最後の夜
「月が綺麗だ。」
緑色に輝く大きな満月の光が、寝所のテラスに降り注ぐ。
「見事な満月ですわね。」
いつの間に目が覚めたのか、メノウが寝台から起き出しラオの横で外の様子を見ている。
「随分燃えてますのね。」
メノウは関心なさげにそう呟く。
高台にある宮殿から、都のあちらこちらで大きな火の手が上がっているのがよく見えた。
「都の民が恐慌をきたして、暴れているのだろう。」
ラオは、どうでも良いと言い捨てた。
「おや?」
メノウが何かを見つけたようで、愉快そうに笑う。
「どうした?」
ラオが聞く。
「どうも、父の屋敷が燃えているようですの。」
「おいおい、父親だろう?」
ラオは少し呆れたように言うと、嬉しそうに微笑みながらメノウが答えた。
「私は所詮妾の子、あの男は私を利用することしか考えてませんでしたわ。主上にお仕えすることが決まってから、手のひらを返すように・・・本当に気色の悪いこと。
私はあの男が大嫌いですのよ。本当にいい気味ですわ。」
そう言うと、本当に愉快そうにカラカラと笑った。
「お前は怖く無いのか?今なら逃げることも可能だぞ?」
ラオはメノウの顔を覗き込むように言った。
「私は、あなたと最後までいると決めてます。だからこそ遠慮なく好き勝手出来たのですわ。ラオ帝の最期をしっかり見届け、私も一緒に参ります。」
メノウの目に揺るがぬ決意が伺える。ラオは楽しそうに笑う。
「本当に、お前は良い女だ。お前に惚れられただけでも皇帝になって良かったと思う。」
「アゲハ様よりも?」
メノウが意地悪く笑う。ラオは戯けながら嘯く。
「前の皇后のことは良い。今では東海将軍の元で可愛がってもらっている事だろう。」
「彼女も良い女でしたでしょ?」
尚も、メノウは喰い下がる。ラオの目が光る。
「そうだな・・・、俺はこんなに良い女二人に愛された。最高の人生だと思わんかね。」
あまりにイタズラっぽく笑うので、メノウは思わず吹き出した。
「私も、主上と最後までご一緒できるのですから、最高の人生でしたわ。」
二人は楽しそうに笑い合い、最後の時間を惜しむように二人で寝台へと戻っていった。
夜明け前に、ふと目が覚める。横にで眠るメノウは幸せそうに微笑んでいる。
これから何が起きるのかわかっている筈なのに、なぜこんなに穏やかな顔で眠れるのだろう。ラオは不思議に思ってみたものの、自分自身も晴れやかな気持ちでいる事に気がついた。
「俺たちは似たもの同士なのかもしれないな。」
静かに寝息を立てるメノウの寝顔を見ていたら、過去のことが次々と思い出される。
ラオはゆっくりとこれまでの人生を考えていた。