アーギタス・ミミズクとの再会2
クワガタとの対談の後、大急ぎでアーギタスへ向かう軍団が集められた。
「いよいよ、テムチカン奪還に向けて出発ですな。このオニヤンマ、命に賭けてラオ殿下をお守りいたします。」
早速ガルムの砦から呼ばれたオニヤンマが、胸を拳で叩きながら笑った。ムササビが少し羨ましそうに、オニヤンマを一瞥してから、ラオに留守を引き受ける事を誓う。
「私はご一緒出来ませんが、タージルハンはお任せください。殿下のご武運をお祈りします。」
ラオは出発にあたり、ムササビを町の治安維持と防衛の為の責任者として最高司令官に任命した。
「ムササビはこの国の防衛の要であるからな。俺の留守中はクワガタと共にこの国を頼む。」
王代理と言う中途半端な立ち位置で、無責任だと糾弾されても仕方ない様な身勝手さを恨むでもなく、本当に皆が良くしてくれる。
(タージルハンもマーマタンも、まだ未熟な俺を本当によく助けてくれる。これもロジュンの息子に対する期待の表れであろう。父の名誉の為にも、俺は必ずテムドを倒し、南大陸全体を一つに纏めて行きたい。)
この頃から、テムチカン王都奪還のその先を意識する様になって行ったのである。それは父王ロジュンの悲願でもあった。
最終的な調整で、マーマタンからの3人と護衛達、そしてオニヤンマとタージルハンの100名の兵士が、アーギタスまで同行する事になった。小規模ながら1個隊でミミズクの元へ駆けつけると言う形となり、これは、明らかにテムドに対しての宣戦布告と言って良いだろう。
始めからテムド打倒を目指しているラオにとって望むところではあるが、もう逃げも隠れも出来ないところまで来たとなると、やはり少し恐怖を感じるのもまた正直な気持ちであった。
そんなラオの不安を見抜いていたのか、ヒツジグモが元気付けるように言って来た。
「いっその事、これからは声高々に宣伝しながら街道を行きましょう。今のテムチカンのやり方に不満を持っている者達を、軍勢の中に引き入れて行く作戦です。」
ヒツジグモの言葉に勇気が湧いて、全てがうまくいく様な気になった。ラオは吹っ切れたように笑い、皆に宣言する様に言った。。
「よし!堂々と名乗りを挙げながら叔父上の元へと行こうじゃないか。」
「殿下は私の主君でございます故、何があってもついて行きまする。」
オニヤンマはそう言って豪快に笑い、ラオへの忠誠を改めて誓ってくれた。
旅立ちの日、街の正門にタージルハンの家臣達が勢揃いして、見送ってくれた。
「ご武運をお祈りします。どうか無事にタージルハンへとお戻りください。」
クワガタが、深く深く頭を下げながらそう言った。
「うむ、クワガタには苦労をかけるが、留守を頼んだぞ!国政はカマキリの件でまだ混乱しているが、そなたらもクワガタをしっかり支えてくれよ。俺はそなたらを信頼しているぞ!」
ラオが残される家臣たちに後の事を託し、激励した。家臣たちは皆頭を下げて、ラオの言葉を受け止めてくれた様だった。
「旅立つ殿下に贈り物がございます。」
一通りの挨拶が済み出発直前となった時、クワガタが突然そんなことを言い出した。何事かと思っていると、クワガタの後ろに控えた衛兵が、厚みのある濃紺の布地を持って来る。よく見ると、布には何か刺繍が施されている様である。
「これは?」
ラオが不思議そうに聞いた。
「これはテムチカンの紋章をお入れした旗でございます。時間が無く急拵えで満足のいく物ではございませんが、それでも精一杯間に合わせました。どうぞこの旗印の元、アーギタスまでお進み下さい。」
クワガタはそう言って、真新しい旗をラオに差し出した。
旗を受け取り、ヒツジグモ達に手伝ってもらいながら大きく広げた。深く染められた濃紺に金色の縁取りが施され、剣を振り翳した男が龍の背中に乗っている姿が大きく刺繍されていた。これはまさしくテムチカンの王家の紋章である。
「あなた様はテムチカンの正当な後継者でございます。正々堂々とこの旗を掲げ、逆賊テムドへ立ち向かってください。」
クワガタは、ラオの目をしっかり見つめながらそう言った。
「クワガタ、本当にありがとう。自身も不安なのに、こんな素晴らしい物を用意してくれて・・・。」
ラオは感動で言葉が出ない。
「ラオ殿下の旗に加えて、我らがマーマタンとタージルハンの旗印も高々に掲げながら、堂々とアーギタスへ向かいましょう。それが天命なのだと、テムドに知らしめるのです」
ヒツジグモも感動を隠し切れないのか、少し涙声でそう言った。
「ああ、ここまで皆に愛されている俺は本当に幸せ者だ。だからこそ、絶対に負けられないな。」
ラオはそう言って、ここにいる全ての者に感謝した。
