小学校に伝わるゲームババアの噂
挿絵の画像を作成する際には、ももいろね様の「もっとももいろね式女美少女メーカー」を使用させて頂きました。
ソイツに僕が遭遇したのは、放課後で人通りの疎らになった特別教室棟の廊下だった。
「んっ…誰だろう?」
図書室から昇降口へ繋がる廊下のど真ん中に仁王立ちしている人影は、小学校にはあまりにも似つかわしくない風体だった。
長い白髪を振り乱してボロボロの着物に袖を通した、皺だらけのお婆さん。
それは正しく、昔話に出てくる鬼婆そのものだったんだ。
「あっ!あれは、まさか…?!」
「ヒヒヒ…小僧、ゲームを持っているね?」
目があった時には、もう手遅れだった。
ソイツは血走った目を煌々と光らせると、信じられない勢いで間合いを詰めてきたんだ。
「ヒヒヒ!さあ、ゲームを渡して貰おうか!」
「あっ!僕の『トレードモンスター』が!」
大事なゲームソフトをランドセルから抜き取られた事を知った僕は、ソイツを必死で追いかけたんだ。
何しろアイツに盗られた『トレードモンスター』の赤版には、友達と通信交換で貰ったばかりのレアなモンスターが入っているんだから。
もっとも、僕の努力は徒労に終わってしまったんだけど。
「はあはあ…どうして追いつけないんだろう…?」
海老みたいに腰の曲がったお婆さんのはずなのに、ソイツの足は異常なまでに速かった。
自慢じゃないけれども、僕は脚力にもスタミナにも相応の自信がある。
運動会の徒競走やマラソン大会といった走る競技では、いつも大活躍しているんだ。
そんな僕が、こんなお婆さんに追いつけないなんて。
だけど後から考えたら、それも仕方の無い事だったんだ。
何しろソイツは、人間じゃなかったんだから。
「ヒヒヒ…小僧、コイツは貰ったよ!」
そう言うと老婆は、階段の踊り場に設置された鏡の中へと消えていってしまったんだ。
慌てて手を伸ばしたけど、そこには固い鏡の表面があるだけだった。
「返して!僕の『トレードモンスター』を返してよ!」
鏡の表面を必死に叩きながら、僕は入学したばかりの頃に聞いた怖い噂話を思い出したんだ。
僕の学校にはゲームババアという鬼婆みたいな妖怪が潜んでいて、学校にゲームソフトを持ちこんだ子供を襲撃してくるらしい。
そうして一人きりになったタイミングでゲームソフトを引ったくり、追いかけてくる子供を散々からかった挙げ句に鏡の中へ逃げ込んでしまうんだ。
「そ、そうか…あれが噂のゲームババアだったんだ…」
今までは単なる噂話として聞き流していたのに、まさかゲームババアが実在するだなんて。
そのあまりの衝撃に、僕はすっかり打ちのめされてしまったんだ。
それから何処をどう歩いたのか、僕にもよく分からなかった。
気付いた時には、僕は通学路の途中にある児童公園のベンチに腰掛けていたんだ。
「まさかゲームババアが実在するだなんて…それにしても、もう少しでトレモン図鑑を完成出来たのに惜しかったなあ…」
そうして恐怖と衝撃が収まってくると、悔しさと憤りがムラムラと湧いてくるよ。
確かに授業に関係のないゲームソフトを持ってきたのは僕だけど、引ったくり紛いの手口で強奪するなんてやり過ぎじゃないか。
そもそもゲームババアは、何の権利があってこんな真似をするんだろう。
そんな遣り場のない怒りとストレスを抱えた僕の前に、あの人が現れたんだ。
「そこの君、ゲームババアって言ったよね。それって石津川小学校に伝わっている怖い噂でしょ?私、そういう怖い話を調べているんだ。良かったら私に詳しく聞かせてくれないかな?」
