマ山頂上に一際目立つ建物が見える。こんなに遠くからでもしっかり見える事から、かなり大きな建物なのが分かった。

「とうとう来たのね。」

 アゲハが目を輝かせて言う。王宮にいた時のような畏まった言い方では無く。まるで友達のような口ぶりである。

「期待が膨らむな。」

 アゲハの物言いに満足したように、ラオが応えた。


 船に乗った直後、ラオはアゲハに対して、友達のような対等な話し方をして欲しいと頼んだ。

「聖地には身分と言うものが無いらしい。セキバに対してもそうなのだが、そう言う畏まった言い方をされると、アゲハが遠くに感じて淋しくなる。この留学を機にアゲハの事をもっと知りたいし、俺のことも知って欲しい。だから・・・対等な話し方をして欲しいんだ。」

 その時のアゲハはとても驚いた顔をしたが、しばらく考えてからそれを了解した。最初のうちは戸惑って、いきなり友達のように話せるわけでは無かったが、長い航海を協力している内に聖地に着く頃には対等に話せるようになっていた。元々セキバとは話しやすかったようで、今では3人とも親友のような関係になっている。


「カワセミが言うには、聖地でどんな知識も得られるのは間違いないのだが、その知識をどう活用するかは、学ぶ人間次第だそうだ。

 例えば、南の大陸では思想だとか哲学だとか言われるものが、北の大陸においては同じものが宗教になるらしい。我々にとって自然の中にたくさんいる神々が、北では創造主のみが神となるらしい。それがどう言うものかは想像もできないのだが。

 つまり、世界にはいろんな考え方がある事をしっかり学んで来いということなのかな?」

 ラオは、考えも及ばないような広い世界のことを学ぶことが楽しみでしょうがない。セキバとアゲハも目をキラキラさせて、これからの生活に希望を持っている事が分かる。

「聖地では、教えてくれる先生の家でお世話になるって聞いたけど?」

 アゲハがラオに聞いてきた。

「うん、シャクラムと言う名だとしか聞いていないが、どう言う人なんだろうね。」

「自分のことは全て自分で出来る様にならなければならないって聞いたけど、ラオなら問題なさそうだな。」

 王宮においても、一人で着替える事ができない正装だとか儀式の様な事以外は、全て自分でこなしていたラオである。他の王族の留学の事は知らないが、新しい生活に特に不安に感じることは無い。

 セキバが、「アゲハは、不安はないのか?」と続けて聞いた。

「王宮に入る前は、ずっと旅をしていたの。それに比べれば、ちゃんと暮らす所があるのはありがたいわね。」

 ラオはどんな顔でそれを聞いたら良いのか分からなかった。

 王宮に入る前のアゲハの生活の事を聞いたことは無い。何か聞いてはいけない様な気がしたのだ。


 ラオ達が甲板で話をしていると、船が着岸したと船乗り達が教えてくれた。ラオ達はゆっくりと岸に降り立った。久しぶりに立つ、地面の感触が嬉しい。

「頑張って勉強して行ってください。」と、航海中色々世話になった船長に笑顔で見送られたのが、なんだか気恥ずかしい。王宮でこんなに気安く声を掛けてくるのは普段セキバぐらいなものだろう。それが船に乗ってからと言うもの、船乗り達を始め他の乗客ですら、気楽に話しかけてくれる。自分が王太子ではなく一人の人間なんだと実感させられて、それがなんだか新鮮な気持ちになれた。

「身分なんて、本当にクソだな・・・。」

 航海中、ラオはそんなんことを考えていた。


 船を降りると、白い肌と白い髪、そして赤みのある薄茶色の瞳をした人物が待っていた。服もやはり真っ白で、裾の長いゆったりとしたマントのようなものを着ている。年齢も性別もよく分からない。何とも不思議な雰囲気を纏った人物である。

「初めまして。あなた達の生活を監督することになったシャククラムだ。よろしく頼む。」

 見た目に反して、思いの外低い声でシャクラムは自己紹介をした。

「テムチカンから来たラオです。後ろはセキバとアゲハと申します。これからよろしくお願いします。」

 呆然としていたラオだが、我に帰り、慌てて挨拶をした。

「聖地の人間を見るのは初めてかな?南大陸にはあまり居ない人種で、当惑しているのかね?まあ、すぐに慣れると思うよ。」

 シャクラムはニコリと笑った。

「聖地の子供は性別を決めずに産まれてくる。」だとか、「身体の色と寿命を引き換えに、知識を選んだ。」だの、聖地の噂はラオも聞いた事があった。しかし実際本人達を見ると、やっぱり驚いてしまった。あまり不躾に見るは失礼だと気がつき、謝罪する。

「申し訳ありません。あの・・・、少し驚いてしまいました。」

 シャクラムは笑いながらそれを許した。そして自分の住む家まで案内してくれた。


 シャクラムの住む家は、ルマ山の中腹にあった。

 小さな庭に小さな畑がある。聞けば香草を育てているらしい。家自体はそんなに大きくは見えなかったが、2階に3人分の部屋が用意されていた。

 それぞれの部屋はどれも同じ大きさで、狭いベッドと小さな勉強机、それと衣類や荷物を置くための棚があるだけの簡素な作りだった。

「あんまり狭くて驚いたかもしれないね。王宮で育った君たちには不便かもしれないが、学生の部屋は身分に関係なく、こんな感じだよ。聞いた事があるかも知れないが、この島の学生は皆同じ待遇なんで、我慢してくれ。

