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暴君ラオ  作者: あーる
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ハチドリ1

 ニシカゼが旅立ってひと月あまり、ラオが思っていたより早く、彼らはアーギタスへ戻ってきた。


 ラオたちはハチドリが待つ貴賓室へ入る。まずはミミズクが挨拶をした。 

「ようこそ、御出で下さった。アーギタスの総督をしているミミズクと申します。そしてこちらの方が、我らの主君であるラオ殿下でございます。」

「テムチカンの王太子、ラオだ。ハチドリ殿に会うことを心待ちにしてしていた。」

 ラオは、ハチドリに握手の為の手を差し出した。

 ハチドリはその手を握り、「私を助けるために、お招きいただいた事に感謝します。」と深々と頭を下げた。

 ラオは、ハチドリの手が少し震えている事に気がつく。緊張しているのだろうか、怯えているようにも感じた。 不安そうに視点の定まらない大きな瞳、細い鼻筋とぷっくりとした小さな唇は、幼い印象を人に与える。

 浅葱色に染められた着物に茶色の裾の細い袴、丈が膝ぐらいまである紺色の袖なし羽織を着ている。これはジームスカンでよく見る服装である。癖の無い真っ直ぐな黒髪を上の方で結び、そのまま後ろに垂らしている。身長はラオよりも少し小さく中肉中背といった感じで、噂通り武道より学問の方が向いているような風貌であった。


 ハチドリの横では、北大陸出身だと分かる男が緊張した様な顔でじっとラオの方を見ていた。

 服装こそはジームスカン風の着物を着ているが、北の大陸特有の明るい茶色の巻毛を、結わずにそのまま肩の辺りまで伸ばしている。北の人は日焼けに弱いと聞いていたが、ずっと外で行動していたのか顔が真っ赤である。彫りの深い顔立ちと少し明るい茶色の瞳が聖地で出会った親友、トルファを思い出させる。

「そなたがガルナンであるな。色々波瀾万丈の人生を送っていると聞いた。ここではゆっくりと寛いでくれ。

 俺にも北大陸出身の友がいる。何だかそれを思い出して懐かしい。時間がある時は、俺にも北大陸の話を教えてくれ。」

 ラオはそう言って、ガルナンにも握手を求めた。

 ガルナンは少し驚いた様だが、やがてニッコリと笑い、「私でよければ、いくらでも話をいたしましょう。殿下の心遣い感謝いたします。」と手を握り返してきた。

 主君とは違い、ガルナンはかなり社交的で明るい性格のようだ。ニッコリと人懐っこい笑顔が好感をもてる。


 一通りの挨拶を終え、ラオは早くも本題に入る。

「大変な目にあったと聞いている。本当に無事でよかった。

 クスノキ殿をこちらで匿っていて、後で部屋に案内する。彼は大変な怪我をしていたが、今はかなり元気を取り戻している。ただ、足の骨が折れていて、まだ歩けずにいる。杖を使っての練習をしているのだが。ぜひ彼を元気付けて欲しい。」

「クスノキは父上の信頼熱い、ジームスカンの宰相です。助けていただき、本当に感謝の気持ちで一杯です。彼の知恵を無くしてジームスカンの再興はないのでしょう。

 兄のバンブーは、クスノキの留守を狙って父を攫ったのだと思っております。それがどう言う事になるのかも考えもせず・・・、兄が此度の様な恐ろしい事を仕出かして、本当にご迷惑をおかけしています。」

 クスノキの無事を聞かされ、ハチドリは本当に安堵したのだと言う。

「我々はハチドリ殿の、ジームスカン奪還に全面的に協力する。」

 ラオは、ハチドリへの協力を約束した。

 少しの間を置いて、ハチドリは謝意を表しラオの申し出を受け取った。

「・・・恐縮でございます。カントにてカジキ殿に殿下の事は色々聞きました。私と同い年だと言うのに、国の安寧を取り戻すべく行動されていると・・・。それなのに、私は逃げることしか考えていなかった。全くお恥ずかしい話でございます。」

 ハチドリの会話に少し違和感を持つ。ラオはハチドリの自己肯定感の低さが気になった。必要以上に頭を下げるその姿が不安になる。

「殿下、着いたばかりでハチドリ様もお疲れでございましょう。今日はゆっくり休んで頂いて、明朝改めて、クスノキ殿も交えて今後のことを話しましょう。」

 ラオの表情の少しの変化に気づいたのか、ミミズクがそう提案してきた。

「ああ、そうしよう。ではハチドリ殿、ゆっくりと休まれよ。」

 ラオは何故かホッとして、話し合いを終わらせた。


「叔父上、ありがとう。」

 ラオはハチドリが出て行った後、ミミズクの気遣いに礼を言う。

「ハチドリ様は子供の頃から、バンブー殿の影に怯えていたのかも知れませんな。のびのびと育った殿下には、頼りなく映るのは仕方ないのかもしれません。」

 すっかり見透かされている。

「今まで、周りにはいなかった類の人物で、少し戸惑ってしまった。」

 ラオは素直にそう認めた。そしてハチドリから受けた印象を語った。

「決して、嫌悪感が湧いた訳ではないのだ。ただ、気がとても小さい様に見えて、彼をジームスカンの王に盛り立てても大丈夫かと思ってしまった。彼もそれを望んでいない様な気がしてな。」

