ジームスカン王1
ハチドリが期待した通り、帰還してからのクスノキの働きは目覚ましいものがあった。
彼はまず、ジームスカン軍の中から間者として動ける者を数十人選び、ハチドリ王の即位と暫定政府立ち上げを、人々の噂になる様に広めさせた。それと同時に各地に逃げている元王宮の役人たちに繋ぎをとる。
10日程過ぎた頃には、10名ほどの元上級文官たちから連絡が来る様になった。
「王宮の動きが無いのが不気味ではありますが、なるべく早く暫定政府の支配地域を広げていきたいと思うのです。」
クスノキがハチドリに進言した。ハチドリはクスノキをよほど信頼しているのか、彼に全てを任せている。ただし、その度に納得いくまで説明を求める。
「最終的な責任は僕にある。クスノキを全面的に信頼しているが、何が行われるのかはしっかり把握しておきたい。」
ハチドリのそう言う姿勢に、クスノキとアカエイは大いに満足している様だった。
「クスノキ殿は帰還してから、本当に生き生きしているな。アーギタスで再会した頃は本当に心配だったんだぜ。」
会議の合間に、ラオがクスノキに話しかける。
「アーギタスでは本当にお世話になりました。私自身、この様な日がまた訪れるとは思ってもいませんでした。ハチドリ王の成長をこの目で見ることが出来るのは、本当に喜ばしい限りです。」
クスノキはニコニコ笑いながらそう言った。
「クスノキ殿の忠誠心には、ただただ尊敬いたしますね。それに、人の心を動かす術を熟知していらっしゃる。おかげでハチドリ王の気持ちを間違いなく民たちに伝える事が出来ている。僕も色々勉強になります。」
クスノキ同様、相手と交渉して事を動かすのを得意としているアカホシが、クスノキの働きぶりに感銘を受けているようだ。
「まだ正式でないとは言えハチドリ王が即位したからには、これからはアカホシ殿や殿下とは国同士の話し合いとなります。確かな友情で、しっかりと同盟関係を築きたいですね。」
クスノキの言葉に、ラオは大きく頷いた。
「それにしても、いくら同盟者とは言え、暫定政府のかなり詳しい所まで私たちに見せても大丈夫なのですか?」
政府の会議にいつも同席している事に、ジームスカン側に不安が無いのかとアカホシが問う。それはラオも思う所だった。いくら信用してくれているとは言え、ラオたちは他国の人間なのだ。
しかしクスノキは、ラオたちの会議参加は大事な事だと言う。
「これはジームスカンだけの問題では無いのです。事実、マーマタン北部やタージルハンでも戦いは続いている。テムチカン南東の僻地は、シンジュ殿の活躍で制圧出来たと聞いていますが、タージルハンは少し苦戦している様だと連絡が入っています。
南のクロヤノ族はかなりの強敵で、我々北部の国々を狙っています。我々は一丸となって戦わねばなりません。」
クスノキはそこまで言うと、真剣な表情でラオを見つめた。
「ラオ殿下、あなたこそがこの大陸の覇者として立つのに相応しい方。あなた様が無事テムチカン王に即位して一大連合国家を組まなければ、ワニガメに対抗する事は出来ぬでしょう。」
「責任重大だな。」
ラオはそう言ってゴクリと唾を飲み込んだ。
ラオは、アカエイにもクスノキと同じような事を言われた事を思い出す。
「アカエイ殿も、属国になるのは反対だが、強い連合体制は必要だと言っていたな。」
「彼は軍人ですからね、属国というのには抵抗があるのでしょう。それでも、殿下とは固い絆を深めるべきだと言うのは、やはり今の情勢を考えるとジームスカン軍の拡張だけではたち行かないことが、分かってらっしゃるのでしょうね。」
クスノキはアカエイと立場が微妙に違うのだと言う。だがお互いの言い分を超えてでも、今は同じ場所を向かねばならぬとも言った。
ラオとクスノキの会話を、ずっと黙って話を聞いていたハチドリが、真剣な目をして頷いている。
「僕も王に即位したからには、この地をしっかり守りたいと思っています。しかし僕が王に相応しいか、まだ判断出来ていません。覚悟はあるが、自信がまだ持てないでいる。
クスノキも、僕の性格を知っているからこそ、殿下に覇者への期待を込めているのではないか?」
「俺はハチドリ殿が弱いなんて思わないぞ。」
ラオが反論すると、クスノキが「そう言う意味ではありませんよ。」と微笑んだ。
「私も、此度の王の決心に心強く思いました。ジームスカン王として立派に役目を務められると、そこに疑問の余地はありません。
しかし巨大な敵がいる今、ジームスカンの民が幸せならば、テムチカンの属国になっても構わないと、王は思っているのです。民は、自分たちの生活と文化を守ってくれるなら、別に為政者が誰でも気にしないでしょう。王はそこのとも理解していて、国民が幸せならそれも良しと考えていらっしゃる。もちろん、ラオ殿下が心変わりをして、ジームスカンを蔑ろにする様な事があれば、王は命をかけて戦うでしょうがね。」
