マーマタン1
聖地を出発したラオ達の、マーマタンへの道のりは過酷なものだった。
テムド達に見つかる訳にもいかないので、テムチカンより遥か西にある大河マーガの河口より南大陸へと上陸した。
そこは噂通りの湿地帯で、足元が悪く非常に歩きにくい。蚊や蝿・ムカデと言った不快になる虫も多く、さすがのラオ達も辟易した。
湿地帯をやっと抜けたかと思うとその向こうには広大なマーマタン砂漠が広がる。湿地帯とは違い、一応道らしいものがある。砂漠の入り口の村で、アケボノが馬を用意してくれていた。おかげで幾分進み易くはなったが、今度は砂漠の過酷な環境に悩まされることとなる。
昼は西にあるマーサ山脈から吹き下ろされる熱風と砂埃で体力を奪われ、夜は急激に気温が下がり凍える様な寒さでなかなか眠れない。
早くカワセミに会わなければと、気は急くのに中々前に進めない。
「いつになれば、マーマタンのオアシスに着くんだ。」
どうしようもないと思っていても、焦りで悪態をついてしまう。アゲハやセキバも辛いのか、何も言えないでいる。
カジキは何度かここを通ったことがある様で、いろいろ助言してくれるが、如何ともし難い。
南大陸に上陸してから25日目、やっとのことでオアシスの街モウトに辿り着いた。
マーマタンの人々は放牧を生業として、あまり定住することは無い。ただ幾つかあるオアシスには日干しレンガで出来た小さな町があり、マーマタンの人達の安全と情報提供の拠点となっている。
モウトはこの辺りでは一番大きなオアシスで、中央に綺麗な水を蓄えた泉があり、商人達が店を構えたり職人達がいたりと、かなり活気のある賑やかな街だった。
泉の横に、一際大きな建物がある。マーマタンの族長アケボノの屋敷である。
「聖地より、テムチカン王太子であるラオ様をお連れした。アケボノ殿にお目通り願いたい。」
カジキがそう言いながら、屋敷の門を叩いた。
暫くすると、中から人が来る気配がした。やがてゆっくりと扉が開かれ、カワセミとガジュマルが姿を現した。
「祖父殿!よくご無事で。」
ラオはガジュマルの姿に安堵する。しかし、テムドのクーデターがよほどショックだったのか、かつて豪快に笑っていた若々しい姿はそこにはなかった。
「ラオ・・・、よく戻って来てくれた・・・。テムドがまさか兄をこんな形で死に追いやるなんて・・・儂はなんと言っていいのか・・・。」
「俺が必ず王都を奪還します。そして皆が笑って過ごせる国を作ります。祖父殿、俺を信じて見守ってください。」
ラオはそう誓い、ガジュマルを元気付けた。ガジュマルはうんうんと頷き、ラオの手を握った。
カワセミが、目に涙を浮かべて二人の様子を見つめていた。そして、ラオに深く礼をした。
「殿下、お帰りなさい。聖地でしっかりと学ばれたご様子で、お三方とも本当に逞しくなって帰ってこられた。アケボノ殿が、お待ちです。こちらへ。」
カワセミはそう言って、アケボノの所へ3人を案内した。
アケボノと言う男は、2回ほど王宮で会った事がある。いずれもラオがまだ10歳にも満たない幼き頃の事で、その時は厳しそうな人だと思った記憶がある。
年齢は50歳ぐらいで、ロジュンと同世代ぐらいに見える。南方の遊牧民の族長という立場のせいか、肌は日に焼けて浅黒く眼光が鋭い。上下が白いシャツとゆったりしたズボンで、腹に黒い布をベルトの様に巻いている。頭に白い布をかぶり、細かい刺繍の入った細い帯の様なもので固定いている。これが、この部族の服装らしい。砂漠の日差しを避ける為で、聖地の人のマントのような役割を持っているのだろう。
「ラオ殿下、久しぶりになりますな。前に会った時は小さな王子であったのに、立派に成長なされました。
マーガの河口からとなると大変な旅であっただろうに、今日はごゆるりとお休み下さい。」
アケボノが慇懃に挨拶をした。
「此度のこと、アケボノ殿には大変世話になりました。私からも礼を言わせて頂きたい。父上から何か聞いていると言う事なのだが、それはどう言った内容なのですか?」
ラオは、会うなり本題に入ったが、アケボノはニコリと笑った。思いかけない優しい笑顔に少したじろぐ。
「疲れていては、何も出来ますまい。明日の朝にロジュン様からの言伝をお話しして、これからどうするか決めていきましょうぞ。」
ラオは、疲れ切ったアゲハとセキバを見てなるほどと思い、アケボノの提案を受け入れる事にした。
