アーギタス・ミミズクとの再会1
なんだかんだ居心地も良く、タージルハンには3ヶ月以上も滞在してしまった。夏の終わりにマーマタンを出て、もう直ぐ冬になる。ただ、南大陸は全体的に年中温暖で、季節の変わり目はあまり感じられ無い。
「ここには思わず長居をしてしまいましたね。クスノキ殿も首を長くして待っていることでしょう。ジームスカンは今年もギリギリでテムチカンに貢物を納めることが出来たそうですね。ただ、来年の種籾の分まで渡す事になってしまったと、聞いています。噂でしか無いので、行ってみないと分かりませんが、あまり時間はないと思われます。」
カジキが神妙な顔付きで話を切り出したが、ラオも焦っていない訳ではない。
「情報が、なかなか揃わないからな。早く出発したいのは山々なんだが。」
溜息と共にそう言った。
「私を、ラオ様とは別行動とさせてもらえないでしょうか?」
突然、カジキが意を決したような顔をして、そう願い出た。ずっとジームスカンまで同行すると思っていたラオは困惑する。
「なぜだ?何か問題でもあると言うのか?」
ラオは、自分に何か非があったのでは無いかと狼狽える。
「テムチカンの領内の隠密仲間と連絡を取り合って、情報を集めたいのです。私の本来の仕事に戻ろうかと思いまして。」
ずっと一緒にいて忘れていた。カジキは元々、父王ロジュン直轄の隠密組織の者だった。ラオも、聖地で出会うまで存在も知らなかった。王太子にも秘密にされた影の者だったのだ。
「実は、ずっと仲間とは連絡が取れていたのが、最近のゴタゴタでなかなか出来ない状態でして。
カマキリ討伐でも経験なされた通り、戦にしても政にしても、情報が一番大事なのです。相手のことをよく知っていれば、不測の事態にも問題なく対処できる様になります。
ですが、このまま殿下の側でいると、情報が入りにくい状態が続いてしまいます。それならば一度殿下の元を離れて、単独で情報を集めて行くのが良いと思うのです。」
カジキはそう言って、深く頭を下げた。
「俺が邪魔になって、情報を集められていなかったんだな。」
ラオはなんだか寂しくなった。
カジキは「それは違います。」言った。
「隠密行動は本来一人で行うのが良いのです。一人なら自由に行動できますし、秘密保持の為にも都合が良い。
私は、ロジュン様に忠誠を誓いました。その忠誠を誓ったはずのロジュン様に暇を出されたのは、殿下の事を託されたからだと今では理解しています。そして、殿下のお側でお仕えしているうちに、かけがえの無いお方だと心から思う様になりました。殿下を邪魔になんて思うはずはありません。
私が殿下をお手伝い出来る一番の方法は、信頼のできる情報を素早くお伝えする事なのです。ですから、しばらくおそばを離れることをお許しください。」
カジキは優しく微笑みを浮かべ、もう一度深々と頭を下げた。
そこまで言われては、引き止めることは出来ない。
「分かった。気をつけて行けよ。」
ラオはそう言うのが精一杯だった。
「別行動の事お許し頂き、ありがとうございます。とりあえず、王都まで言ってテムド達の動向を探ろうと思います。情報網を駆使して、必ず殿下のお役に立てる事を誓います。」
カジキはそう言って、三度頭を下げラオに感謝した。
二日後、カジキはテムチカンへと旅立った。
「カジキ殿がいなくなるのは寂しいですが、我々も次へと進まねばなりませんね。」
カジキを見送った朝、ヒツジグモがしみじみとそう言って来た。
「ああ、すぐにでも出発したいな。アーギタスまで辿り着ければ、叔父上の助けが期待出来そうだしな。」
ラオは少し焦るようにそう言った。
実は半月ほど前に、ガジュマルの息子でラオの叔父でもあるミミズクから、アージタスで面会したいと連絡が入った。アージタスは蛮族からの最後の砦となる城塞都市で、それとともに、ジームスカンとタージルハンを繋ぐ交通の要所でもある。
先王のロジュンは、そんな大事なアーギタスの街を、義理の弟にあたるミミズクへ託し、総督として全権を与えた。それ以来、ミミズクはアーギタスの街を取り仕切っている。
ミミズクという男は、父であるガジュマルに劣らず豪快で陽気な人物で、ロジュンに対する絶対的な忠誠心を持っている。
年に一度、新年の儀の時ぐらいしか会う事は無かったが、会えばいつも愉快そうに笑いながら、自らの冒険話を教えてくれた。
幼かったラオとセキバは、ワクワクしながらその話に聴き入ったものだった。
「ミミズク叔父には長く会っていないから、本当に楽しみなんだ。」
