黒豹と美少女、出会う。
少し休もうと思っただけだった。
木漏れ日がきれいだなあ……って優雅にお茶を飲んで、そこらの岩に腰を下ろそうとしただけだった。
しかし、不思議なことに僕の身体はつるっと滑って転がったのである。
因みに開けていた水筒はそれは見事に中身を散らせて先に転がっていった。
わあ、お空綺麗だな―。
ドスッ!!
結構な音を立てて僕はそこに降り立った。というか落下した。とどめを刺すかのように3メートルくらい自由落下したんですが神様僕に恨みでもあるんですか??
「痛……。うーわ結構落ちたな……。」
これ、今日中に山出られんのかな……。この時期、夜の山はまだまだ寒い。水もさっきので零れてったし、荷物は上だ。盗まれないように祈ろう。
その時、ガサッと頭上から___正確には僕は今横たわっているので違うが___音がした。
野生の熊かと思ってそちらを見ると……
「……人間?」
そこには美しい黒髪の少女がいた。
「た、たた」
「た?」
「食べられるーーーー!!!!!?」
***
僕はリリーフ。級友からはリーフと呼ばれている。黒豹の獣人だ。
僕の世界には人間と獣人、そして理性のない獣がいる。
獣人の中にも草食と肉食がいるが、僕は肉食だ。
でも、最近は肉が減っていて……しょうがないから何か野生の動物でも捕まえようと思ってこの森にやってきた。野生の動物は臭くてかたいから好きじゃない。スキキライが激しいんだよ。
つまり何が言いたいかっていうと、僕は人間を食べるためにここには来ていないってことだ。
***
「わかってくれた?僕は人間を食べないんだよ」
先程の体勢からお互い三メートルくらい離れた岩に座りなおして、話をしていた。ずっと「食べられる!」と叫ばれるのはなかなかに苦痛だったので。
「嘘嘘嘘!!だってこんなにもきれいな私を食べないなんて……」
「なに?食べてほしいわけ?」
「そんなわけないじゃない」
と、彼女は言った。確かに、こんなに美しい人間には二度と出会えないんだろうな、と出会った瞬間に思った。自信過剰になってしまうくらいには綺麗だ。黒曜石のように輝く黒い髪と瞳。誰にも踏み荒らされ、土で汚れたことのない雪の色の肌。猫目と整いすぎた容姿は人を寄せ付けなさそうだ。
これは確かに性格もゆがむだろう。
「今失礼なこと考えなかった?」
「別に。とにかく、僕は人間を食べる趣味はない!そもそも生肉が食べられないんだよ」
「ふーん?その割には、さっきからグウグウお腹の虫が鳴いているようだけれど?」
「う……聞こえてたんだ」
「そんなに大きな音じゃね」
そうなのだ。ここ最近の食糧難で、僕は飢えていた。未開の森に入ってしまったのがその証拠。僕のお腹は先程の問答で緊張が解けたせいかひっきりなしに大合唱を始めている。
「君には関係ないだろ」
「いやだわ、私さっきから食べられるかもしれないってこんなに震えているのに」
「どこが??」
「わかったら早くどこかへ行ってくれないかしら」
「そうは言っても、僕ここからの出かたが判らないんだ」
「あら、奇遇ね。私もよ」
「??え、ここ君の住処じゃなかったの!?」
あまりにも慣れているからてっきりずっと住んでいたのかと思っていた。
「こんな辺鄙なところに人間が住めると本気で思ってるの?」
彼女はその綺麗な柳眉をひそめ、呆れたように言った。
「いや、自信満々に言ってるけどそれ一種の遭難じゃないか」
「そうなるわね」
今度は僕が呆れる番だった。
「因みにいつからここに?」
「今朝よ」
「………」
***
獣人が同じ穴に落ちてきて数時間が経った。
「火を起こさないと死ぬわね」
