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暴君ラオ  作者: あーる
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ゼダ事件2

「聖地で祖父は、孤独ながらも大切なことを学んだ様ですね。帝国時代の事は口を閉ざす祖父でしたが、聖地で学んだことはよく父に話していたようです。

 殿下も知っていると思いますが、彼の地では身分というものは全く存在しない。師弟関係はありますが、それもどちらが立場が上と言うよりは、純粋に知識を伝えていきたいと気持ちが強いのだそうですね。殿下は聖地にて、どんな生活をなさっていたのですか?」

 アカホシがラオに聖地の話を聞いてきた。ラオは聖地を出て1年以上経つが、今でもあの時の経験が宝箱のように思える。

「俺がお世話になった家は、薬学の先生で名前をシャクラムと言うんだ。一人暮らしの家に俺たち3人を引き受けた形だな。

 聖地では、留学生を一般の家に下宿させるのが慣わしで、そこで生活の知識を身に付けていくんだ。そこでは、身分に関係なく平等に仕事が割り当てられる。自分の身の回りの事はもちろん自分でするし、他にもその家の手伝いなんかもさせられる。友達の中には、木工職人の仕事を手伝った奴とか、牛の世話をしたって話も聞いたよ。俺もシャクラム先生の薬草畑の手伝いとかよくやってた。

 ただね、俺は自分のことは自分で出来ると思ってたのに、掃除や洗濯、食事の準備なんかはまるで出来なかったよ。最初の頃はシャクラム先生や、アゲハに迷惑かけっぱなしだった。自分の不甲斐なさが凄く悔しかったのを覚えているよ。でも、ひと月ぐらいすると慣れてきて、初めて自分が作った料理を褒めてもらえた時は、本当に嬉しかったな。」

 ロジュンの死で突然帰る事になったが、願わくばもう一度あの島に行きたいと思う。


「僕も聖地に憧れていました。」

 ハチドリは羨ましそうにラオの話を聞いている。彼はカントから聖地へ脱出を企てていたが、肝心の船が出ず、泣く泣く諦めたと言っていた。

「安全確保のために聖地を選んだと思ってたが、本当に整地に行きたかったんだな。」

 確かにあの島は、ハチドリにとっては天国のような場所であろう。

「本当は自分の好きな研究だけをして生きていたかったのに、気の毒だ。」

 ラオがハチドリに同情すると、ハチドリは首を横に振り、「とんでもございません。」と言った。

「確かに聖地へ留学して、自分の好きな博物学の研究に没頭出来れば、それほど幸せなことはありません。でもジームスカンの王族として、それは我儘なのではと思っていました。

『王族と言うのは、好き勝手出来るだけの特権階級という訳ではない。それに伴う責任が誰よりも重いから、王族として認められるのだ。私はそれを勘違いして、滅びた国をいくつも知っている。』

 幼い頃から父にいつも教えられてきました。僕は今でも本当にそうだと思っています。ですから、聖地に行きたいなどと、父には話せませんでした。でももし相談すれば、父ははきっと聖地留学を許してくれたでしょうね。結局は、自分に勇気がなかっただけの話です。」

 ハチドリはそう言って自虐的に笑った。

 タチバナの気高い人格がよく分かる。彼は己を律し、高い理想を持って国民を導こうとしていたのだろう。ハチドリは、タチバナの気持ちをよく理解していたからこそ、聖地留学のことを言い出せなかったのだと思う。ハチドリは本当に優しい人物なのだ。


「ゼダはどうして聖地からマーマタンへいくことになったのですか?」

 ラオの思考を遮るように、ガルナンが質問した。ゼダの人生が気になって仕方ないようだった。それはラオも気になるところだ。

「先先代の族長である、リュウセイの娘と恋仲になったのです。彼女は私の祖母になるのですが、同じように聖地へ留学に来ていて、ゼダと同じ教授に就いていたのです。祖父が追放されてから5年目の春、初めて二人は出会ったそうです。

 二人は一緒にマーマタンへ帰り、アカホシ家の始祖となった。そして3代目の私へと続いているのです。」

「どこで縁が結ばれるか分からんもんだな。」

 ラオは素直に感心する。

「本当にそう思います。祖父の人生は、祖母に出会ってから始まったと言っても過言ではありません。」

 アカホシが感慨深くそう言った。

「私は、初めてゼダ事件の話を聞いた時、その理不尽さに腹を立てていたんです。幼い少年に全ての罪を着せる大人たちに、なんとも言えない気持ちになりました。

 でも、彼がマーマタンに逃れて幸せになったと聞いて安心しました。人生捨てたものじゃないですね。アカホシ殿、本当にいい話を聞かせていただきました。」

 ガルナンは本当に感動しているようだった。

「私も、祖父のことを聞けて良かった。辛い子供時代を経て、自分の力で幸せを築いた祖父を本当に尊敬します。」

 アカホシの目に涙が滲む。ラオもゼダの人生に拍手を送りたい気分であった。


 ラオは、ふとアカホシの武術が北方系であることを思い出し、疑問に思う。

「ゼダは9歳で聖地に行ったというが、どこで武術を学んだんだ?」

 ラオの問いに、アカホシはどこか嬉しそうに答えてくれた。

「一緒に聖地へ行った従兄弟たちからです。従兄弟と言っても祖父とは親子ほど歳が離れていたようで、一族の末っ子だった祖父のことを、幼少期から可愛がってくれていたそうです。同情もあるのでしょうが、聖地に行ってからもそれは変らなかったらしいですね。