三人は、湯殿で体を洗い用意された新しい服に着替えた。その後、食堂に案内され、共に夕飯を食べる。
そこへ、リンドウが現れる。セキバがリンドウに駆け寄った。
「母さん、無事で良かった。」
セキバはリンドウのかを見て安心したのか、それだけを言って涙ぐんだ。
「カワセミ殿の尽力で、無事王宮を脱出することができました。」
リンドウはそう言って、ラオに深く頭を下げた。
「リンドウ、苦労をかけた。おまえが無事で何よりだ。」
ラオはリンドウに労いの言葉をかける。
「滅相もございません。私たちは陛下をお守りできなかったのに・・・、そんな優しい言葉をかけて頂く資格はございません。」
いつも気丈なリンドウが、涙を見せながらラオに詫びを入れる。セキバが母親の背中を撫ぜる。
「聖地へ向かう前に挨拶した時、父上には何か違和感を感じた。今思えば、父上はあの時何かを覚悟していたのだろう。決してリンドウに責任があるわけではない。父上は大局を見渡せる人だった。何か考えがあって、わざとテムドの手に落ちたのだとも思える。ただ・・・、俺は父上に生きていて欲しかった。」
ラオは自分の力不足が悔しくて、涙が出てくる。
皆の無事を喜んでいるところへ、カジキを伴いカワセミが入ってきた。
「すぐに陛下の言伝を教えてくれるものだとばかり思っておりましたが・・・、流石にこの広大な砂漠の民を治めるだけあって、アケボノ殿はなかなか侮れない人物でございますな。陛下がずいぶん信頼なさっておられたので、心配はないかとは思いますが。」
カワセミは、アケボノという人物を図りかねている様だった。
「確かに、俺の様なガキなぞどうとでも出来そうだな。」
ラオは苦笑いする。
「だが、今はアケボノ殿しか頼りに出来ないし、俺は父上の人を見る目を信じているよ。だからこそ、テムド叔父との間に何があったのか知りたくはあるな。」
「私は陛下の書簡を持って何度もここを訪れたことがあります。実は、テムドが謀反を起こす少し前にもここを訪れ、アケボノ殿に書簡を渡しました。交易の話だとばかり思っていたのですが、もしかして・・・。テムチカンに帰ると私はそのまま陛下に暇を出されたのです。訳が分からず途方に暮れ、そして同じように陛下から遠ざかっておられた、カワセミ様に相談をしたと言うことなのです。」
カジキが、反乱前の話をしてくれた。
「カジキは陛下直属の隠密でした。だから、殿下も王宮で会う事はなかったはずです。無駄な詮索をせず小回りがきくと言うことで、陛下は絶対的な信頼を寄せていたはずでした。ですから急に解雇するのはどうしても解せないのです。わざと私の元へ来る様に仕向けたのではと思っています。」
カワセミがそう付け加えた。
カジキがなぜラオ達を迎えに来たのかは分かったが、それでもまだまだ分からない事だらけである。疲れていて、頭もよく回らない。
「とにかく明日、アケボノ殿の話を聞いてからだ。俺も今日は寝る。ちゃんと休んで、頭が働く様にする事にしよう。」
ラオはそう言い、皆に早く休むように言った。
次の朝、用意された朝食を食べ客間へ向かった。
客間は50人ほどが宴会できるぐらいの広さがあった。調度品などは見当たらないが、床一面に羊毛で出来た豪華な絨毯が引き詰められている。
マーマタンではあまり椅子に座る習慣がないらしく、クッションが円を描くように置かれていた。
入り口から左の奥にはすでにアケボノがいて、その右横には10歳ぐらいの少年が、勇ましい顔つきで胡座をかいて座っていた。ラオはアケボノと対峙する様な形で右の奥の席を案内された。
マーマタンは放牧と砂漠での貿易で力を付けて来た国で、客人を迎える時のしきたりが多くある。これはマーマタンで来客と交渉する時の席順であるらしかった。
10人ほどが客間に集まっただろうか、皆が席に着くのを見たアケボノが声を出した。
「朝から呼び立てて申し訳ない。ここに集まってもらったのは他でもない、テムチカンの混乱をどうするか、皆で話し合いたいと思っている。
昨日、王太子であるラオ殿がこの屋敷に参られた。ラオ殿のお父上であるロジュン様には色々恩義がある故、儂としても力になりたいと思っておるのだが、それについて色々な意見を聞きたいと思って集まっていただいた。」
アケボノがそう言うと、張り詰めた空気が場を支配した。
そして、会議が始まった。




