アーギタス・ミミズクとの再会8
アオザメは、二日ほど滞在しただけですぐにニシカゼと共にカントへと向かった。
もう少し休んで行けばとラオは思ったが、そんな悠長な話ではないらしい。
「すぐ帰っても、こちらにハチドリ様をお連れするのには、かなり日数がかかります。我々に時間はありません。
まだ確信はないのですが、テムドがマーマタンへの侵攻も考えているという噂もあります。ジームスカンの騒動を早く解決しなければ、大変なことになりそうです。決して相手に遅れをとる訳にはいきません。」
マーマタンが狙われていると言うのはまさに寝耳に水で、もしそれが本当ならヒツジグモたちを早く帰らせなければいけない。ニシカゼをカントへ向かわせている場合じゃないのではないかと、マーマタンの3人に問いかける。
「まだ噂の段階です。我がマーマタンの兵士たちは屈強で、族長のアケボノ様をはじめ御三家の方々は皆、そう易々と相手に負けるような人たちではありませんよ。テムドがマーマタンを狙っていると言う噂は、とっくにあの方達の耳には入っているはずです。それでも何も言ってこないのですから、今は心配いらないと言うことです。」
ヒツジグモは悠然とそう言い放った。
「主君への信頼ということか?」
ラオは目を見開きそう聞いた。
「信頼関係なくして、臣従など出来るはずもありません。」
アカホシもマーマタンの族長たちのことを信じていると言った。ラオにはそれがとても羨ましかった。そして、また一つ勉強になったと一人で感心した。
「さすが、過酷な砂漠で生きる民たちだ。そうやって信頼関係を築きながら昔から生きて来たんだな。」
ミミズクも、彼らの絆に感動したようだった。
「では、ハチドリ様をお迎えに行って参ります。カントではマーマタンの情報も入りやすいかと思いますので、少し聞き込みもして参りましょう。」
ニシカゼはそれだけを言って旅立った。どんな荒事でも解決して来た男である。問題なくハチドリを連れてきてくれるだろう。
ハチドリの無事を知ったクスノキは、生気を取り戻したかのように元気になっていった。
彼の主治医でもあるオニキスは、「食欲もあり、体力もついて来ました。もう大丈夫でしょう。」と微笑んだ。
ミミズクの妻であるオニキスは、聖地に留学の経験がありそこで医学を学んでいる。このアーギタスでもその知識を活かして、町の病院の管理や慈善事業に勤しんでいる。オニキスは、ミミズクにも負けないぐらい市民から信頼され、母の様に慕われている。彼らは夫婦揃ってこの街のシンボル的存在となっているのだ。
「皆様には、本当に感謝いたします。まさかカントまで逃げ延びていたとは。」
知らせを受けた時、クスノキは涙を流しながら喜んだ。
体調が良くなり面会時間が多くなると、ジームスカンの内状をより多く語ってくれる様になった。
「ハチドリ殿は、どう言う人物なのだ?」
ラオが質問する。
「ハチドリ様は、気性の荒いバンブー様とは違い子供の頃から繊細なお子様でした。バンブー様の支持者の中には、ハチドリ様のことを軟弱で王族として頼りないなどと陰口を叩く者もおりましたが、タチバナ王同様、納得するまで相手と話し合うような頑固な一面もございました。必要な武術も一通りは出来る様になっていますし、腕前も決して悪くありません。ただ、いつも微笑んでいる柔和は表情が、軟弱者と見えるのかもしれませんね。
王家のしきたりで、長男が王位を継ぐことになっていまして、ハチドリ様がバンブー様の地位を脅かす様なことは無かった。跡目はバンブー様と決まっていたのに、なぜあの方は待てなかったのでしょう。私はそれが、悔しいやら悲しいやらで・・・。」
クスノキは涙ながらに悔しがる。
それにしても、ジームスカンは文化的な国家だと聞いているが、やはり王族には武術などの力強さが求められるのかと、ラオには少し驚きであった。
「王家は民たちを守る責任がありますからね。テムチカンの事もありましたし、やはり強い王が求められているのかもしれませんね。」
そう言うクスノキは少し残念そうな顔をする。
「バンブー様は、己の腕力に自信がおありですから、なるべく争いを避けたがるタチバナ王やハチドリ様のことを少し見下している様な節もありました。
ただ、ご自身の腕力はすごいのですが、人の話を聞かずに突っ走るところがございまして。しかも、人から煽てられるとすぐ調子に乗る。タチバナ王がいつも将来の事を憂いておいででした。」
話を聞いているだけでも、バンブーの器の小ささが分かる。そして彼を煽てる取り巻きの様子も容易に想像出来た。多分それは父の晩年に、頻繁に催されていた無意味な宴会の様な光景なんだろう。アゲハに初めて会った時の、テムドの取り巻きのいやらしい目つきを思い出し、一人で不機嫌になってしまう。
