タージルハンの乱4
クワガタとの話し合いの後、ラオはヒツジグモに意見を求めた。クワガタからの提案を聞いたアケボノがどう思うのかは心配である。今、アケボノとの関係を危うくさせるような事は絶対に避けたい。
「その申し出はありがたいかも知れませんね。アケボノ様はそういう事も視野に入れていたとは思いますよ。」
ヒツジグモは静かにそう言った。
「アケボノ殿が?」
ラオは驚いたようにヒツジグモを見る。
「カマキリとそのウミネコとやらが繋がって、カワウソ様を誑かしていることは、薄々知っていたと思います。確証は無かったでしょうけどね。アケボノ様は義兄弟が命懸けで守ったこのタージルハンが、奴らにいい様にされている事に我慢出来なかった。それにこのままではタージルハンとの関係に響きます。
タージルハンの安定はアケボノ様にとっても、非常に大事な事だと思います。それ故に殿下がここの王になれば、マーマタンからもタージルハンに介入しやすくなり、都合が良いと考える筈です。」
ヒツジグモは淡々と自分の考えを述べる。
「俺がタージルハン王になるのは、アケボノ殿には都合が良いと?そうなる事を見越して、俺にここへ寄れと言ったのか?」
ラオは混乱する。
「それはあると思います。殿下ならあわよくばと・・・。アケボノ様はそれだけ殿下のことを買っています。」
「なんだか。アケボノ殿に利用された様で面白く無いな・・・。」
ラオはなんだか悲しくなってしまった。
「個人的な問題なら悲しく感じるもの理解出来ますが、これは政です。決して綺麗事だけでは無い。アケボノ様の肩にはマーマタンの民達の人生が掛かっている。あなたも王となればそうなるでしょう。
ロジュン様との友情やあなた様の力になりたいと言う、純粋なお気持ちに嘘はありませんが、マーマタンの族長として国益が一番大事なのも本当の気持ちです。」
ヒツジグモの言っていることは理解出来る。人の上に立つ者として当たり前の事なのだろう。ただ、ラオにはどうしても納得しかねるものがあった。
(経験不足ということか。)
ラオは自分の未熟さに溜息を吐いた。
「経験の少ない殿下が、納得出来ずに悩んでしまう事は、仕方が無い事かも知れませんね。でも。色々悩む事は将来偉大な王になる為に必要な事だと、俺は思いますよ。とりあえずアケボノ様にも報告を入れて、意見を伺おうと思います。」
ラオの気持ちを察したのか、ヒツジグモはわざと明るい声でそう言った。
王宮から正式な招待を受け、ラオ達はタージルハン王宮に滞在する事になった。
トルガからの報告は少しずつしか届かず、未だカマキリの動向は掴めない。ラオの心に焦りが出て来た。気晴らしのつもりだろうか、珍しくアカホシとニシカゼが話しかけて来た。
「殿下があんなに剣術に優れているとは思いませんでしたよ。」
アカホシがニコニコ笑いながら言ってきた。
アカホシはマーマタンのの人間にしては珍しく、細身で肌の色もやや白い。聞けば、父方の祖父が北の大陸の出身だと言う。
「聖地には北の大陸からきた人間が多くいた。なるほど、言われれば北の大陸の人の雰囲気がある。でも何故、北の大陸からマーマタンへ来る事になったのだ?」
ラオは、アカホシの祖父が故郷を離れる事になった経緯に興味を持った。
「私の祖父は、北大陸の皇族を巡っての戦いに巻き込まれ、こちらに逃げてきたと言ってました。」
北の大陸には統一された帝国があるので、争い事とは無縁だと信じていたラオは驚いた。アカホシは静かに笑って「どこにいても人間はそう変わるものではありませんよ。」と言った。
「初めての実戦で、あのご活躍はお見事ですな。」
ニシカゼは笑顔で、そう言った。
「しかし、危うい所をニシカゼに助けて貰った。俺はまだまだだよ。」
ラオはそう言って頭を掻いた。
ニシカゼはミカヅキ家の隊商を護衛しているという事で、普段から荒事には慣れているらしい。あの時も敵全体の動きがよく見えていた様だ。
「俺と殿下とでは経験が違いますよ。いきなり俺と同じように動かれたら、俺の立つ背がありません。
でも、これから幾度も実戦を重ねるうちに、全体を見渡しながら戦う事ができますよ。それだけ殿下の腕は確かでした。」
ニシカゼの様な強者にそう言って貰えると、ラオは素直に嬉しいと思った。ふと、ニシカゼの剣術がラオが習っていたのものとは、形が少し違う事が気になり聞いてみた。
「俺がカワセミに習った剣術とは構えや足の動きが少し違って見えたが、あれはマーマタン流のやり方なのか?」
「俺の剣術は父親に習いました。マーマタンではしっかりとした流派みたいなものは無いです。大体が父から子に受け継がれる感じですかね。だからヒツジグモとも少し違います。アカホシなんかは北の大陸でよく見る剣術の形らしいですし。」
ニシカゼは誇らしげに微笑みながら、マーマタンの父子で受け継がれる剣術の話を聞かせてくれた。
マーマタンの民が勇敢なのは、父子や家族の強い絆があるからかも知れない。砂漠を生き抜いてきた民族の力強さを感じるラオであった。
