ジームスカンとの戦い9
セイムは風光明媚な美しい町であった。
東は断崖絶壁で、崖の上からは見渡す限りの大海原が広かっている。南には川が流れており、東の崖から大瀑布となって海へ流れ込んでいる。滝は爆音と水飛沫で立っていられないほどの迫力があり、そばにいるだけで、恐ろしいほどだ。
滝から北に少し行った崖の下に、小さな漁港らしき村が見える。タンガ村だ。聞けば、1箇所だけ崖を降りる為の通路があるらしい。
「なるほど、あれが叔父上の言っていた港ですね。これなら、気づかれずにアーギタスと行き来できそうだ。」
タンガの港を見て、ラオは喜んだ。
セイムの町の北と西には囲い込むように小高い山があり、聞いていた通りに、防御面では申し分のない土地であった。
「まるで隠れ里のような町ですな。西の山道は広く通りやすいが、しっかり守りやすく出来ている。本当に拠点にするには打って付けの町ですな。」
ヒツジグモも珍しくはしゃいでいる。
辺りの景色に圧倒されながら、一行は町の中に入る。
「ようこそ、セイムの町へ。心より歓迎したします。」
町の入り口で町長のアカエイが出迎えてくれた。
「お久しぶりです。この町はジームスカンの混乱の影響があまり感じられないですね。本当に良かった。
こちらがテムチカンの王太子でいらっしゃるラオ殿下です。そして、アーギタスのミミズク総督、我々のジームスカン奪還の為、兵を出していただけました。」
ハチドリが前に出て挨拶し、ラオたちを紹介をした。
「ラオです。アカエイ殿には我々の拠点に協力頂けるとは、心から感謝申し上げます。」
ラオが一歩前に出て、アカエイに感謝の意を伝える。
「助けて貰っているのはジームスカンの方、協力するのは当然でございます。
テムチカンはジームスカンの古くからの友人、ロジュン様にも我々は大変世話になった。此度はジームスカンのために動いて下さっている。協力を拒むことなど考えられませんな。」
目尻に深い皺を刻み、アカエイはガハハと笑った。かなりの年配だと思われるが、なかなか豪胆である。聞けば息子のソテツも、その豪快な性格で部下から信頼されていたと聞く。
「私とクスノキを逃した後、ソテツが行方不明だと聞いています。クスノキと別れた時は大きな怪我をしていたとか。彼がいなければ、私はここに立っていなかった。本当に残念でございます。」
ハチドリは詫びるように頭を下げた。
「その事でございますが、我息子ソテツはまだ生きておりますよ。行き倒れている所を通りがかった警備兵に発見されたのです。偶然にも昔、息子の下で働いていたと言って、密かにこの町まで運んでくれたのです。」
一同は驚愕する。クスノキの話だと到底生き延びる事は出来ないと思っていたので、まさか生き延びていたとは。
「それは本当でございますか。なんと言う生命力!さすが我らが軍団長です。」
ハチドリは涙を流しながら喜んだ。しかし、アカエイは少し厳しい顔になる。
「しかし、息子は怪我がひどくてもう歩けないと思います。ハチドリ様と共に戦うことは無理でございましょうな。本当に申し訳ございなせん。」
「何を言う。生きていてくれた。それだけでどれだけ勇気づけられる事か。クスノキもこれを聞いたら、さぞかし喜んでくれるでしょう。本当に、助かって良かった。」
手を取りそう語りかけるハチドリに、「そう言っていただけると、息子も喜びます。」とアカエイも感動したようだった。
「ソテツ殿とは俺もぜひ話がしたい。この町にいるのですか?」
思わずラオが前のめりに聞いた。
「ラオ殿下の噂は私どもにも届いておりました。本当に噂通り、なんとも凛々しい王太子様ですな。
ソテツのことを気にかけて頂き、ありがたき幸せでございます。息子はこの町ではなく、下にあるタンガという漁村に匿っております。未だにジームスカン王宮の連中が、息子のことを探していると聞きますので、この町からでしか行くことの出来ないあの村に隠しているのです。」
アカエイは、畏まる様にそう教えてくれた。
「その村なら、崖の上から見ました。タンガ村と言うのですな。あの漁村から船を出したいと思っていた所です。あの村からなら、ジームスカンの連中に見つからずアーギタスと行き来できる。物資も運べると思うのですが、是非、あの港を使わせて頂きたい。しかし、ここからあの村は相当険しい崖を降りて行く事になるのでしょうな。」
堪えきれなくなったのか、ミミズクが畳み掛けるように質問した。アカエイは少し苦笑いをして、「まだ来られたばかりですよ。」と言った。
「申し訳ありません。興奮して、つい性急になってしまった。」
アカエイの落ち着きに我に帰ったのか、頭をかきながらミミズクは謝った。
「ささやかではございますが、歓迎の食事を用意しております。今日はごゆっくりお寛ぎ下さい。」
アカエイはそう笑い、一同に野営のテントを張る広場まで案内してくれた。
