味噌汁と鮭
そんなこんなで、おじさんに連れてきてもらったわけだが……。
キッチンにいる美少女からとてつもない冷気を感じます……!
***
連れてきてもらったのは使い込まれてどこか懐かしさを感じさせるログハウスだった。
おじさんは薪を切ってくると言ってどこかに消え、その去り際に凛にご飯を準備してあげなさいと言った。正直おじさんがいないと凛の視線が絶対零度よりも下になるのでここにいてほしいです。
「………何食べたいの」
「えっ、と……じゃあ、」
「みそ汁と白飯と鮭でいいわね」
「聞いた意味よ」
今の問答は何だったんだ。……って、
「シャケ?ミソシル?ハクハン?なんだそれ」
「……は?え、冗談よね?」
「これが冗談に見えるか?」
凛は頭を抱えた。なんだろ、シャケにミソシルにハクハン。うまいのかな?
恐らく東洋の方の食文化だろう。こちらの方にはないものばかりだ。東洋は昔鎖国していたらしく、その鎖国が解かれて百年ほど後にはもう東洋人は絶滅危惧種に入っていた。この世界でなんだかんだ絶滅していないのは生存本能がとても優秀なのだろう。
そんな僕たちが東洋人の食事なんて知る由もなく……。
「楽しみだなー、上手いのかなー?」
僕は呑気に笑っていた。手伝おうかと聞いたところ「気が散る」と足蹴にされてしまったので、おとなしくテーブルについているのだ。
そんな僕は気が付きもしなかった。凛の瞳が、闘志に燃えていることに……。
***
まさかあの黒豹が和食を知らなかったのには驚きだった。
まあ文化圏も違うし、東洋人なんてほとんどいないのだから当たり前といえば当たり前だが……。
「和食しか食べられない体にしてあげるわよ……!!」
私は腕まくりをして手を洗い、食材を取りに行った。
まずは味噌汁のだしを作っていく。白飯は出来上がるであろう頃に炊き上がる設定だ。
まず鍋に水を張り、昆布を中に入れる。
蓋をしておいて、その間にキャベツとニンジンを切っておく。出汁がある程度取れたら、そのまま野菜を投入。この間にフライパンで鮭をやいておく。タルタルソースはこの前切らしたので塩で、だ。
くたくたになったら味噌を溶かす。この時点でキッチンにはいい匂いが漂い始めた。
続いて豆腐をイイ感じに切り分けて入れる。
横のフライパンからは鮭の香ばしい香りがしてきて、昨日から木の実しか食べていない疲労の溜まった体に今からしみこんでくる。私はつばを飲み込んで、炊き上がった白飯をよそい、鮭をさらにとりわけ、味噌汁を椀に入れた。煮物は残念ながらない。これでも東洋の食事の魅力は十二分に伝わるだろう。いや、伝える。
二人分よそってから机に置くと、向かいの黒豹は捕食者の顔をしてその様子を爛々と見ていた。
私はその様子に背筋の寒気も相まって口角を吊り上げ、自信満々に言い放った。
「できたわ。東洋の伝統的な朝食……どうぞ召し上がれ」
***
「い、いただきますッ!」
すぐに箸をとって掻き込むように食べる。
空腹の身体に、温かいミソシルの出汁が染み渡る。今まで嗅いだことがないのに、どこか安心感を抱かせる匂いを思いきり吸い込みながら、滑らかな豆腐を口に入れた。
続いてハクハンとやら……これは噛めば噛むほど甘くなり、続きが欲しくなる。ふっくらとした粒と、温かい湯気は僕の箸を止めない。
そして、先程からずっと気になっていたかおり……ピンク色をした魚に目をやる。
この匂いは、おそらく塩だろう。皮を食べると、パリパリとした歯ごたえと程よい塩の味が口の中に広がる。これは……絶対にハクハンに会うのではなかろうか。試しにハクハンに箸を伸ばすと、矢張り絶妙なバランスで合う!あっという間に皮を食べきってしまった。もしかすると行儀が悪かったかもしれないが、そんなことを気にしていられない。ハクハンをお代わりし、身の方を食べてみる。程よい歯ごたえと、ほろほろと崩れる身。これもやはりハクハンと合った。最後にミソシルを飲んで心を落ち着かせ、箸をおいた。
「ごちそうさまでした……!」
「どう?和食は」
「……なんで、」
「んー?」
「何で僕はこんなに素晴らしいものを知らなかったんだ!!最高だよ、これからもずっと食べていたい!毎日でも食べたいくらいに美味しい!」
魚は生臭ということで、獣人社会では忌避されている。食べるなんてもってのほかの事だった。まあ、僕は飢えに飢えて食べていたから今更気にしていなかったが。これは、他の皆とも共有したい。このまま埋もれさせてはいけない。
「ねえ、凛!!僕と、店を開かない!?」
「………は??」
***
「これが、僕と凛の出会いだったよね」
「そういえばあったわね、そんな事。それよりもいいの?そんな無駄話してて」
「やっと、開店するんだもんね。あと一分だ」
そう。今日は開店の日。今は店のオープンの時間を待っている状態だ。
「これからたくさん客が来るわよ」
「何でそんなことわかるの?」
「当り前じゃない。ここは私たちの店なんだから。日和らずしゃんとしてなさい、店長?」
「!…そうだね」
3
2
1
「料理屋サナツィオ、開店だ!」