ということで、まずは火起こしだ。
火のおこしかたは原始的なもので、労力がいるから黒豹の彼にやらせることにする。
「君、お願いの仕方がなってないんじゃないの?」
「私、貴方と心中したくないの。あなたにとってもいいことじゃない?」
「はいはい。じゃあ、君は何か食料を準備しておいてくれないかな」
「こんないたいけな美少女を暗い森の中一人で獣と戦わせるつもり……!?」
「君、結構面白い性格してるよね」
「心外だわ」
私からすればあなたも結構な性格よ。
「取り敢えず、木の実でも取ってくるわ。食料はカバンの中にあるにはあるけど、節約したいし」
「了解。なんかあったら呼んで」
頼りになるのかしら。
私があの黒豹を男だと判断したのはあの体つきだが、顔だけ見れば少女だと判断しただろう。
それもかなり容姿の整った。私ですら息をのんだのよ。鏡で自分の顔を毎日見ていたのに。
あの丸くて大きい、けれどらんらんと輝く大きな金色の目。そして黒豹である彼の持ち味である黒とふわふわの耳。肌もきちんと手入れをすれば光り輝く白い肌になるだろう。
「宝のもち癖れね」
準備をし始めた彼の後ろ姿を見ながらそう言った。
一瞬、ほんの一瞬だけ、彼になら食べられてもいいかもしれないと思ってしまった自分を恥じた。
「食べられなくてよかったわ」
***
火の燃焼に必要なものは主に三つ。酸素と熱と燃えるものだ。この三つが一つ欠ければ火はつかなくなる。
「摩擦熱で起こそうかな」
彼女に借りたコットンとベーキングパウダー、そしてそこらへんに組まれていた木の板を二枚用意する。これらを見つけた時、僕は咄嗟にガッツポーズをしてしまった。つまりここには人が来たことがあるんだろ?
さて、話を戻そう。
まず、コットンでベーキングパウダーを包んで巻き、それを木の板二枚でひたすらこすり続ける。
これで完了。あとはその火が絶えないようにするだけだ。ファイヤーロール法というらしい。
「ぜえ、ぜえ、はあ……」
インテリ系の獣人にはキツイっす。
「でも、これで火はついたね………」
僕はその場に座り込んだ。
***
翌日、僕と彼女は木の実でお腹を膨らませて出る方法を探っていた。
「ん?なんだ、凛ちゃんじゃないか」
そこには少し白髪の混じり始めた黒髪の、ガタイのいい男がいた。木こりの仕事だろうか、斧を持っている。
「おじさん」
「帰ってこないかと思ったら、お友達とキャンプに行ってたんだな。少しくらい連絡をくれてもよかったのに」
「えっ?そr…ムググ」
それは違う、と言いかけたら彼女……凛に口をふさがれた。
「ごめんなさい、ちょっと自然を感じようと思って電子機器全部おいてきてしまって」
「気をつけるんだぞ」
「はい」
「ああ、そうだ君。ありがとうね。この子は友達をなかなか作らないから、いるとわかって嬉しいよ。」
話を合わせろ、と横から熱い視線を感じる。こんな形で美少女からの視線を感じたくなかった。
「こちらこそ、リンさんにはお世話になっております。これからもよろしくお願いします」
「いいこだね。あ、私の名前は皇孝志だよ。よろしくね。」
珍しい名前……東洋人か。そういえば、向こうには髪の黒い人間が多いんだったかな。
「僕はリリーフ・テイラーです」
「OK、テイラー君。そうだ!疲れているだろうし、私たちの家にきたらどうだい?」
「お、おじさん、それは……ね、リーフ!」
「せっかくですが、僕は」
ぐうぅうぅううう……
と、何とも魔の悪いことに僕のお腹のムシがまた歌いだしてしまった。
「お腹もすいているんだろう?ささ、遠慮せずに!」
押しに押されて、結局お邪魔することになったのであった。