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暴君ラオ  作者: あーる
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少年期(前)

 ラオは機嫌が悪かった。


「何をそんなに怒っているのですか?」

 セキバがどうしたものかと、困っている。

「父上に群がる奴らが気持ち悪くてな。あんなゴマするしか脳のない奴らに合わせるのが政治なのか?」

 ラオが頬を膨らませながら、父王の不甲斐なさを嘆く。

「それより、そんな畏まった言い方はやめろ。俺も父のようにゴマをすられているような気がする。」

 セキバは笑った。

 セキバはラオ付きの女官の息子で、赤ん坊の頃からずっと側にいる。勉強も武芸の稽古も幼い頃からいつも一緒だった。流石に人前では王太子のラオに対して軽口は言えないだろうが、他に誰もいない時に畏まった言い方をされるのは、何だか寂しい様な気がする。


 今年元服を終えたとはいえ、14歳になったばかりのラオには政治的配慮と言うものは理解できない。

 父である、ロジュンはこの辺りの国々の覇権を握る偉大な王である。人をよく見るロジュンは身分関係なく良い人材を登用し、小国だったこの国をみるみるうちに大きくした。今では大陸の半分はその手中に収めていると言っても過言ではない。

「北の大陸のように一つに纏まれば、戦さが無くなる。なれば、自ずと民が安心して暮らせ、やがて国が豊かにはずだ。」

 ラオが幼い時から、ロジュンはそう熱く語っていた。そんな父を誰よりも尊敬してきたのに・・・。

「最近の父上は、何を考えているのかよく分からん。全く情けない。」

 最近の父王からは、昔の情熱が感じられないことが淋しい。


「もうすぐ、宴が始まる。ちゃんと出席しなければ、また何を言われるか。

 王に側室を送り込んで子供を産ませ、お前の地位を脅かそうとする連中はたくさんいる。王太子と言えど、油断は出来んよ。」

 いつものような軽い口調に戻り、セキバはラオを宥めた。

「全く、下らない。王の座なんぞ要らぬわ!」

 ラオは吐き捨てる。

「お前が王にならねば、いつまで経っても世は乱れたままだ。俺はお前に期待しているんだぜ。」

「ふん!」

 セキバにそう言われても、あまり嬉しく思えなかった。


 ここ一年程になるか、3日に一度は酒席が設けられるようになった。 この辺の小さな国を平定し、しばらくの間大きな戦も無かったからかも知れない。

 (誰もが浮かれ切っている。自分達の私服を肥やすために、父上に取り入ろうとする奴らばっかりでイライラする。)

 父王の横に座り、宴に集まる人々を憎々しげに見回す。

 今日の宴はいつもより華やかで、踊り子達が呼ばれ踊っている。自分の愛妾になりそうな娘を物色しているのか、男どもの目つきが気持ち悪い。

 まだ酒も飲めぬラオにとって、何が面白いのか全く分からない。しらけた気分でなんとなく踊り子達の妖艶な踊りを見つめる。

 しばらく黙って見ていると、周りの歓声と共に一人の少女が出てきた。


 少女はラオと同じぐらいの歳に見えた。派手な化粧をしているが、薄く透けた衣装から見え隠れする体で、まだ子供なのだと言うことがなんとなく分かる。そう見ると目元のあたりもまだまだ幼く、全体的にあどけなさが見えた。

 少女は中央に立つと、腰まで真っ直ぐに伸びた黒髪を揺らしながら、どこか誘惑的な音楽と振り付けで踊り出した。

 体をくねらせ踊る姿が年齢に合っていない様に感じ、居た堪れない気持ちになる。そんな少女を舐め回すように見つめる大人達の姿に、ラオはますます腹が立ってきた。

 

 一瞬、踊る少女と目が合った様な気がした。

(気のせいか?)

 ラオはそう思ったが、違った。少女はまるで睨みつける様に視線を送ってくる。なんとなく同情していたことを咎められた様な気がして、少女から目を逸らしてしまった。

 その時、「この少女を後宮に迎えて見てはいかがですかな?」と、父王に提案する者が現れた。

「まだ子供ですが、将来は美しい娘に育ちましょう。」

 いやらしい目つきでそう話すのは、最近幅を利かせてきた商人出身の貴族の男だ。名前は忘れた。

 父王ロジュンの表情は読めない。

「もし、お好みでなければ私が貰い受けたいものですなあ。」

 男は下品な笑い声でそう言った。


「その娘は俺が貰い受ける!オレの身の回りの世話を頼む事にしよう。」

 ラオは咄嗟にそう言ってしまった。なぜか、この娘は自分が守らなければと感じた。

「おや、殿下はまだまだ子供だと思ってましたが・・・、この娘に興味がおありですかな?

