ジームスカンとの戦い8
全滅した村から戻って、ハチドリは3日ほど寝込んでしまった。夢に村の惨状が出てきて眠れず、体が弱ったところに風邪をひいたのか、高熱が出て動けなくなったのだ。その間、ハチドリはずっと悪夢を見てうなされていたそうだ。ガルナンの献身的な看病とオニキスの持っていた薬で、なんとか治ったものの、本人はかなり苦しかったらしい。
熱が下がってからは食欲も出て、あの村の事も落ち着いて考えられるようになってきたらしいが、それでも思い出すとやっぱり辛いと言っていた。
「僕は心の痛みと共に、この事をしっかり覚えていなければと思います。僕が王になってもし慢心することが無い様に、この経験を思い出して国民に寄り添って行けるような為政者に僕はなりたい。」
病み明けの力のない表情であったが、ハチドリはそう言って笑っていた。
彼なりに現実を受け止め、前に進もうとしているのだろう。ラオは改めて、ハチドリの成長を見た様な気がした
ミミズクが放った間者が戻ってきて、ジームスカンの現状の報告が次々と上がって来る。
「どうも攻撃で壊滅したのはあの村だけらしいな。」
ミミズクが報告を見ながら言った。ハチドリが一瞬安心したような顔になったが、続けての報告にまた顔が青くなる。
「他の村は壊滅こそ免れてはいるが、傭兵に幾度も襲われてかなり疲弊しているようだ。昨日警備の兵を送ったが、時間がない。間に合えばいいのだが。」
「あの村のように、酷い事になると・・・。」
ハチドリの目にまた涙が浮かぶ。
「奴ら、町の一つを拠点にして暴れているみたいですね。」
クロヒョウも報告に目を通しながらそう言った。
「ならば、奴らの拠点となっている町を、制圧する方が早いのではないか?それぞれの町に傭兵どもは何人ぐらいいるんだ?」
ラオが意見を出すと、ヒツジグモがうんうんと頷いた。
「それが早いですな。村の警護も同時に進めるのが良いかと思います。」
「町は、かなり離れて散らばっています。一つを制圧しても、奴らは次の町へ移動するだけで、イタチごっこになるのではありませんか?。だからと言って、同時に全ての町を制圧するのは無理がありますよ。」
土地のことに詳しいハチドリが難色を示す。
「ならば、しっかりとした拠点を一つ造り、町や村が襲われそうになったら、そこを起点に兵を向かわせる方が現実的かも知れませんな。そうなると、扇状に広がる村々の起点になりそうで、防御面でも守りやすい、このセイムという町が妥当かと思われます。」
広げた地図を見て、ニシカゼがそう助言する。
「確かにセイムの町は防御においても移動においても申し分ありませんね。傭兵の被害も出ていなさそうですし、良いと思います。
しかも、ここは先の軍団長ソテツの出身地で、彼の父がセイムの町を治めています。ソテツの父親はアカエイと言いまして、元はソテツと同じ軍団長をしていました。アカエイは私が物心過ぎる前に退役していたので、現役の時は知りませんが、父タチバナに深く忠誠を誓ってくれたそうです。」
ハチドリがニシカゼの案に興味を示す。
「さすが、ニシカゼ殿。戦略の事にも詳しいのですな。いや、勉強になります。」
クロヒョウが目を大きく開けて、ニシカゼを褒めた。
アーギタス軍は今まで戦争の体験が無く、この戦が初めての実戦である。クロヒョウも過去の文書などで勉強してはいるが、やはり経験が多いニシカゼや、今はタージルハンへ帰っているオニヤンマには、かなり刺激を受けている様だった。
地図を見ながら、皆の話を黙って聞いていたミミズクがある事に気がついた。
「このセイムの町のすく西に漁村があるな。」
「タンガの村ですね。小さな村ですが、地形が良くて大きな船も止められます。」
ハチドリの説明に、ミミズクはニヤリと笑った。
「アーギタスからここまで20日ほどかかるが、船でこの港までなら10日もかからない!これならアーギタスとの行き来が簡単に出来て、物資の補給が楽になるぞ。」
クロヒョウも目を輝かせ、「いいですね。」と頷いた。
物資の補給も大事だが、自分もアーギタスに帰りやすくなるのでは無いかと、ミミズクは言った。
ミミズク曰く、アーギタスの総督府には、安心して任せられる職員が多数勤めている。しかし、オニキス同様あまり長い時間アーギタスを留守にするのは、さすがに心配があるとの事だった。
ニシカゼも地図を睨み付けながら、「この漁村は使えますね。」と言った。
「セイムの町を拠点にできれば、船を使って兵士の輸送も可能になり、兵の入れ替えが出来る。疲弊した兵を一度帰らせたり軍の増強も容易で、本当に申し分のない拠点になりそうですな。」
普段、そんなに表情を見せないニシカゼが珍しく、とても楽しそうである。
「ただ、この村は断崖絶壁の下にあり、辿り着くのは本当に大変なのです。セイムの町の隠れ里の様な村ですね。セイムの町の人間なら、簡単に行ける方法は知っているはずですので、やはりアカエイの協力が不可避と言う事になりますね。」
