アーギタス・ミミズクとの再会7
ジームスカンから何度か報告が上がってきた。
バンブーの狼藉については箝口令が出され、国民には何も知らされていない。その為に人々はいつも通り暮らしている。ただ、目に見えて物資が不足して来ており、物の値段が高騰して人々は不満に思っているらしい。。近郊の村々も年貢の取り立てが厳しく、食べていけないと仕事を探しにジームスカン王都に人が押し寄せていて、治安も悪くなっている。
大陸随一の文化を誇ったジームスカンの都は、このまま終焉を迎えるのではないかと人々は噂し、そんな人々の不満は、今も王宮に健在して居ると信じられているタチバナに向けられていると言う。
「彼らの目的はこれだったんだ。タチバナ王を攫ったことを隠し、人々の暮らしの困窮の責任を王になすりつけようと。全くずる賢いことだ。」
ラオは怒りで目の前がクラクラする感覚に襲われた。
「うまく考えたものですな。このまま搾取を続け、国民の不安を制御出来なくなれば、バンブーが『国民のために父王を倒した。』といえば良いのですから。そうすれば、何も知らない国民にはバンブーが英雄にしか見えなくなる。」
ミミズクが苦々しくそう言った。
「その後ますます酷い搾取が待っているとは知らずに、心からバンブーのことを讃えるのでしょうね。」
半分呆れたような表情であるが、シンジュもジームスカンの行く末に同情しているようだった。
「奴らの悪事を、民たちにどう伝えれば良いのか。下手に攻撃すれば、我らが悪の権化のようになってしまう。
ローギや他も町でも酷い搾取で民たちの我慢は限界だ。急がなければいけないのに、どうすれば良いんだ。」
ラオは焦りで、イライラする。皆に落ち着けと言われるが、テムドに自分の無力さを笑われているような気がして、どうしようもなかった。
「気分転換に、兵舎の訓練でも見学に行きましょう。」
シンジュがそう提案してきた。
「一緒に汗を流すのも良いかもしれませんな。」
オニヤンマも乗り気である。
最初は、そんな場合では無いと渋っていたラオであるが、「自分が指揮する軍を、しっかり見ておく事は大事な事ですよ。」とオニヤンマに諭され、それならばと見学に行くことを決めた。
3人は総督府の隣にある兵舎へ出向く。
総督府にも負けない立派な建物で、裏には広大な庭がありそこを使っていろいろな訓練をしているらしい。
「素晴らしいですな。ここならどんな訓練もできそうだ。」
オニヤンマが目を輝かせて、兵舎の隅々まで見て回る。
「お前のほうが楽しそうだな。」
そう言うラオも、施設の充実ぶりに目を見張る。二人の案内係への質問が止まらない。
「やはり、厳しくもこの恵まれた環境というのが、兵士たちの忠義心へと繋がるのですな。」
オニヤンマは来てからずっと感心している。
ひと通り見回った3人は、タージルハンの兵士たちの話も聞いた。
「ここの人たちには本当に世話になってます。一緒に訓練にも参加させて頂くのですが、何もかもが勉強になりますね。」
兵士たちもここが気に入ったようで、口々に褒め称える。
「軍団長が仕切るガルドの砦にも通じるものがありますね。」
一人の兵士が意外なことを口にする。オニヤンマがあそことは雲泥の差だろうと、首を傾げると、その兵士は続けて言った。。
「確かにあそこはここより狭く、テント暮らしを余儀なくされますが、軍団長も同じ窯の飯を食い同じようにテントで眠る。生活を共にすると言うことは、それだけ信頼し合えると言うことだと思います。私たちは軍団長を心から尊敬してますし、軍団長もそれに応えてくれます。それに近い信頼関係が、この兵舎でも感じられるのです。」
部下にそう言われたオニヤンマは照れているのか、「俺は厳しい方だと思うがな。」とぶっきらぼうに応えた。
「オニヤンマ殿、顔が赤いですよ。」
シンジュがクスクス笑いながら指摘すると、オニヤンマの顔がますます赤くなった。カマキリの一件で見せた戦術の巧みさとは裏腹に、このオニヤンマという男は純粋で真っ直ぐなのだ。
思えば、ラオについて来てくれている者たちは皆同じように、自分の思いと言うものに素直だ。
「それは殿下が自分の信念に対して情熱を持っているからでしょう。貴方は子供の頃から、自分の中にある正義に向き合うように教育された。それは陛下が思う帝王学の一環だったのかもしれない。貴方はそれに応えようと常に努力してこられた。そんな貴方を見ていると、何故か自分も自身の内面と向き合わされるのです。他の人も同じじゃないかな?そしてそれは、王者として最高の素質なのかもしれませんね。」
シンジュがそう言った。大陸中の国々を見て来た彼女にそう言って貰えるのは、素直に嬉しいと思った。そしてそう言うふうに育ててくれた、父王を始めとする全ての人に感謝した。
最後に、剣術の練習試合で何人かと手合わせをして、見学が終わった。
「皆すごい腕前だな。とても心強い。隊列の訓練を見ていても本当に美しい。どんな敵が来ても安心して任せられそうだ。」