いよいよ出発の時となり、皆は隊列を整え出した。
クワガタがオニヤンマの元へ近づき、「殿下をしっかりお守りするのだぞ!」と言いながら手を差し出してきた。
オニヤンマは、「命に変えても。」とその手をしっかりと握り返した。
その光景にラオは感動する。
「兄弟で信頼し合えるのは良い事だな。父上とテムドにも、そんな心の繋がりが少しでもあればよかったのに。」
今更ながらに、父の無念が思い起こされる。
「本当そうですよね。ロジュン様はテムドのことでずっと心を痛めておられたと聞いています。それがテムドには伝わらなかった。悲しいことです。」
アカホシがしんみりと言う。
「ああ、そして俺はテムド叔父を倒さねばならない。それは父の仇うちの意味合いもあるが、奴らをこのまま野放しにしておいては、民達が不幸になる。これは、次の王として国と国民を守る為の戦いなんだ!」
ラオは改めて決意を新たにする。
「では、そろそろ出発いたしましょうか。」
オニヤンマが笑顔で、そう言った。
ラオは力強く頷いた。
「皆の者!出発じゃー!」
ラオは声高々に号令をかけ、一行はアーギタスへと旅立った。
アーギタスへは、馬を走らせると二十日余りの日程になる。
ラオの考えでは最初、最短の距離を急ぐつもりであったが、クワガタや、アカホシ達に、「時間をかけて村々を周り、味方を募りながら進むのが良い。」と助言された。
「殿下が思っている以上に、カマキリ討伐は周りの人々に知られております。それに、テムドの取り巻き達の傍若無人に不満を抱く人間も大勢いる。
殿下に付いていきたいと思う人間はきっと多いはず。この機を逃すことはありません。人が増えると言うことは、天が味方に付くと同じことでございます。」
なかでも、アカホシが熱心にそう説得してきた。
アーギタスへの道中、最初の3日ぐらいは、ラオたちが警戒していた様な危険な事は無かった。
道中に立ち寄る村々で、駐在しているテムチカンの兵士と思われる者達にも何度か会った事はあるが、こちらに対して何かして来ることも無く、こちらに羨望の眼差しを向ける者さえ少なからずいた。
一行は夜になると、近くにある村の広場を借りてテントで休む事にしていた。ラオがそれぞれの村の代表から、今の現状を聞きたいと望んだのである。ラオが見る限り、立ち寄った村々はあまり活気がある様には見えず、村人達もどこか諦めたような表情なのが気になった。
「テムチカンから長らく離れていたが、あまり裕福そうには見えないな。辺境とも言える場所だからそう見えるのか?でも、アーギタスは今でも大した賑わいだと聞いているし、王都から離れている事は関係なさそうだ。」
ラオは困惑するように、立ち寄った村々の現状を嘆いた。
「民の暮らしは国の勢いと比例するように感じます。言い難くはありますが、今のテムチカンはどうも良くない方向に進んでいる感じはしますね。」
ヒツジグモの言葉が重くのしかかる。首尾よくテムドを倒したとしても、テムチカンの勢いを取り戻す様な力が、果たして己にあるのだろうか?
すっかり不安になってしまうラオであった。そんな様子をヒツジグモが諭す。
「今はテムチカンの奪還を目指すだけです。まだテムドも倒していないのに、今から悩んでも仕方ありません。
アケボノ様の受け売りではございますが、偉大な王者と言う者は壮大な夢を持っているようで、実は足元から着実に進んで行くものだと。そうすれば自ずと次に何をすれば良いのかが分かって来るのです。
今殿下が一番考えるべきは、いかに軍を大きくしながらアーギタスへ向かうかです。村の駐在兵の反応は悪くありません。かなり殿下の噂は届いているはずですよ。」
「そうだな。目の前のことも片付かないのに、もっと先を考えても仕方ない。ありがとう。少し落ち着いて考えられる様になった。」
「殿下の一番の美徳は、人の意見を素直に聞き入れる事ですね。それでいて鵜呑みにするでなく、納得するまで相手の話をしっかり聞く。
本当にあなた様とご一緒できることの素晴らしさを感じます。」
大袈裟に褒められて、赤面する。
「さあ、明日も早い。今日は休む事にするよ。」
ラオは照れ隠しにそう言って、自分の寝床に戻った。
ラオはなかなか寝付けずに、マーマタンに残した人達のことを思う。もうはるか昔の様な気がする。皆に会いたいと、珍しく感傷的になる。
カワセミやガジュマルなら、今のラオにどう言った道を指し示してくれるのだろう。そして、アゲハとセキバは、今のテムチカンをどう見ているのだろう。
ラオはマーマタンに残して来た彼らに会いたいと、強く願った。
(辺境とは言え、テムチカンに入ってことで少し望郷の念に駆られたか。)
ラオは一人、苦笑いをする。




