ダイジなモノ
その日俺は、かつてないほどの不安に苛まれてた。
飢餓訓練を終えた頃、俺はもう首が据わっていた。
いや、首が据わってしまうほど、試練をクリアするのに時間を要した。
それから俺達は、一旦修行を中断して、はいはいの練習に励んだ。
おい、今バカにした奴、はいはいをナメてはいけない。
はいはいができるようになれば、自分で動き回ることができる。今まで自分では何もできず、師匠の言いなり、されるがままだったが、はいはいを習得すれば、近場なら探索することもできる。
逃走や脱出にはまだ心許ないが。
それに、どうやら次の修行にも必要らしい。
そんなわけで、俺は爆速ではいはいを習得し、壁に掴まってたっちの練習まで始めたのだった。
そして五秒くらいならたっちできるようになったある日、ふと気になった。
そう、自分の容姿はどんなだろうかと。
同時に、はいはいの練習中から少しずつ募っていた、違和感の真実を確かめねばと。
好奇心と不安を解消するため、俺は少し足を伸ばして地底湖までやってきた。
地底湖の真上の岩盤には、青白い光を発する鉱石がびっしり埋まっていてとても明るい。
地底湖はその光を反射して、水面が鏡のようになっていた。
まずは四つん這いのまま、畔から自分の顔を湖面に写す。
おぅ...これが俺のニューフェイス。
すんごい美形だ。
肌も髪もやや色素が薄く、どこか儚げで、明るい茶髪と若葉色の瞳が、なんだか妖精みたいだ。
ツンと小さな鼻に、薄く形のいい唇。
長いまつ毛に縁取られた、くりくりのアーモンド型の目。
確かにこれは社長、だいぶ奮発してくれたな。
こりゃあ、将来有望だ。
いやいや、ナルシストみたいに見えるかもしれないけど。
この外見は自分であって自分でないようなものだからね?
他人の赤ちゃん見てるような気分なの!
客観的に見てしまうわけだから、綺麗だったら素直に綺麗って言っちゃうのよ!
...と、言い訳はこの辺にして。
今はもっと重要な任務がある...。
早く確認して、不安を払わねば。
俺は、丁度いい岩の近くまではいはいした。
これまで、一度も自分で着脱をした事がない産着を、苦戦しながらもなんとか脱いだ。
少し怖くて、下を見ないようにする。
生まれ変わってから、俺は汗を除けば一度も排泄をしていない。だから今まで、それを確認する機会が特に無かった。
首が据わって動き回るようになってから、なんとなく違和感があった。
ん?アレ?なんか...え、いや、あるよね?
そんな自問自答を繰り返し、今日やっと、この地底湖に辿り着いたのだ。
いざ!確認せねば!
覚悟を決めて岩に掴まり、立ち上がる。
パッと手を離し、湖に映る自分の身体を素早く確認する。
すぐに姿勢を保てなくなって、ぺたんと転んだ。
立ち上がることが出来ない。痛いとか筋力の問題とかじゃなく、精神的な理由で。
無い.........無い無い無い無い、
無い!!!!
そんな...俺の大事な、ムスコ...
マイサンが、ドーターになってるっっ!!
女の子の...なんて、初めてあんなハッキリ見たわ!赤ちゃんな上に自分のだけど!!
いや、待ってよ??なんで?
なんで俺、女の子になっちゃってんの?
えっ、ムスコって成長過程で徐々に生えてくるものだったりする?
今は女の子に見えるだけで、これからちゃんと立派な男児が生えて来たりする?
う、うん。ぜ、前世でもそうだったかも...。
「何を言っておる?お前は女だろう」
いつの間にか背後にいた師匠が、空気を読まずに俺の希望をバッサリと絶つ。
くっそぉ!やっぱ女なのかよ!!
おぉい!社長ーー!!出てこい!!
なんで俺女の子になっちゃってんすか!?
こんなん!聞いてませんよ!!
ーおや、可愛い女の子になりたいと願ったのはお前ではないですかー
声が聞こえた刹那、地底湖が黄金に輝いて、そこからせり上がり式に社長登場!......派手だ。
いやいや!俺そんな事一言も......、
『だから、その...可愛い女の子に......』
『ああ、なるほど。分かりました』
............アレか。
って結局社長の早とちりじゃないですか!
早く男に戻してください!
「えー。いいじゃないですか、きっと美少女に成長しますよ。モテること間違いなし」
モテるって男にでしょーが!!
男にいくらモテたって全然嬉しくないんですよ!
あれは、可愛い女の子にモテモテになりたいって言いたかったんです!
可愛い女の子になって男にモテモテってどんな嫌がらせですか! 俺は健全な男子ですよ!
薔薇色の人生って、そう言う意味じゃねーよ!
泣き叫んで地団駄をふむ。
ムスコ!ムスコを返してください!こんなの納得出来ない!!