 祖父の父方の祖先は武勲で身を立て、時の皇帝の信頼を得て貴族に列せられた様です。落ちぶれたとは言え、一族の誇りである武術はしっかりと受け継がれていきました。

 従兄弟たちはいずれ故郷に帰る事になるが、まだ幼い祖父は二度と戻ることを許されません。そんな祖父を不憫に思い、せめて一族の誇りである武術を伝えておきたいと思ったらしいのですね。そして、祖父もその心を受け止め、学業の傍で武術の稽古を始めたのです。従兄弟たちは3年ほどして北の大陸に帰っていきました。祖父はその後も稽古を欠かさなかった。

 その当時の留学生は北大陸からの者が大半で、彼らは祖父のことを好奇な目で見つつ、陰でヒソヒソと噂していた様です。。嫌がらせとかは無いのですが、誰も祖父に近付いてはくれませんでした。祖父は本当に孤独だったと聞いています。そんな彼に武術は心の拠り所となったのでしょうね。祖母が留学して来るまでは友達もおらず、一人黙々と稽古に勤しんでいたそうです。」

「当時、ゼダ事件は大騒ぎだったらしいですからね。その当事者に話しかけるなんて出来ませんよねぇ。」

 ガルナンはため息をつく。

「祖母が聖地へ来た時、祖父はすっかり人間不信で人を寄せ付けない様に、いつも周りを睨みつけていたそうですよ。祖母はマーマタンの女性によく見られる、人懐っこくて世話焼きで、そして大胆な人でした。。他の人が避けようとしているのも構わず、祖父に毎日話しかけていた様です。なんでも祖母の一目惚れみたいなんですよね。」

「アカホシの婆さんはすごい人だな。」

 ラオは目を丸くする。大人しい女性が美徳とされる、テムチカンでは考えられない。でも、シンジュは自分の腕一本で生きている。アゲハも気が強くて、口喧嘩ではいつも負けていることを思い出し、自分は強い女性が好きなのかも知れないと、告白した。アカホシは苦笑いをして話を続ける。

「始めは祖母を鬱陶しいと思っていた祖父ですが、だんだんと心を開き、やがて二人は恋仲となったのですね。そして、どうせ故郷には帰れないのならと、祖母の帰郷に伴い、マーマタンへ辿り着いたのです。

 祖父は故郷を捨てましたが、従兄弟に教わった武術だけは忘れませんでした。従兄弟たちへの思いと、孤独を癒してくれたことも大きかったのでしょうね。それは父から私へと受け継がれてきたのです。私に息子が生まれれば、私もやはり祖父の武術を教えるのでしょう。

 私が初めて武術を習った日、父が私に言いました。

『この武術を学ぶということは、辛い過去にも負けずに生き抜いた、祖父の魂を受け継ぐと言うことだ』と。

 今日、ガルナン殿の話を聞いて、改めてそのことを思い出しました。」

 そう締めくくるアカホシの顔は、本当に誇らしげであった。


「いろいろな話を聞くと、本当に僕が甘ったれなのかわかりますね。」

 ハチドリがボソリと呟く。

「僕は幼少期から、いつもバンブーに意地悪をされていた。剣術の稽古と称して、木刀で嫌というほど殴られたこともある。父はそんな兄を諌めてくれましたけど、兄がそれを聞き入れる事はなく、父に隠れてより激しい暴力を受ける事になりました。僕の子供時代はいつも兄の影に怯えていたのです。

 でも、ここでシャチと共にシンジュ殿の稽古を受けるうちに、自分が気持ちで負けていたのだと思いました。そして、力と暴力は違うことも教わりました。

 ガルナン、本当に心配かけてきたね。あなたが僕の家庭教師となってくれて、本当に感謝だ。」

 ゼダの人生の話を聞いて、ハチドリは深く感銘を受けたようだった。

「タチバナ王は、ハチドリ様の賢さをとても買っておいででした。あなた様には、もっと広い世界を知って欲しいと、いつも願っておられましたよ。バンブー様の謀反の少し前、私と共に聖地へ留学へ行かせたいと、相談されていました。

 突然の謀反で叶いませんでしたが、でもジームスカンを取り戻した暁には、クスノキ殿に相談したいと思っております。」

 ガルナンはそう言って微笑んだ。

「そうなると嬉しいな。でも兄を倒した後は僕が国を納める事になるのだろう?そうなると、多分無理だろうね。僕はそこまで無責任になりたくは無いよ。でも、ありがとう。

 皆様に気をかけていただいて、僕は本当に幸せでございます。兄に対しても本当に勇気が持てる気が致します。」

 ハチドリはそう言って、皆に感謝の礼をした。


 


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