クスノキは怖いほど真面目にそう言った。
「クスノキの言う通りです。僕はジームスカンの幸せの事しか考えられない。クロヤノ族に対抗する為には、僕の立場なんてどうでも良いのです。」
王の名乗りの後のハチドリは、本当に強くなったのだとラオは思う。そして、自分の肩にのしかかる重圧をしっかりと受け止めなければと、身を震わせた。
ハチドリの王即位の噂を広めて一月もすると、暫定政府に合流したいという連絡が毎日のように来る様になった。実際にセイムまでやって来る者もちらほらと現れ、セイムの町はますます賑やかになっって来る。
そんなある日、クスノキは突然イタチに会ってみたいと言い出した。
「なぜイタチに?」
ラオたちは不思議に思ったが、クスノキはバンブーを救うとしたら彼しかいないだろうと言う。
「ハチドリ様が王となられた今、バンブー様とハチドリ様、どちらかが倒れるまでこの戦は終わらないでしょう。しかし、幼き頃から見ていたバンブー様が、このまま蜂蜜酒とやらで腑抜けでいることが耐えられないのです。イタチ殿は蜂蜜酒に溺れる事なく、今までの人生を反省する日々だと聞いております。それならば、彼にバンブー様を正気に戻せるように協力してもらいたいと思うのですよ。」
クスノキは、ハチドリを説得するように熱く語る。
「バンブーを更生出来るとでも?」
ラオが素朴な疑問として質問する。クスノキは静かに首を横に振る。
「無理な事だとは思います。これは、私の個人的な感情だとも理解してます。ただ、このままではあまりにもバンブー様が哀れに思うのです。」
クスノキはそう懇願するように言った。
「バンブーは我が兄であるが、幼い頃からいじめられた記憶しか無く、僕には恐怖の対象でしか無い。そして、兄であると同時に父の憎き仇でもある。僕のその感情を理解してまでも兄を救いたいと申すのか?」
ハチドリは少し怒っているようにも見えた。クスノキは低頭して謝罪する。
「ハチドリ様のお気持ちを理解した上でのご相談です。申し訳ございません。私のただのわがままです。しかし、バンブー様をこのまま倒しても、ハチドリ様も寝覚めが悪いのでは無いでしょうか?」
食い下がるクスノキをしばし睨みつけた後、ハチドリは深いため息を吐いた。
「イタチへの面会を許す。好きにしろ!」
「ありがとうございます。」
クスノキは地面に頭を擦り付けるように感謝した。
ハチドリは一見、投げやりにクスノキの求めに応じたように見える。しかしラオには、そこにハチドリの複雑な気持ちが見えたように感じた。
ハチドリとクスノキの気持ちが交差し、ラオの心に不安が広がる中、ソテツの義足の調整が終了したと知らせが来た。しかも、ソテツは調整した後すぐに立ち上がったというのだ。
「いくら鍛えていると言え、我々も驚きました。」
アーギタスから来た技師たちが、興奮した様に教えてくれた。
ソテツは、その存在を国中に知らしめた後、治療がしやすいという理由でアカエイの屋敷で暮らす様になっていた。ラオたちは早速ソテツに会いに行く。
アカエイの屋敷の玄関前で、息子のオウムが出迎えてくれた。
「皆さん!父さんが、自分の足で立ったんです!」
オウムはラオたちの顔を見るなり、満面の笑顔でそう言って来た。
「オウム、良かったね。僕も本当に嬉しいよ。」
ハチドリが優しく微笑む。
「すぐにでも父に会って下さい!」
オウムはペコリと頭を下げて、ソテツの元へと案内してくれた。
ソテツの部屋に通されると、ソテツは寝台の上で座っていた。
「おお、皆様。此度は本当にありがとうございます。」
ソテツはそう言って、横に置いてある衝立の様な物を掴みながら、ゆっくりと立ち上がって見せた。
「良かった!本当に良かったなぁ」
皆は拍手をして、ソテツが立った事を祝福した。
クスノキがソテツの側に行き、そっと座る様にと促した。
「まだ無理は禁物ですぞ、ソテツ殿。しかし、これからじっくりと訓練をすれば、いずれ歩けるようになりそうですな。本当に、本当に良かった。」
クスノキはソテツの手を握り、涙を流しながら喜んだ。
「よほど体を鍛えていたのでしょうね。まさかすぐに立ち上がるなんて、こんなことは初めてですよ。膝の関節が残っていたのも幸いでした。これなら思ったより早く歩ける様になるかも知れないし、場合によれば馬に乗ることも可能でしょう。」
技師に一人がそう言って、ソテツの体力に驚嘆する。
「殿下、僕はソテツからとてつもない勇気をもらいました。」
「本当だよな。俺も嬉しいよ。」
ジームスカンの明るい未来を暗示している様で、ラオとハチドリは抱き合って喜んだ。