長い黒髪をポニーテールに結い上げた、高校生位のお姉さん。
その知的で穏やかな口調と如才ない雰囲気に頼もしさを感じた僕は、今回の一件を打ち明ける事にしてみたんだ。
「成程ねぇ…石津川小に出没するゲームババアは、引ったくり紛いの手口で強奪してくるんだ。博多で確認されたゲームババアは、こそ泥か空き巣みたいな手口を使っていたけど…やっぱり地域差ってのは大きいんだね。」
僕から聞き出した証言に目を輝かせながら、お姉さんは凄い勢いで手帳にメモを書き連ねていた。
その直向きな情熱は、まるで本物のルポライターか新聞記者みたいだった。
或いは、お母さんが喜んで見ている二時間サスペンスドラマの刑事や私立探偵のようだったんだ。
やがて必要な情報は一通り聞き出せたのか、お姉さんは満足そうな微笑を浮かべて手帳を閉じると僕の方へ向き直ったんだ。
「取材への御協力、誠に感謝するよ。情報提供者の君には何か御礼をしないとね…そうだ!ゲームババアに一泡吹かせてみない?大事なゲームを盗まれて悔しいんでしょ?」
「勿論です!あのトレモン赤版には、強いモンスターのデータが沢山入っているんです!」
思わず身を乗り出してしまう程に興奮する僕とは対照的に、お姉さんは至って冷静だった。
「うんうん、分かるよ。すっごく悔しいよね?このまま泣き寝入りなんかしたら、男が廃っちゃうよ。そんな君のリベンジマッチに、お姉さんも細やかながら力を貸そうじゃないの。」
そうしてニコニコと笑いながら、数枚のジュエルケースの入ったビニール袋を押し付けるように手渡したんだ。
何かのゲームソフトが入っている事までは分かったけど、覗き込もうとしたら袋の口をサッと閉じられちゃった。
何か見られたくない物でも入っているのかな?
「その袋に入っているゲームソフトは、ゲームババアを誘き寄せるための囮だよ。明日またゲームババァが現れたら、このゲームソフトを差し出すんだ。パソコン用のソフトだけどゲームに変わりはないから、きっと食い付いてくるはずだよ。」
「えっ…でも、このゲームってお姉さんの物なんじゃ…」
幾ら素直に質問に答えたからって、これは流石にやり過ぎだ。
見ず知らずの人間にゲームソフトを気前良く渡すだなんて、僕だったらとても出来ないよ。
そうして尻込みする僕だったけど、お姉さんは聞かなかった。
「良いから、遠慮しないで。どうせ日本橋のゲーム屋の均一コーナーに並んでいた処分品だから、盗まれたって惜しくないよ。それより私は、それを手にしたゲームババアがどうなるかが知りたいんだ。本当は私自身でやるべきなんだけど、流石に高校生の私が小学校に潜り込むのは無理があるからね。無理に侵入して不審人物扱いでもされようものなら、親や先生から大目玉を食らっちゃうよ。それでなくても、こないだお母さんから叱られたばかりなのに…」
詳しい事情はよく分からないけど、このお姉さんはどうやら何か凄いトラブルを犯していて、親御さんや担任の先生からマークされているみたい。
それにしてもお母さんに怒られるのを怖がっている辺り、あのお姉さんも僕と同じ子供なんだね。
さっきまでの大人びた雰囲気とのギャップが面白いよ。
「そうそう!親や先生で思い出したけど、その袋の中身はゲームババア以外の人に見られないようにしてね。でないと色々と厄介な事になっちゃうから。」
そうして去り際に気になる事を言い残していったけど、正直言って袋の中身を見る気にもなれなかった。
こんな薄気味悪い袋、サッサとゲームババアに押し付けてやろうっと!