なかなか出発の準備が出来ないことに、もどかしさを感じる。
すぐにでもアーギタスに行きたいのだが、タージルハンから東に少し進むと、もうそこはもうテムチカン領である。テムドがどこまで考えているのかはまるで分からないが、大人数で進むラオ一行を簡単に見過ごすとは思えない。
トルガの町を制圧し、タージルハン王代理になった事は、既にテムチカンにも伝わっている事だろう。これまでの人数のまま、うまく身分を隠しながら旅を出来るとは到底思えない。
「大人数で進むのが無理ならば、少人数に分かれながら進む方が良いと思うのだが?」
何度もそんな話は出ているが、クワガタが良い顔をしない。今は代理でも、将来王になる可能性の高いラオに、そんな危険を犯させるわけには行かないと言うのだ。それはタージルハンの臣下殆どの意見だと、彼らは主張する。
これから良い関係を築いて行きたいと思うラオにとって、彼らの意見を無碍にする訳にもいかない。その為、どうしても慎重になり、話がいつの間にか有耶無耶になる。
ヒツジグモ達も事情が分かるだけに黙っているが、やはり心の中ではヤキモキしているようだった。
今回カジキが離れたのも、ラオの優柔不断な態度に半ば呆れての行動かも知れない。そう思うと居ても立っても居られないラオであった。
そんな、もどかしい日々を送っていたある日、ミミズクがテムドへの反乱を決意したとの報告が来た。
「ミミズク殿は、周りの街に援軍を求めているとのことでございます。」と偵察に行っていたマーマタンの護衛が教えてくれた。
それを聞いたラオは興奮したように、「半月前、叔父上が俺に会いたいと言っていたのは、この事だったのかも知れない!今すぐにでもアーギタスへ行きたいと思うが、クワガタの意見を聞きたい。」とクワガタに直談判をした。
クワガタは、少し諦めたような複雑な表情で、溜息を吐いた。
「これ以上、殿下を引き止める事は叶わないようでございますね。ずっとここにいて、王に即位していただきたいと思いましたが、致し方ありません。」
クワガタは思わず本音を漏らした。彼は、タージルハンが落ち着くまでここに居て欲しかったのだ。
現王であるカワウソの正気が戻らず、未だタージルハンは不安定である。だからこそラオを引き留めておきたいと言うクワガタの気持ちもよく分かる。
「今はまだ、俺の力不足で苦労をかける。だが、テムドを倒さねば結局安寧は手に入らない。
クワガタの政の手腕は誰もが認めている。俺だってそうだ。ムササビに警備を強くするように言っておくから、すまないが、俺を旅立たせてくれないか。」
ラオはそう言って、クワガタに深く頭を下げた。
クワガタは慌てて、平伏する。
「殿下にそこまで言わせてしまいまして、申し訳ございません。私が不安で覚悟が足りませんでした。
私たちはここでご武運を祈りながら、殿下の帰りを信じて待っています。」
「ありがとう。」
ラオは、クワガタが納得してくれたことに満足し、心から感謝した。
「アーギタスに加勢する形を取るのであれば、こちらからもある程度の軍を連れて行くべきでしょう。」
クワガタがそう提案してきた。
「なるほど。でも俺個人の軍は持っていないぞ?」
クワガタの提案に納得しつつも、兵士を調達する手段がないと、ラオは思った。
それを聞いていたクワガタが、なぜか不満そうに言ってきた。
「ラオ殿下個人ではなく、タージルハンとしてミミズク殿に加勢しようとは、お思いになられないのですか?」
ラオは驚き、「そんなことしても良いのか?」と本気で聞いた。
クワガタは呆れた様に、「お自身の立場をお考えください。」と言った。
「殿下はこの国の王代理でもあるのです。ご自身がそう決められた。それならば、殿下の意思はこの国も意思でもあるのです。
もちろんカワウソ様があの状態ですので、この国は混乱の最中にあると言って良いでしょう。それは間違いない。それ故に、ここで殿下が単独行動を起こされては、他国から要らぬ推測をされる恐れがあります。特に南の蛮族は今でも虎視眈々とこちらを狙っているのです。
ですから、まだこちらには余裕があると知らしめる必要があるのです。」
クワガタの迫力に押されながらも、ラオは納得した。
「では、タージルハンからは誰を連れて行くのが良いと思うのだ?」
ラオがそう聞くと、クワガタはニッコリと笑い言った。
「我が弟のオニヤンマが適任だと思います。」
そうして、アーギタスへ向かう軍勢が整えられることとなり、ラオ達はやっと出発する準備を整える事が出来た。




