テムチカンからの使者
留学に来て2年経ったある春の日、テムチカンより使者が来た。王国からの使者と言うことで、月宮に部屋を借り出迎えることとした。
使者はカワセミからの密書を携えて来たと鎮痛な面持ちで言った。嫌な予感がする。ラオは背中に嫌な汗が流れるのを感じた。
「お初にお目に掛かります。私はカワセミ様の密命を受けてまいりました。カジキと申します。」
カジキと名乗った使者は震えながら挨拶をし、続けて鎮痛な面持ちのまま来訪の理由を告げた。
「半月前、テムドの謀反により。ロジュン陛下がご逝去なされました。王座はテムドに簒奪され、テムチカンが混乱しております。殿下には一刻も早くテムチカンへお帰りいただきたいと、カワセミ様の伝言と密書を持ってまいりました。」
ラオはカジキが一瞬何を言っているのか判らなかった。そして意味がわかると、目の前が真っ暗になる様な錯覚を覚えた。膝がガクガクして一瞬よろける。アゲハが慌ててラオをの体を支ええる。
ラオは気を取り戻し、改めてカジキに詳しく話せと促した。
「カワセミ様はは以前よりテムドの動きに疑いを持っており、陛下にご忠告をしていた様なのですが、陛下は聞く耳を持つどころかカワセミ様を遠ざけるようになっておりました。それが今年の新年の儀の頃の事でございます。そして、あろうことか殿下は王太子殿下様のこともお疑いになられておりました。カワセミ様が殿下のことを唆し、王太子様もその気になっていると猜疑心に駆られておられる様でした。
陛下はますますテムドを信頼する様になり、あの商人上がりの者達が傍若無人に振る舞う事を許しておられました。
そして、テムドが王の信頼を裏切り王位を簒奪し、陛下のお命を・・・。」
使者はそこまで言って、泣き崩れてしまった。
「カワセミ殿はなんと言っておる。祖父殿は無事でおられるか?」
焦る気持ちを抑えきれず、ラオはカジキに矢継ぎ早に質問する。
「ガジュマル様は無事にマーマタンに逃れております。豪胆な方ではありますが、此度の事には流石に落胆しておられるご様子です。カワセミ様は今でも陛下の行動に何か訳があると思っておられるようで、『ロジュン様とあろうものが、容易くテムドに靡くとも思えない・・・。何か考えがあってのことだ。』と言っておられました。それでも、此度のテムドの謀反には心底驚かれ悲しまれておいでです。
今は、マーマタン族長のアケボノ様の所へ身を寄せており、王都の奪還を果たすべく、カワセミ様を中心に話し合いをしているところでございます。
そして殿下には一刻も早くテムチカンへと戻る様にと、私がお迎えに参ったと言う次第です。」
ガジュマルが無事と聞いて、少し安心した。それでもまだ何も分からない。カワセミの書簡に、詳しく書いているのかも知れない。
横で顔を青くしながらセキバが叫ぶ。今にも泣きそうである。
「俺の母は?リンドウは無事か?」
「リンドウ様もマーマタンでセキバ様のお帰りを待っておられます。」
それを聞いて安心したのか、セキバはその場で座り込んでしまった。
「カワセミ殿の書簡は今夜しっかりと目を通しておく。そしてとにかく一番早い船で戻ることにしよう。」
ラオはそう言うだけで精一杯で、カジキに出航の日までこのまま月宮で滞在する様に言いつけた。
帰宅して、シャクラムに国に帰らなければならないと説明した。シャクラムはなんとなくそんな予感がしていたのか、驚くこともなくただ三人の心配をしていた。
「急なことで、心配かけて申し訳ございません。まだまだ学びたいこともあったのに・・・、誠に残念でございますが、一番早い船で帰ることになりました。」
ラオの目が悔しさでが滲む。
「こればかりは致し方ないこと・・・、それよりも、お父上のこと誠に残念で・・・。
短くともここで経験したことはきっと役にたつ。だから、君は自分のやる事をしっかり頑張りなさい。私にはそれぐらいしか言えないけれど、負けるんじゃないよ。」
ラオはシャクラムの言葉にただ頷くことしか出来なかった。