次の日の放課後、僕は早速ゲームババアに襲撃されたんだ。
「あっ、ゲームババア!」
「ヒヒヒ…小僧、ゲームを持っているね?ソイツを渡して貰おうか!」
口上も同じなら手口も同じ。
不思議なお姉さんから貰ったビニール袋を、ゲームババァは力任せに引ったくっていったんだ。
「確かに受け取ったな、ゲームババア…よし!」
そうして僕も前日と同様、ゲームババアを追いかけたんだ。
少しだけ違うのは、別に全力疾走しなくても構わないって事。
ゲームババアを見失いさえしなければ、多少は引き離されても問題ないんだ。
「ヒヒヒ…諦めの早い小僧じゃて!このゲームソフトもワシの物じゃ!」
そうして勝ち誇ったような笑い声を残して、ゲームババアは踊り場の姿見の中へ消えていった。
ここまでは、何から何まで前日と同じ。
だけど、それから起きたのは僕にも予想外の出来事だったんだ。
「ゲッ!?なんだ、このゲームは?最近の小学生は、こんなゲームで游んでいるというのか!」
鏡の向こうから聞こえてくるゲームババアの声は、混乱と動揺とで随分と上擦っていた。
先程までの余裕なんか、もう見る影もなかったね。
「ヒィッ!まだいるのか、さっきの小僧!ゲームなら返してやるから、とっとと帰っちまえ!ああ、もう世も末だよ…」
「痛っ!何すんだよ…あっ、僕のトレモンのソフト!」
石礫代わりに投げつけられたゲームソフトが頭に当たったのは痛かったけど、無事に取り戻せたのは何よりだよ。
それにしても、ゲームババアは何に驚いているんだろう。
少なくとも、あのお姉さんに預けられたゲームソフトが原因って事だけは確かだと思うんだけど…
「ほら、この二本もお前のソフトだろ?小僧の癖に、こんなゲームなんかプレイしやがって!」
「えっ、こんなゲーム?ウゲッ…!」
そうして投げ返されたビニール袋の中身を見た僕は、思わず絶句してしまったんだ。
「何々…『桃色洗衣院・北宋美姫の悪夢』に、『学園サディスティック!白百合の散る時』だって…これってアダルトゲームじゃん!」
漢服やブレザーの前をはだけたお姉さん達が悩ましいポーズを取ったイラストが描かれたパッケージは、紛れもなく十八歳未満お断りのアダルトゲームだった。
あのお姉さんが矢鱈と釘を差してきたのも、今となっては納得だよ。
せめて感動必至の純愛系ならまだ良かったんだけど、どちらも相当にハードな凌辱調教物だからね。
こんなのをパパやママや先生に見られたら、僕は一体どうなっていたんだろう。
それを考えたら恐ろしいよ。
だけどゲームババアの方は、僕以上に大変だったみたい。
「ヒイイッ、まだいるのか!この変態小僧!だったら今まで奪ったゲームを全部返してやるよ!」
「うわあっ、おっとと!」
古今東西の様々なゲームソフトが、鏡の向こうから雪崩みたいに押し寄せてくるよ。
他のクラスや別学年にもゲームババアの被害に遭った子は沢山いるみたいだから、これでみんな大喜びだろうね。
ソフトを収納するプラケースが踝に当たって地味に痛いし、ゲームソフトの波に足を取られないように踏ん張るのが大変だけど。
そしてとうとう、ゲームババアの堪忍袋にも限界が来たみたいだ。
「キイイッ!しつこい小僧だね!分かった、分かったよ!この学校からはオサラバしてやるから!こんな変態小僧のいる学校、こっちから願い下げだよ!」
捨て台詞と一緒に最後のゲームソフトを投げつけてきた次の瞬間、鏡の中で仁王立ちしていたゲームババアの姿がスウッと消えていってしまったんだ。
後に残ったのは、ゲームババアが溜め込んでいた大量のゲームソフトだけ。
強くて貴重なモンスターのデータが入った「トレードモンスター」のソフトを取り戻せたのは何よりだけど、化け物から「変態小僧」の烙印を押されたのだけは我慢がならないなぁ…
そうした異常極まる事件の一部始終を報告しても、あのお姉さんは眉一つ動かさなかったんだ。
きっと何もかもが、想定の範囲内だったんだろうね。
「エロ系のアダルトゲームを掴ませたら、やっぱりそういう反応になるんだね。グロ系の成人向けゲームや不謹慎系のアングラゲームを掴ませた時の反応も見てみたい所だけど、石津川小を根城にしていた個体はいなくなっちゃった訳だし…また他のゲームババアを探さなくちゃね。」
そうして僕の差し出したアダルトゲームを受け取ると、よく分からない事をブツブツ言いながら去って行ってしまったんだ。
ただ一つだけ言えるのは、あのお姉さんに目をつけられたゲームババアが可哀想な目に遭うって事だろうね。
果たしてどうなってしまうのやら…