タージルハンの乱9
一同が合流して休む間もなく、カマキリの屋敷へと向かう。
町の西側の一番奥に、カマキリの立派な屋敷がある。用心しながら向かうが、途中誰にも会うことは無かった。
「敵の姿が無くなったな。」
裏門の兵士を制圧した後、手頃な倉庫らしき建物に押し込めた。敵兵は100名ほどだっただろうか、裏門で戦死した者も何人か居たようだが、それにしても敵の数が少ない。
「カマキリの屋敷に詰めているのでしょかね。さっきの戦いは、町の防衛にしてはあまりにもお粗末でした。何より司令官のいない軍を見たのは初めてですよ。」
これまで幾度となく戦場を経験したオニヤンマでさえ、この状態は異常だと思うらしい。
いくら時間が無いとは言え、町を守ろうと言う意思がまるで感じられない。あのお粗末な軍隊で、本当にガルド砦を落とせるとでも思っていたのか?
「カマキリは何がしたいのか、まるで分からんな。」
ラオにはまるで理解出来ない。
「もしかしから、カマキリは自分だけ逃げるつもりかも知れませんね。裏門に居た兵士達は、鎧も兜も有り合わせの様なチグハグなものに見えました。あまり規律が守られている感じもなかった。・・・そうですね、後宮で相手をしたゴロツキ達と同じ様に感じたんですよ。そんな軍で謀反が成功するとは、流石に無理があると思うはずですよね。
ならば自分だけ逃げて、テムチカンのウミネコですか?彼に助けを求める可能性はありますね。」
ヒツジグモが難しい顔をしながらそう言ってきた。
「ガルドへの進攻は時間稼ぎだと?ならば、カマキリはこの町に居ないとでも言うのか?
それに、自分が逃げるためだけに大勢の農民の命を犠牲にしてもいいと?それが本当なら許せるもんじゃないな。」
ラオは、カマキリの事になると冷静で居られない。
「我々は後宮の騒ぎから、ずっとこの街を見張っていました。表と裏の門以外に出入りできる所は無い筈です。逃げ出せるとは思わない。」
オニヤンマはそう言い、憶測で判断するのを止めさせる。
「そうなると、ますますカマキリが何がしたいのか分からんな。」
ラオにはカマキリの行動が理解できない。
疑問を抱えながらも、軍勢は屋敷の門の前まで辿り着いた。観音開きの門に警備は付いていなかったが、屋敷の中がなんだか騒がしい。
「どうします。このまま乗り込みますか?」
ムササビが聞いてきた。オニヤンマも頷いている。
「そうだな、行こう。でも全員で行くのはどうなんだ?」
ラオは素直に意見を求める。
「確かに、これじゃあ多すぎますね。では、砦の軍団とマーマタンの護衛の人達とで踏み込みましょう。」
オニヤンマがそう言うと、「それなら我々は、屋敷から逃げる者が居ないように、屋敷の周りを固めましょう。」とムササビも応えた。
「よし、それが良さそうだ。ムササビ、屋敷の周りは任せた。」
「承知いたしました。」
ムササビは軽く一礼をして、王宮の軍に号令をかけた。
ムササビ軍が配置についた事を確認し、ラオ達は屋敷へ踏み込むべく門を破る事にした。
「門はすぐに開きそうか?」
門の近くに立っている歩兵に質問すると、「城門に比べれば、大したことないですね。斧で何度か叩けばすぐに開きそうです。」と答えが返ってきた。
「では、頼む。」
ラオの指示で、さっき城門の閂を叩き折った大男が再び現れ、門の中央めがけて斧を振り上げる。
何度かものすごい音がしたと思ったら、あっけなく門が開いた。
「やはり、凄い力だな。」
ラオは惚れ惚れして、その様子をじっと見ていた。そして一呼吸置いてから、全員に聞こえるような大きな声で号令をかける。
「では、屋敷へ乗り込むぞ!」
「おおー!!」
町に、兵士達の雄叫びが響き渡った。
正面玄関の前に行くと、やはり中が騒がしい。何か混乱が起きているようだ。
何人かの兵士が出て来て、屋敷の扉に手をかける。ギーッと音を立てて扉が開く。鍵は掛かっていないらしい。
「ここに来て、なんでこんなに不用心なんだ?」
ラオが不思議に思う間も無く、「誰だ!」と怒鳴り声が聞こえ、玄関ホールにある階段から、何人かの警備兵がゾロゾロと降りてきた。兵士と言っても、裏門にいた連中のように街のゴロツキと大差無い格好で、領主の館を警護する者には到底見えなかった。
「貴様ら、カマキリ様の屋敷と知ってて、ここに来たのか!」
警備兵達は怒鳴っているが、どうも覇気が感じられない。言われて嫌々様子を見に来た感じで、砦の軍団の姿に恐れを抱いている様にも見えた。
「俺はテムチカンの王太子ラオである。王宮からの要請を受けて、カマキリの討伐に来た。貴様らは王宮に逆らうと言う認識で良いのだな。俺は容赦しないぞ!」
ラオが低く響く声で相手を威嚇する。
「えっ!!」
まさか他国の王太子が直々に来ていたとは思っていなかったらしく、敵は驚きの声を上げる。
「素直にカマキリを引き渡せ!そうすれば貴様らの言い分を聞いてやらないことも無い!さあ、どうする!」