マーマタンを出た頃はお互い気まずい感じもしたが、やっと二人と気心が知れて本音で話せる様になった。何より、一緒に戦った経験は大きく、あれで確かな仲間意識が芽生えた様な気がする。
「カマキリとの戦闘も避けられそうに無かったし、ジームスカンまでも何があるか分からなかった。だから、あの二人との信頼関係は俺にとって何より嬉しいことだった。」
後にラオがアゲハに言った言葉である。
後宮の騒ぎから5日ぐらい経ったある日、トルガを偵察していた者から報告が来た。
「カマキリの屋敷に近くの農民の男達が集められている様です。その数500人程かと思います。」
「いよいよ動き出したのか。」
報告を聞いたラオは、一度目を瞑り大きく深呼吸をして、緊張や恐怖などの感情で心がざわつくのを抑えた。
早速、ラオ達はこれからの事を話し合った。
「カマキリはやはり兵を集め始めましたね。」
カジキが苦々しい表情で報告を聞いた。
「まあ、分かっていた事ですから。」
カジキと反対にヒツジグモは無表情だ。
「申し訳ございません。カマキリの暴走を止める術がありませんでした。」
クワガタがラオ達に詫びを入れた。
「謝る事はありません。こうなる事は予想出来ていたました。衛兵隊長、兵はどれぐらい集まったのだ?」
ラオの問いかけに、「1000は集めました。いつでも出撃できます。」と隊長から頼もしい答えが返ってきた。
「それでは相手に遅れを取らぬように、我々も動き出すことにしよう。」
ラオがそう宣言すると、会議に参加していたみんなが頷き、ラオに従うと言ってくれた。
「私は軍事はあまりよく分かりませんが、弟が軍人でガルヨの砦の管理をしています。名前はオニヤンマと言います。彼を一度ここへ呼び出しましょうか?」
クワガタがそう提案してきた。
「ガルヨと言うと、父上達が義兄弟の契りを結び、見事この国を守り抜いた伝説の地では無いか。」
ラオは地図を眺め、ガルドの丘の場所を確認した。
「はい、ここからトルガに向かう途中にあります。ガルヨの戦いの後は、南の蛮族からの防衛拠点として砦を築いておりまして、弟がそこの軍団長として駐在しております。危険な動物が多く住む密林の中にある小高い丘で、守りやすく攻め難い、申し分のない砦になっていると弟が言ってました。」
クワガタが説明する。
「そんな大事な場所から、オニヤンマ殿を呼び付けるのはあまり良い事では無いな。・・・、俺がガルヨの砦に出向いたほうが良さそうだ。よし!カマキリの軍勢が動き出すと厄介だ。今からでも行くとしよう!」
ラオの提案にカジキも同調する。
「それが良いと思います。カマキリに遅れを取ってはいけない。」
「ガルヨでカマキリと決着を付けるとなると、英雄ヤマネコ王の伝説の再来となる訳ですか。この国を纏めるにも絶好の機会という訳ですな。」
ヒツジグモも乗り気である。
「では、すぐにでも行くとするか。クワガタ殿それで良いですか?」
ラオはにっこり笑いクワガタに確認した。
「それはありがたい事ですが、準備はどうなされます?」
突然のことにクワガタも驚いたようだ。少し焦った様に聞いてきた。
「ここから馬で半日もしないのでしょう?なら、物資の調達はいつでも出来る。このまま俺達だけで行っても大丈夫だろう。向こうに着いたらすぐに連絡係を送りますから。ヒツジグモ、アケボノ殿の返事はまだ来ないか?」
ラオは勝手に行動したと、アケボノに不況を買うのは得策ではないと思っている。ヒツジグモは大丈だと言ってるが、確証は欲しい。
「多分、明日中には返事が来ると思います。一人伝令を送り、ガルヨの砦に直接来る様に致しましょう。」
「ああ、そうしてくれ。ではガルヨに向かうとしよう。」
衛兵隊長が少し焦ったように、「待ってください。我々も同行いたします。」と言った
「ただ、ガルヨは立地条件はとても良いのですが、とても狭いのです。我々が滞在するには、もう少し準備が必要です。」
隊長はそう説明してくれた。
「ガルヨの警備兵はどれぐらい人数がいるのだ?」
「人数は少なくて、50人程です。」
ラオの質問に隊長は答えた。
「そうか・・・、でも、準備の時間は惜しいな。やはり俺達だけで行く。案内と連絡係のために何人かだけ兵を貸してくれ。それで細かく連絡を取りながら、万全の準備を頼む。」
「承知いたしました。ではその様に致しましょう。」
隊長は、納得したようにラオの指示に従うと言った。
話し合いのすぐ後、早くも王宮の門の前にラオ達一行の姿があった。
「では、出発しよう。皆の者、俺に付いて来てくれ!」
ラオがそう叫ぶと、ラオに従ってきた皆が顔を輝かせ「おー!!」と応えてくれた。ラオにはそれがとても嬉しかった。
(俺の戦いがようやく始まるのだ。)
最初は恐怖すら感じていたラオだが、具体的にどうすれば良いのか決まってくると、腹が決まった。頼もしい仲間もいてくれる。そう思うと不思議なもので、妙な高揚感さえ感じ初陣を楽しみに思える様になった。