ラオは心の底から称賛する。これには他の二人も同意見のようで、「良い軍を育てていらっしゃる。」とオニヤンマが手放しで誉めた。
「叔父上の手腕が生きているのだろう。あの人は昔から人を育てるのが美味かった。俺の教育係だったカワセミもそうだが、我が祖父殿の血筋はみな人を引き寄せる才能がある。祖父殿の教えが確かな証拠なんだろうな。」
ラオはガジュマルに会いたくなった。もっともっと彼の話を聞きたい。今なら、どんな言葉をかけてくれるのだろう。そう思うだけで涙が出そうになった。
「父上にもここを見せて差し上げたいものだ。どれだけ兄上のことを誇りに思うだろうな。私も誇らしいよ。」
シンジュも感慨深そうに何度も頷いている。
兵舎の見学をしてから二日後の午後、カジキからの使いだと一人の男がやってきた。
「カントより参りました、アオザメと申します。」
アオザメと名乗った男は、背が低く痩せ型で釣り上がった細い目と眉、そして薄い唇という、少しのっぺりとした印象の顔付きで、暗い色の着物と黒のももひきと言う動きやすい服装をしている。旅が多いので、日頃から身軽な服装をしているのだろう。
「もうご存知のことかも知れませんが、ジームスカンにて謀反がありタチバナ王が囚われているとの話です。」
カジキたちもジームスカンの話を掴んでいるらしい。
「流石に父上が認めた隠密だな。」
カジキの手腕に改めて感心する。
「実は、カトンの町でタチバナ王の次男であるハチドリ殿を匿っています。」
流石にこれには皆が驚き、、ミミズクが大声を出して問いただす。
「どう言うことだ?今我々はそのハチドリ殿の行方を探していたんだ。なんだってカトンの町なんかに。」
「まさか、聖地にでも逃げようとしたのか?」
カトンはラオたちが聖地留学への船出をした港町である。
「そのまさかでございます。実はハチドリ殿の家庭教師が北の大陸の出身でして、名をガルナンと申します。彼はハチドリ殿とジームスカンを脱出して、聖地まで逃げようと計画していたのですが、北の人間はやはり目立つのでしょう。警備兵に見つかりそうになり、我々が助けたと言う次第です。」
アオザメはハチドリ保護の経緯を説明した。
「ジームスカンは文化的に優れているとよく聞くが、まさか北の大陸の人間まで召し抱えるとは思わなかった。」
ミミズクが感心したようにそう言った。
「彼は、ジームスカンの東の果てトーサック岬の沖に浮かぶ、小さな島の北方系の神殿から来たと申しておりました。なんでも聖地への門という所に行こうと船出したのは良いものの、途中で嵐に遭い、ジームスカンの海岸の村に一人打ち上げられていたのを助けられたと申しております。帰る術が無くなった彼ですが、明るい性格と今まで知らなかった珍しい北の文化が村の人達に受け入れられ、しばらくはそこで暮らしていたのです。やがてタチバナ王が噂を聞きつけて、ハチドリ殿の家庭教師にと召し抱えられたと言っておりました」
ガルバンという男は、波乱万丈の人生を送って来たらしい。聖地で別れた友を思い出し、興味が湧いた。ラオは思わず「一度その者に会ってみたいな。」と独りごちた。
「苦労しているはずなのに、どこか楽観的でなかなか肝の据わった良い男ですよ。」
アオザメはそう言って笑った。
「ハチドリ殿がこちらの手の中にいるとなると、ジームスカンを攻める大義名分が整ったことになるな。」
ラオが少し興奮気味にそう言うと、「カジキ殿の大手柄ですな。」とヒツジグモも嬉しそうだった。
ヒツジグモとカジキは最初から意気投合してお互い信頼しあっていた。カジキが離れた時も、今まで以上に活躍することを確信していたようだった。
「彼らを無事にアーギタスへとお連れすることは可能か?」
ミミズクが質問する。
「その助けを求めて、私がこちらへと参らせて頂いたのです。彼らの護衛にアーギタスの兵を貸して頂きたい。」
アオザメが深く頭を下げながら、そう言って来た。
「それは大丈夫だ。しかし目立つのも行けないから何人ぐらい用意いたそう。」
ミミズクの質問に、「そうですね、出来れば隠密行動にも対応できるような者が10人ほどいれば、問題なくこちらに連れて来れると思うますよ。」とアオザメが答える。
「それならば、私とマーマタンの護衛とでいきましょうか。私ならカジキ殿とも交流があるし、砂漠の兵士は器用になんでもこなせますよ。」
ずっと話を聞いていたニシカゼがそう提案して来た。
「ニシカゼなら心配いらないな。彼なら安心して任せられる。」
ラオもその提案に賛成した。
「ニシカゼ殿の噂は我らにも届いている。確かにあなたなら適任かと思われますな。」
満場一致で、ニシカゼをカトンへ送り出すことに決まった。
彼らが帰るまで2ヶ月以上はかかりそうだと、シンジュは計算する。
「クスノキ殿の回復にも、ちょうどいい時間かも知れないな。」
ラオは、話し合いの結果に満足したように頷いた。