尚も凄んで見せると、ゴロツキ達はヒーともワーともつかない妙な叫び声を出して屋敷の2階の奥に消えていった。そのうち奥の方で言い争う大きな声が聞こえ始めた。
「いったい何なんでしょうね。訳が分からない。」
ヒツジグモが呆れた様に言う。
「先に進みましょうか?何だか揉めているみたいですけど。」
カジキは混乱しながらもそう言った。
「そうだよな。こうしていても仕方ない。オニヤンマ、あの騒ぎは何だと思う?ゴロツキどもが言い争っているみたいだが?」
ラオもどうしたものかと迷う。
「聞こえて来る声で判断すると、カマキリを引き渡すかどうか揉めているみたいですね。とりあえず彼らを追って進みましょう。」
一行は、用心しながらも玄関ホールの中央にある幅の広い階段を登って行く。
「それにしても、家族や他の使用人の姿が無いですな。こうなることを知って、先に逃してあげる様な気遣いのある奴には思えませんが。」
オニヤンマが不思議そうにそう言った。言われてみれば、奥のゴロツキどもの怒鳴り声以外は何も聞こえない。
「自分達で逃げたのかな?」
もう何も考えたく無かったラオは、つい適当なことを言う。横に歩いているカジキが、思わずクスリと笑った。
「確かにこんな異常な戦では、思考を放棄したくなりますね。でも、事が終わるまで気を引き締めていきましょう。」
何度同じことを言われただろう。間延びしたこの状況の時ほどしっかりせねばいけない。分かってはいるが、まだまだ鍛練の少ないラオであった。
2階に上がり、尚も屋敷の奥へ進んで行くと、ゴロツキ達の言葉が理解できる様になって来た。
「テムチカンの王太子はまずいんじゃないか?」
「ラオは国を追われているんだろう?カマキリ様はウミネコ殿に援軍を要請しているって言ってたぜ?」
「でも、今その王太子がオニヤンマと共に屋敷に踏み込んで来たんだ?やばいだろう!」
「カマキリ様はどうしたんだよ!!」
「奥に閉じこもって返事もないんだよ。自分だけ逃げようって腹なのかも知れないぜ?」
なんとも情けない会話が聞こえて来る。
「カマキリという男は、何がしたいんだろうな。」
敵の話を聞きながら、ラオは溜息をついた。
「カマキリと警備兵達に信頼関係は無さそうですよね。」
カジキも同じ様に溜息をつく。一応領主という地域を纏める立場にいながら、何ともお粗末この上無い。
「奴は本当にケチなんです。自分の領地の防衛も安く済まそうと、あんな乱暴なだけのゴロツキに警備を任せているのです。彼らは素行も悪く、町でもいつもいざこざを起こしている。でもカマキリは全く他人事の様に無頓着で、そんなカマキリに警備兵を纏める力なんてある訳がないですな。」
オニヤンマはかなり町の様子を知っていたようだ。この町の防衛力のお粗末さも、想定に入っていたらしい。
「最初からそれを分かっていても、これだけ用意周到にここへ乗り込む必要があるのだな。」
ラオがそう言うと、「そりゃそうです。戦では何が起こるか分かりません。今でも油断は出来ません。」とオニヤンマは言い聞かせる様にそう言った。
多分今回の戦は、本来簡単に終わらせる事が出来る戦いなのだろう。それでもこれだけ慎重に事を運ぶのは、ラオに戦の勝敗を左右する大切なものを伝えたかったのかも知れないと、オニヤンマの思慮の深さにただただ感心することしか出来ないラオであった。
ラオ達が、ゴロツキの集まっている所に辿り着こうとしたその時、何かを打ち破るような大きな音が聞こえた。
一同が顔を見合わせ、走り出す。やがて一行は大きなホールの様な場所に着いた。そこには30名ほどの、興奮した面持ちのゴロツキどもが居た。ラオ達は彼らと対峙したが、どうも争う意思はなさそうである。
ニヤニヤと嫌な笑顔を見せる一人のゴロツキが、「コイツを殿下に渡しますぜ。」と言いながら、一人の初老の男を引き摺り出した。
男は捕まる時に殴られたのか、目の周りに青あざができている。豪華なはずの着物も引っ張られたのかあちこち破れ、惨めに倒れ込んでいる。ラオは、この哀れな見窄らしい男に何とも言えない気持ちになる。
「カマキリ・・・。」
オニヤンマが搾り出す様にそう言った。
外にいたムササビを呼び寄せ、屋敷の捜索を行なった。屋敷の奥で震えている、カマキリの家族と使用人達も見つかった。よほど不安だったのか皆疲れ切っていて、誰も抵抗しようとはしなかった。
後日王宮からの沙汰を待つ様にと、とりあえず見張りを置いて、屋敷の中にそのまま軟禁する事にした。ムササビの隊の中から10名ほど選び駐在させ、後はクワガタをはじめとした文人達に任せようと話は纏まった。
カマキリとゴロツキ達は、流石にこのまま置けないと王宮へ引っ張って行く事となり、タージルハンの乱は決着した。
屋敷を出ると、もう夜が明けて外は明るい陽射しで眩しく輝いていた。
「終わってみれば、なんとも情けない敵でしたね。」
それでも、ヒツジグモはホッとした様だった。
「ああ、でも俺には良い勉強になったよ。」
ラオも少し肩の荷が降りて、微笑んだ。
一行はゆっくりとタージルハン王都まで、帰って行った。