 それなら、お父上の後宮で殿下に相応しい女になるよう教育していただければ宜しいのでは?それなら、愛妾にしてから楽しめますでしょうに。」

 ラオは最低なことを言うこの男を睨みつけ、「バカにしているのか!」と怒鳴り付けてしまった。

「俺はただ、自分の世話役が欲しいと言ったのだ。お前の様なゲスな考えなぞ持っておらぬ。」

 顔が怒りで赤くなる。ラオは掴み掛からんと男に近づこうとしたが、父の言葉で止まった。

「ラオ、席を立つな!」

 ロジュンはジロリとラオを睨むと続けて言った。

「世話役がどう言う意味を持っているのか判っているのか?まあ良い。その娘のことはお前に任せる。好きにしろ。」

 ロジュンはそう言うと、そのまま席を退出した。


 王の突然の退出に、そこに居たものは皆動揺した。

 ラオは宴の気まずい空気にもお構いなしに、娘の手を引きさっさと宴会の場を後にした。


 どこに連れて行けば良いのか分からず、とりあえず王太子付きの女官リンドウへ娘の寝床を用意させる事にした。

「殿下の世話役にですか?」

 リンドウが怪訝そうに聞いてくる。確かに王族の世話役には、後の妃候補となる有力貴族の娘などがなる。踊り子が世話役になるなど前代未聞のことだろう。

「そう言うことだから、この娘のことは頼んだ。」

 ラオにそう言われて、リンドウは優しいいつもも笑顔に戻り了解した。

「分かりました。ところで・・・、この子の名前はなんと言うのですか?」

 そう言われて、まだ名前も聞いていないことを思い出した。宴会場から、そのまま手を引っ張ってきたのだ。名前はおろか、一言も話していない事に気がついた。

「えっと・・・、お前、名前はなんと言う?」

 ラオはバツが悪そうに頭をかきながら娘に聞いた。

「アゲハ・・・、アゲハと申します・・・。」

 透き通った声で、娘はそう名乗った。いきなりの出来事に戸惑っているようだ。二重の大きな目で不安そうに見つめてくる。

 ラオは自分の顔が熱くなるのを感じた。

「と、とにかく、お前は俺の世話役となる。これからは俺の側に居ればいい。・・・そうすればアイツらもお前に手出し出来まい。

 リンドウは俺付きの女官で、俺の宮を纏めている。元々俺の乳母で、俺の母親の様なものだ。彼女にいろいろ聞くと良い。」

 ラオは娘にそう告げた。アゲハは予想外だと言う様な顔をしながら質問してきた。

「私を守って下さるのですか?私は・・・そんな価値はないですよ?」 

 大人の様な口をきくと思った。そこで、年齢を聞いてみたら「今年で14になります」と答えが返って来た。

「俺と同い年なのか?親もこちらに呼んだ方が良かったか?」

 ラオはなおも質問する。

「親はいません。私は孤児で彼らに拾われたのです。将来・・・あの・・・高く売れる様にと・・・。」

 アゲハが言いにくそうにそう言ってきて、ラオは腹が立ち思わす怒鳴ってしまった。

「なんだって?そんな酷いことがあるのか?」

 それを聞いていたリンドウが、穏やかに言い聞かせてきた。

「殿下、皆生きることに必死なのです。そしてそれを利用する人間はどこにでも居るもんですよ。」

 ラオは自分がまだ無力な子供なのだと自覚している。それを突きつけられた様な気になり、やっぱり腹がたった。

 

「おい、何で一人サッサと戻ってるんだよ。ってお前その娘をする気だ?」

 セキバが慌てたように戻ってきた。リンドウが顔を顰めながら、セキバを咎める。

「殿下に向かって何ですかその口の聞き方は!」

 セキバはしまったと言う様な顔をして首をすくめる。リンドウはセキバの母親である。

「良いんだ。俺がそうしてくれと言ったし、今更セキバに畏まられても気持ち悪いだけだ。」

 リンドウは呆れた様にため息を吐き、二人に釘を刺した。

「全く貴方たちは・・・、人前では決して気軽く口を聞くもんじゃありませんよ!」

 リンドウはそう言うと、リンドウの寝床を作る為に行ってしまった。

 

「それで、この娘ををどうする気だ?世話役にするって本気か?と言うかこの娘、なんか怯えてないか?」

「とにかく、俺の世話役とすることに決めたんだ。

 アゲハ、こいつはセキバと言う。お調子者だがいい奴だ。さっき居たリンドウの息子で、俺とは赤ん坊の頃からの付き合いだ。よろしく頼む。」

 セキバの勢いに飲まれていたらしく、しばらく呆然としていたアゲハが我に帰った様に、セキバに挨拶をする。

「アゲハと申します。これからよろしくお願いいたします。」

 アゲハはセキバに挨拶をして、これで良いのかとでも言いたげコチラに向き直って来た。いきなり連れてこられて戸惑っていたが、何か覚悟を決めたのかコチラをしっかり見つめてくる。

(さっきの踊りの時の顔つきだ。)

 ラオは、その表情に自分の心拍数が上がるのを感じた。


 それが後の皇后となる、アゲハとの出会いであった。


 


 









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