その夜、自分の部屋でカワセミの手紙を読んだ。
「ラオ王太子殿下様
突然の出来事でさぞかし驚いた事でございましょうが、リンドウを始め他のものは皆マーマタンのアケボノ殿に匿われており、安全を確保されているので安心されたし。
今は、逆賊テムドに対抗すべく戦力をかき集めておるところですが、なかなか思うようには運ばず、忸怩たる想いでございます。
ただ、陛下ともあろうお方がみすみすテムドの口車に乗り叛逆を許したとは思えず、私も残された皆も戸惑っております。
今となっては何も分からぬ事ばかりでありますが、アケボノ殿が陛下より何か聞いておられたようで、殿下の帰りを待って伝えたいことがあるとの事でございます。殿下に一番先に聞かせたいということで、話の内容は教えてはもらえませんでしたが、やはり、陛下は此度の事を予見し、何かご覚悟があったのやもしれません。
斯くなる上は、ラオ様に早急にお戻りいただき、我らが旗印になっていただきたいと思う所存でございます。
最後に、私がいながらこの様な事になり、誠に申し訳ございませんでした。」
手紙を読みながら、テムチカンを旅立つ前に見せた父親の悲しげな表情が目に浮かぶ。
(父上はあの時もう、何かを覚悟されていたのかも知れない。)
そう思うと己が情けなく、涙が出てきた。ラオは一睡も出来ずに朝を迎えてしまった。
船は二日後にテムチカンへと向かうことが分かった。
テムチカンに帰ると、戦になる事は避けられない。まだ実戦を経験したことの無いラオにとって、それはひどく恐ろしいものであった。セキバは一緒に戦うと言ってくれている。
ラオは、アゲハのことか気にかかる。ここに残る方がアゲハの為になるのかもしれない。そう命令すればアゲハは残らざるを得ない。
(しかし・・・。)
ラオは、アゲハに自分の気持ちを正直に話す事にした。
「アゲハはここに残り、俺が落ち着くまで待っていてくれないか?」
そう言うラオに対して、アゲハは烈火の如く怒った。
「何の為に私を妃に選んだの?私はあなたに付いていくに決まっている。」
アゲハはそこまで言って、深く深呼吸をして王太子に対しての言葉遣いに正して言い直す。
「どうしても残れと言うならば、ここで私を斬り捨てて下さい。私は殿下の妃になる女です。殿下の大変な時に側に居れない様な役立たすの妃なぞ、殿下にとって必要はありますまい!」
そう言いながらラオを睨む目に涙が浮かぶ。思わずアゲハを抱きしめた。
「すまぬ。俺はアゲハが危険な目に遭うのが怖かったんだ。でも・・・、アゲハの覚悟は分かった。一緒に帰ろう。」
「邪魔になるなら、いつでも私を捨ててくれて良い。でも、私はあなたに付いて行きたい。」
アゲハは泣き出した。
「俺はお前を守る。好きな女も守れぬ様な男が王になぞなれるはずも無い。本当に悪かった。」
アゲハは、黙って頷いた。
午後になると、世話になった教師や島の人達に別れの挨拶をしに行った。月宮では体調を崩したアリストと、アリストの後継で最長老に選ばれたタクトスが待っていた。すでにシャクラムから事情を聞いていたらしく、落ち着いてラオを激励してくれた。
「大変な事になってしまって、何と声を掛ければ良いのか。
しかし、おまえ達はここでよく学び友人も沢山作った。向こうでもラオに味方する者も多いと聞いた。おまえ達は決して孤独ではない。だから・・・、私には頑張れとしか言えないが、諦めずにな。」
最後にタクトスは笑顔で見送ってくれた。
「落ち着いたら手紙を書いてくれ。」
トルファはそう言った。
「おまえがテムチカンで手伝えって言って来たんだからな。俺はすっかりその気なんだ。だから・・・無事に闘い抜いてくれ、そして俺におまえを手伝わせてくれ。」
そう言いながら、トルファは泣いた。
「絶対に約束する。俺は絶対に死なぬし、絶対に王座を取り戻してみせる。その時はぜひテムチカンへ来てくれ。」
ラオはトルファ固い握手をして、誓いを立てた。
そして大勢の人に見送られ、三人はテムチカンへと船出した。