「俺もそれは感じました。王になる覚悟が出来ぬまま、彼を王座へ祭り上げても良いものかと・・・。」

 ヒツジグモも、ラオと同じような不安を覚えたと白状した。

「彼はジームスカンの王族で、彼しかジームスカンを救える権利を持つ者はいないのだよ。

 彼は確かに聖地へと逃げようとした。聖地に行けば身分関係なく、自分の学問にだけ専念できる環境があるのだろう?ハチドリ殿は本気で王族から離れようと思ったはずだ。だが、彼は戻ることを決意したんだ。それだけでもすごい勇気だと思う。

 元々王位継承権も無く王の後方支援をするにしても、そんなに責任感は持っていなかった筈だ。それなのに、いきなり王座を奪うために戦えと言われたんだ。それはとても恐ろしいことだと俺は思うよ。」

 ミミズクは叔父の顔に戻り、そう諭してきた。そして、「お前から色々話しかけておやり。」と微笑んだ。

「年齢も変わらぬ。そしてお前も同じように父王を謀反で殺された。同じ様な境遇で心が通じる事もあるだろう。ハチドリ殿とお前の違いは、お前は初めから王位に就かなければならない宿命に自覚があった事。ハチドリ殿も覚悟を持たなければならない事は分かっているんだ。ただ、いきなりの変化で恐怖を感じているだけだから、お前が話を聞いてあげるのが良いと思うよ。」

 ラオは、ミミズクの話に頷いた。

「俺が一番彼の境遇を理解して行くべきなんですね。俺がハチドリ殿に向けるべきは同情じゃない。奪われた国を取り戻す為に戦う同志のようなものだと思うのが良いのかも知れない。」


 ハチドリが旅の荷解き、落ち着いたのを見計らって、クスノキの部屋まで案内した。

「クスノキ!また会えるとは思わなかった。」

 ハチドリは部屋に入るなりクスノキの元へと走り寄り、涙を流して再会を喜んだ。クスノキの目にも涙が溢れている。

「ハチドリ様、本当にご無事で良かった。貴方様がいれば、ジームスカンにもまだ希望が見える。本当に良かった。」

 ハチドリは、人目も気にせず泣いて喜ぶクスノキの背中に手を伸ばし、「頼りない僕で、済まなかった。」と小さな声で謝った。

 クスノキは少し驚いたような顔で、ハチドリの顔を覗き込む。

「何故謝る必要があるのです?」

 クスノキの目に不安が過ったような気がした。それはラオが感じた不安と同じものかも知れないと、そんな事を思った。

「ハチドリ様、いきなりの事でさぞかし恐ろしい思いをした事でしょう。しかし、あなたはバンブー様の影に怯えながらも、国を良くしようと産業の発達を密かに研究していたではありませんか。自信を持ってください。」

 クスノキのは優しい眼差しでハチドリに訴えかける。

「そう言って貰えると、嬉しいのだが・・・。」

 ハチドリの煮え切らない言葉が、ラオにはもどかしく思えた。


 夜になり、ニシカゼの報告を聞く。

「カントの町の様子はどうだった?」

 テムチカンの状況を推察するのにも、カントの様子は詳しく知りたい。

「商業の方はなかなか活気はありましたが、前に訪れた時に比べて貧富の差が気になりました。町の通りにもゴミが結構落ちていて、昔は手入れが行き届いていたのに、どこかか歪んできている様なそんな不安定な感じがする町でした。」

 街が荒れている予想はしていたが、それでもやはり腹が立つ。今のテムチカンは、己の懐にしか興味のない連中が魑魅魍魎の如く跋扈しているのだろう。

「それでも、今の状況を憂いている人たちにもたくさん会いましたよ。」

 ニシカゼが自分の緊張を緩めるように微笑んだ。

「カジキ殿と話をしましたが、彼はロジュン陛下の元で働いていた人たちに呼びかけをしています。テムドの取り巻きたちが幅を利かせている中、それを良しとしない人たちに殿下への協力を募っているのです。」

「カジキの行動力はとんでもないな。彼が味方だと言うのは本当にありがたい。」

 ラオがそう言うとニシカゼは大きく頷いた。


「テムドたちがマーマタンへ侵攻しようとしているのは本当でした。」

 ニシカゼは、テムドたちの動向も詳しく調べてきてくれたようだった。

「マーマタンは大丈夫なのか?」

 ラオの表情が曇る。

「アケボノ様は用意周到なお方です。実は、カジキ殿はマーマタンとも密に連絡を取り合っておりまして、どうもアケボノ殿には何か策があるようです。殿下とも連絡を取りたがっていると申しておりました。マーマタンまではかなり遠いですが、タージルハンやカントを経由して早馬を走らせれば大丈夫かと存じます。」

 カジキの話を聞いていたミミズクが、何かを察したようだった。

「アケボノ殿はマーマタンを囮にして、我らが同時に蜂起する機会を作ろうとしておられるのか?」

「そんな、無茶な!マーマタンの負担が大きすぎるのではないか?」

 ラオが慌てる。

「アケボノ様は、勝てると確信しなければ動きません。ですから、そう言う事です。我らも戦いの準備を始めましょう。」

 ニシカゼはそう言って不敵に笑った。



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