 それと、掃除と食事の用意は自分達で順番で決めてくれ。洗濯はそれぞれ自分のものは自分でする。例え王太子であろうともみんな平等に話し合って決めるんだよ。」

 シャクラムは、この家でのルールを教えてくれた。


 自分の事は自分でして来たつもりだが、流石に家事はリンドウ達に任せきりだったので、自信が無い。ラオは独り言で、「俺に出来るかな」と弱音を吐いた。

 それを聞いたアゲハが、「セキバは大丈夫なの?」と聞いた。セキバもそう言われて、泣きそうにな顔になる。

「大丈夫よ。私が教えてあげるから。」

 アゲハは笑ってそう言った。アゲハがすごく逞しく思えてくる、情けない男二人であった。

「君たちは主従関係だと聞いていたのに、結構対等な関係なんだね。」

 ラオ達の様子を見ていたシャクラムが少し驚いた様だった。

「俺は、畏まった関係が苦手なんです。特にこの二人の事は本当に信頼しています。だから、何でも言い合えるありがたい存在だと思っています。」

 ラオがそう言うと、シャクラムは興味深そうに頷いた。

「その気持ちを大切にして行くことは、君の懐の深さにつながるかも知れないね。でも、国を治める為にはそうも言っていられない事もあるだろう。

 今日はゆっくり休みなさい。明日はこの島を案内と、君たちの教師達を紹介するよ。」

 シャクラムはそう言って、静かに微笑んだ。


 次の朝、シャクラムが朝食を作ってくれていた。

 パンとミルク、そして、チーズとオレンジのマーマレードが添えられていた。初めて見る食べ物にラオ達は、恐る恐る口に入れる。

「うまい!初めて食べたけど、美味しいですね。」

 セキバが目を輝かせてそう言った。

「口に合って良かった。南の大陸とは食べ物が違うから、少し心配だったんだよ。」

 シャクラムがにっこりと微笑んだ。

「食事や掃除は、私も含めて当番を決めてくれ。ここでは全てが平等なんだ。」

 続けて言われた言葉に、3人は驚く。身分によって上下関係が固められていた王宮で育った、ラオとセキバにとってそれは考えたこともない事だった。

「先生も同じように当番に入るのですか?」

 ラオがそう聞くと、シャクラムは当然だと言わんばかりに頷いた。

「何だか、物の見方が変わりそうだ。まだ1日しか経ってないけど、ここに来て良かった。」

 ラオは素直に嬉しいと感じた。


 朝食が終わり、島を案内された。

 人々の住居は島の狭い範囲に纏まっている。山頂へ向かう道から所々曲がり道があり、その奥に道が枝分かれして小さな集落になっている。ルマ山の中腹あたりから住居が減り、少し大きめの石造りの建物が点在する。石造りの建物は、学舎だったり、他の施設だったりさまざまである。


 最後に山頂へと案内されて、3人は目を見張った。

 山頂にはすり鉢状の火口があり、火口はほぼ円形の湖となっていた。そして、湖の淵に一際大きな建物がある。昨日船から見えたあの建物だ。月宮と呼ばれる荘厳なその建物は、この島の中心で大図書館になっている。此処ではこの世の全てを知ることが出来ると言われていて、聖地を象徴する建物だ。他にも島での意思決定や学舎の管理、そして大事なセレモニーなどが行われ、聖地において最も大切な場所である。普段は、長老達と学舎の校長がいるらしい。

 月宮と湖のあまりの美しさに声が出ない。しばし呆然とその景色に見惚れる3人であった。

「この湖は月湖と呼ばれているんだ。月宮と月湖、何故そう呼ばれるのかは真夏の満月になると解ると思うよ。」

 シャクラムがそう説明してくれた。

「聞いたことがあります。夏の満月の夜、月が聖地に降りてくるって。伝説かおとぎ話だと思ってたのですが、本当に降りてくるのですか?」

 ラオは目を輝かせて質問した。

「本当に月が降りてくるような光景だよ。夏までまだまだだけど、楽しみにしていてくれたまえ。」 

 なぜか少し誇らしげにシャクラムはそう言った。


 山頂の帰りにはラオ達が通うことになる学舎へ寄り、これから教えて貰う教師達への挨拶を終わらせ、皆は家に帰った。

 夕食は台所と此処での食材の説明も兼ねて、シャクラムが3人を手伝わせながら兎肉と玉ねぎのシチューを作ってくれた。南の大陸とは全く違う料理だが、3人は美味しくそれらを食べる事ができた。

 夕食が終わった後はそれぞれの部屋に戻り、明日の準備をしてから早々に眠りにつく事となった。

 いよいよ明日から本格的に授業が始まると思うと、(こんなにワクワクした気持ちは初めてだ。)とラオは興奮してなかなか眠れなかった。


 いつの間にか眠っていたのか、気がつくと朝になっていた。少し寝不足気味ではあったが、ベッドの中で大きく体を伸ばすと、力が沸いてくる。

「さあ、いよいよだ。」

 ラオは意気揚々と部屋を出た。


 


 


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