「俺もタチバナ殿に会ってみたかった。それだけでも、バンブーを許せるものでは無いな。」
苛立ちを隠す事もなく、ラオはそう言い切った。
ジームスカンにいる間者からも、新しい情報が入り出した。
王宮の異変が一般の人たちにも噂になり始めているらしい。王宮が慌てて、タチバナ王が病気で気を病んでいると言い訳をしていると報告が来た。
「病んだ王に政治を任せられないと、彼らの段取りが変わってきた様ですな。民の不満をどう抑えるつもりか、じっくり見守っていきましょう。」
ミミズクがニンマリと笑う。
「市民があまりひどいことにならなければ良いのだが。」
ラオは心配だ。
「市民と言うのは、思いの外逞しいものです。虐殺などの極端な事があれば別ですが、なんだかんだで大丈夫だと思いますよ。
確かに苦しい思いをしていると思いますが、ここで慌てて行動すれば、もっと苦しい思いをさせることになります。」
ヒツジグモはそう言うが、ローギの町の人たちを見ているととてもそうは思えない。
「確かに彼らもギリギリの生活だとは思いますが、殿下が今出来ることはありませぬな。王者というものは大局を見る必要があります。
ただ、彼らの逃げ道は必要かもしれません。ジームスカンへの間者を増やし、望むものがあればアーギタスまで逃げ出す手伝いをさせましょう。他にもローギの町のような連絡がつけられる所にも、難民を迎える準備が出来ていると連絡することにしましょう。」
ミミズクがそう提案してきた。
「それは良い考えだ。」
ラオは、ミミズクの提案を素直に喜んだ。
話し合いの後、ラオはミミズクに相談に乗って欲しいと持ちかけた。ミミズクは少し驚いた様な顔をしたが、すぐにそれを快諾してくれた。
「何か、悩みでもお有りですか?」
ミミズクが、畏まって聞いてきた。
「叔父上、今は臣下としてでは無く年長の叔父として、俺の話を聞いて欲しいんです。叔父上の忌憚なき意見を聞きたい。」
ラオの思い詰めた様な顔つきに、戸惑った表情を浮かべたミミズクであったが、すぐに可愛がってくれていた叔父の顔に戻った。
「何か困ったことでもあるのか?」
ミミズクの問いにラオは静かに首を横に振る。
「俺は本当に恵まれています。今の状況に全く不満はありません。だけど・・・、悩みというか、迷いが消えないのです。」
「迷いとは?」
ミミズクは不思議そうな顔をして、ラオに話の続きを促した。
「俺は、父上からも王とはこうあるべきと教育されて育てられました。国と国民を守り抜くと言う覚悟を持って、初めて王として認められるのだと。その気持ちはずっと持っています。俺は国を平和で豊かなものにしたい。
でも、ここに来るまで色々な人に会い、幸せとはどう言うものなのか少し揺らいでしまっています。質素な生活でも優しく笑う人もいれば、テムドの取り巻きの様に何もかもを手に入れても、まだまだ満足できない様な者もおります。人の幸せとは何だろうって考えてしまうのです。」
色々な人たちの日々の営みを見ていく度に、ラオの迷いは大きくなってきている。
ミミズクは、難しい顔でしばらく考え込んでいたと思ったら、ラオの目をまっすぐ見つめ少し悲しそうな表情で語り出した。
「その迷いは自分で振り切るしか無いんだよ。お前の迷いの答えは、本来陛下の側で学ぶべきものだったのかも知れないな。しかし陛下はもう居られぬ。お前は自分で答えを見つけて行くしかないのだよ。それはもしかしたら答えが出ないものかも知れない。陛下もずっと悩んできたのだと思うよ。
お前の迷いは王者にしか分からないものだと思う。マーマタンのアケボノ殿なら少しは共感していただけるかも知れないが、それでもお前の迷いが消えることは無いだろう。お前は今、この大陸の真の王者となろうとしている。それはとても孤独な戦いになるだろう。その答えを追い求めて行くことこそが王者たる者の宿命なのかも知れんな。」
「孤独に耐えて己の迷いに立ち向かうことが、王者の役目の一つだと言うのですね。それなら、俺はこのままずっと答えを求めて行けば良いのでしょうか?」
ラオは問う。
「その姿勢を、皆に見せて行くことが大事なのかも知れないな。」
ミミズクは何か納得したような表情になって頷いた。
ラオ自身答えは出なかったが、それでも迷う事も王者の役目と言われ少し気持ちが楽になった。
思えば、聖地でロジュンの死を聞かされてから、ずっと張り詰めていた様な気がする。ラオは正直な気持ちを言う。
「力が入り過ぎると、視野が狭くなります。でもそれを補うのも我ら臣下の役目。もし殿下が間違った時には、このミミズクが命をかけてでもお止めいたします。」
ミミズクは臣下の言葉使いに改めながらも、ニッコリといつもの様に優しく笑いかけてくれた。