「夕食前に、この子に町を案内させましょう。この子はソテツの息子、名をオウムと申しまして、今年10歳になります。ジジイの贔屓目かも知れませんが、なかなか賢い子でございますので、しっかり案内ができると思いますよ。」
アカエイに紹介されたオウムが、ペコリと頭を下げて挨拶をする。
「オウムです。ハチドリ様や、ラオ様にお会い出来て光栄です。」
ニコリと歯を見せて笑う姿が何とも凛々しい。ジームスカンの民族衣装に身を包み、頭はおかっぱに切り揃えてある。聞けば、元服前の少年は皆この髪型らしい。黒目がちの大きな目がキラキラと輝いて、物怖じする事なくまっすぐこちらを見て来る。なるほど、アカエイが孫自慢したくなるような、聡明そうな顔つきである。
「オウムと言ったか。では案内を頼む。」
ラオも思わずニッコリと微笑んだ。オウムに釣られ手こちらも明るい気持ちになる。
町はそんなに大きくなく、ゆっくり歩いても2時間ぐらいで一周出来る広さだった。それでも、大通りにはいくつもの商店や食堂が並び、賑やかである。そして、道を少し入り込んだ所には大きな市場があり、戦中の割に中は活気に満ちていた。
「この市場には、下のタンガ村で捕れた新鮮な魚や、山の段々畑で採れた米や野菜などが並んでいます。山の畑は水も豊富で日当たりが良く、農作物もよく採れるんですよ。
今はあまり来れないみたいですけど、ジームスカン以外からのお客さんも特産品を買い付けに来てます。」
オウムが誇らしげに自慢する。まだ子供だと言うのに、しっかりと町の案内をする姿に感心する。
「本当に豊かな町なのだな。」
行き交う人々の明るい笑顔に、ハチドリも嬉しそうである。
「農作物は山の畑で採れると聞いたが、そこに農村があるのかい?」
ラオの質問に、「北と西の山に一つずつ村がありますよ。」とオウムが答えてくれた。
「ジームスカンの他の地域はかなり荒廃している様だが、ここは本当に平和だな。」
ラオは、他の地域との違いに感心した。
「町の人たちは、お祖父ちゃんのおかげだと言ってますよ。お祖父ちゃんはすごい人みたいです。」
オウムがニカっと笑いそう言った。よほど祖父が自慢なのだろう、ふとガジュマルのことを思い出し、優しい気持ちになった。
夕食の時間となり、アカエイが歓迎の宴だと言って、野営地の広場で皆にご馳走を用意してくれた。
焼いた魚や山で獲れた猪肉、それに畑で取れたという新鮮な野菜を煮込んだ物など、テーブルに並びきれない程の料理が並ぶ。
「俺たちも良いんですか?」
兵士たちの目が輝く。野営生活での食事は工夫はされているものの、やはり十分でなかったのか久しぶりの豪華な食事に皆大喜びだ。
「本当に気を使わせて申し訳ない。」
ミミズクが恐縮する。
「ジームスカンの為に戦って頂けるのです。これぐらいの歓迎ぐらい当たり前の事。さあ皆さん、遠慮なさらずに皆で召し上がってください。」
アカエイは、ニコニコしながら皆に料理を勧める。
「本当にテントでの生活で大丈夫ですか?せめてハチドリ様とラオ殿下だけでも、町の宿屋でお泊りいただければ・・・。」
アカエイの妻であるホタルが申し訳なさそうに言って来た。
ホタルは、ニコニコと笑いながらテーブルの間を動き回り、皆がしっかり食べているか確認している。アカエイの妻という事で、ホタルもかなりの年齢だと思われるが、なかなか逞しい体つきで、山盛りの料理が乗った大皿を軽々と運んでいた。
「お気遣いありがとう。でも、僕も殿下も他の兵士たちと一緒でいいですよ。」
ハチドリがニッコリと微笑み、そう答えた。ラオも続けて礼を述べ、テントで寝泊まりする意義を説明した。
「俺たちは、なるべく兵士たちと寝起きを共にしたいと思っています。それは彼らとの信頼関係をしっかり築きたいからですよ。町の広場を占領させて頂いて、こんなに熱く歓待してくれている。本当にありがたいことです。」
「私は兵士たちの事は分かりませんが、そう言うものなんですねぇ。そう言えば、息子も部下たちと同じ釜の飯を食うのが大事なんだと言っておりましたわ。」
怪我をしている息子のことが気がかりなのか、ホタルは少し寂しそうな表情をした。
歓迎の宴は夜遅くまで続き、兵士たちは心から楽しんだ様だった。ラオたちも、町の人からいろんな情報が聞けて、本当に有意義な時間を過ごす事が出来た。
「この村の人達は本当にアカエイ殿を信頼しているのだなぁ。人々の明るい笑顔が本当に印象的な町だ。ぜひその経営理念を聞かせて頂きたい。」
ミミズクは、アカエイの町の経営手腕に興味があるようだ。
「あのアーギタスの町を運営しておられるミミズク殿が何を言われる。あの街が大変豊かだという話は、我々にも届いておりますよ。ミミズク殿と話を出来るなんて、私の方こそ勉強になりますな。」
二人は、すぐに意気投合して話をしていた。お互い町を束ねる責任ある立場なので、理解し合えるところも大きいのだろう。
こういう交流で、二つの町がますます繁栄していけば、それはなんと素晴らしい事だろうと、ラオは二人の会話を楽しく聞いていた。