ハチドリが少し考え込む様にそう言った。
「タチバナ王に忠誠を誓っていたと言う話だが、そのアカエイという者はどう言う人物なんだ?」
今、その忠誠心をバンブーに向けているとすれば、セイムの町の協力は難しいのでは無いかと、ラオは不安になる。
「アカエイは、我らとクスノキを命をかけて逃がしてくれたソテツの父親です。何度も会っていますが、いつも国の行く末を考えている様な思慮深い人です。兄の素行についても、何か思うところがあるらしく、父に意見する所を何度も見ました。多分、ジームスカンのこの状況を憂いていると思いますので、こちらの熱意をちゃんと伝えれば、協力してもらえるのでは無いかと思いますね。」
ハチドリの言葉に、皆希望に満ちた様な顔になった。
「ガルナンも、その御仁に会った事はあるのか?」
ラオはガルナンにも、アカエイの人となりを聞いてみる。
「ええ、ありますよ。確か70歳を超えているはずですが、本当にお元気で頭が良く回る。義に熱く本当に尊敬できる方です。セイムの町が防御に優れているのは、何も地形の為でだけでは無く、アカエイ殿の手腕によるところも大きいと思います。」
「そんなすごい人なら、ぜひ協力していただきたいですな。」
ヒツジグモが楽しそうに笑った。
「ハチドリ殿、アカエイ殿に連絡をつけてもらえるか?」
ラオが頼む。
「ではすぐにでも、セイムの町へ書簡を送る事にしましょう。」
ハチドリも、ニッコリと書簡を送る事を了承した。
話題は、バンブーが飲まされたと思われる薬の話に移っていく。
「ガルナンから、兄が芸人のオコジョによって薬漬けにされているのでは無いかと言う、疑惑の話を聞きました。僕はオコジョとはほとんど話したことは無いですが、確かに南の訛りがありましたね。ワニガメが送り込んだとなると、クロヤノ族の動向が気になります。彼はかなり強硬な手段を使おうとしている。」
ハチドリは、自分が寝込んでいるうちに進んでいた話を聞いて、眉を顰める。
「そうなんだよ。イタチの言う事を信じるなら、バンブーはもう廃人になっていてもおかしくない。」
ラオはタージルハンで見た、カワウソの事を話した。
タージルハンに居た時、何度かカワウソの見舞いをしたが、視線は定まらずいつも涎を垂らして、とても意思疎通できる様な状態では無かった。食事もままならず体も痩せ衰えて、生きているのが不思議な感じさえした。
「その薬はそんなに恐ろしい物なのですね。元々兄は快楽に溺れるような所がありましたが、まんまと罠にハマっってしまったのですか。
僕は、兄がヤシガニの思う通りに動くほど素直じゃないと、どうも少し楽観的に思っていた様です。まさか、その様な薬で人を思い通りにすることができるなんて。」
何度も首を横に振りつつ、ハチドリは嘆く様にそう言った。
「叔母に聞いた話なんだが、大昔から南の部族の巫女が、祭礼か何かで神を降ろす時に使っていた薬草らしい。その薬を服用すると、興奮状態になり神の声が聞こえると言うことだ。しかし、ただそれは薬の効果で、幻覚を見ているだけに過ぎないのでは無いかと言うのが、叔母の意見だ。」
オニキスは、痛み止めの作用があるからとその薬を買った事があるが、あまりにも激しい反応に使うのを諦めたと言っていた。バンブーたちが飲んだと言われる蜂蜜酒がどんな物かは分からないが、多分、同じ物だろうと推測される。
「俺もカワウソ様の様子を実際見ましたが、本当に恐ろしい薬だと思いますな。あんなのが蔓延したら、小さな国なんてすぐに崩壊してしまう。」
ヒツジグモが肩を震わせて言った。続けて、「その薬を使えば、多少気に切らない相手がいても、すぐに腑抜けにして言う事を聞かせられるのでしょう?自国の民にもそれを使えば、反乱の心配も無くなり、自分の思う通りに国を動かせる。どこまで使っているのか分かりませんが、ワニガメという男は、手段を選ばない恐ろしい男でございますな。」と、深刻な顔をして言った。
「薬で支配されるだなんて、そんな事があってはならない。確かに国民の不満は無くなるだろうが、すぐに国が立ち行かなくなるぞ。」
こういう話をすると、どうしても感情的になるラオであった。
「殿下、まあ落ち着いて。」
ミミズクがラオにそう声をかけ、そして、妻のオニキスの見解を話してくれた。
「妻が言うのには、その薬は大きな高揚感が得られるらしい。飲めば、この世の全てを手に入れた様な気になれると。しかしその反動なのか、薬が切れると途端に無気力になって何も出来なくなるらしい。南の部族の巫女が神降しの儀で使うそうだが、危険なので、酒に数滴入れるだけらしい。それでも、儀式の後は一日中腑抜けた様になって、何も出来なくなるらしいぞ。」
「何とも恐ろしい話だな。そんな男が最後に立ちはだかると言うのか。正直怖いが、奴を倒さねばならないのだな。」
ラオは拳に力を込め、静かにそう言った。