「それはできません」
ぴしゃり、と即座に跳ね除けられる。
そんな...なんでですか?
「我々、神はそう簡単に人に干渉する訳にはいかないのです。今こうしてお前に会っているのも結構ギリギリなんですよ」
そんな、じゃあ...俺は一生女のままなのか?
別に女性を軽んじているわけでも、嫌ってるわけでもない。
どっちかと言えば、そりゃあ好きだ。
でも自分がなりたいかと言われると別問題。
ずっと男性として生きてきたのだ。いきなり女の子になったと言われても、そう簡単に受け入れられない。
俺は脱力したように、地面に蹲る。
はあ、これから俺は女として生きていくのか。男と結婚...とかは絶対ムリだし、ずっとひとりか。
いや、でも、女同士という手も...相手にして貰えるかなぁ...。
とにかく、養うにしろ、ひとりで生きるにしろ、職は大事だよな...。
あー、でもなー。なーんか、やる気出ないんだよなー。タマ無いからかな?
あーあ、モチベーションがなー。
「......しかたありませんね。分かりました。お前が私に勝てるようになったら、特別に男にしてあげますよ」
なにっ?本当か!?
ガバッと状態を起こして、社長を見る。
「ええ。そのためにも、まずは修行をクリアして、良い神になりなさい」
萎えまくっていた気持ちが一気に回復する。
これは、今まで以上に気合いを入れて取り組まなければ。
「私に挑みたければ、そこの龍くらい倒せなくては、話になりませんからね」
よっしゃ!絶対アイツ討伐すっぞー!元々私怨から殺るつもりだったが、これでタテマエもできた。
つまり師匠を倒せば、社長に挑戦できるってコトだろ?上等じゃねーか!
「愚か者め...」
「まあまあ、やる気になったのだから良いではありませんか」
そうと決まれば早速修行だ!
師匠ー!早く次の修行始めてくれー!
「殺そうとしている相手にこうも堂々と教えを乞うとは...図太い奴だな」
別にいいじゃん!細かいこと言うなよ!
はいはいもマスターしたし、どうせそろそろ修行再開するつもりだったんだろ?
「フン。まあ良い、望み通り修行を再開する」
人型になった師匠が、俺に素早く産着を着せ、首根っこを掴む。
首が締まらないように、襟を引っ張っていると、一瞬で景色が変わった。
そのままポイッと地面に落とされる。
いてて...アレ?どこここ?社長は?
今までいた硬い岩盤ではなく、ちょっと土っぽく、触ると手についた。
「ここはデーモンアントの巣だ」
何そのヤバそうな名前。なんでそんなとこに来たのか、ちょっと聞きたくないんだけど。
「ここで戦闘訓練を行う」
はいバカー!はいはいしか出来ない赤ん坊がどうやって戦うんですかー!
「戦うばかりが戦闘ではない。せっかく動けるようなったのだ、逃げ回れば良い」
はいやっぱりバカー!はいはいの機動力を過信しすぎですー!
はいはいで逃げれるとしたら亀くらいだ。
もちろん頭にデーモンとかついてない普通の亀な!
今回は蟻なんだろうけど、結構厄介だと思うよ?蟻には強い酸吐いたり、猛毒持ってるやつもいるって聞くぞ?名前にデーモンとか入ってるし、絶対そう言うタイプのヤバいやつだ...。
「これをやる」
そう言って師匠は、銀色の小さなリングを取り出し、俺の腕にはめた。
精緻な模様が刻まれた美しいブレスレットだ。
何これ、御守り?もしかして、サバイバルグッズとか?
「魔力を封じる腕輪だ。これをつけていれば魔力による補助が一切出来なくなる」
なんだその足引っ張りまくる腕輪!最悪じゃん!
......何これ全然外れないんだけど!最悪じゃん!!
「まずは、魔力に頼らず体力をつけろ」
まずはって!普通そういう時って軽いランニングとかから始めない?まあ俺今走れないけど!走れないからこそって言うかね?死んじゃうから!
「もう良いかなと思ったら迎えに来るから」
何そのフワッとした基準!ってか、待って、こんなとこに俺ひとり置いてくつもり?
あっ!ちょっと待って!死んじゃうってば!!
無常にも師匠はあっさりと消えてしまった。
鬼畜!ひとでなし!脳筋トカゲ!!
あぅあぅと抗議の声をあげていると、背後でシーッと音がした。同時に気配を感じる。
いや 、背後だけじゃない。薄暗闇の中無数に光る真っ赤な点。
囲まれてる。
それは点ではなく目。皆、獲物を観察していた。
その内のひとつが、ゆっくりとこちらに近づいて来る。
硬い表皮が擦れる音を立てながら現れたのは、
体長十メートルはあろうかと言う巨大な蟻だった。
でっ、でかすぎぃーー!!!!
こうして、第二の地獄が幕を開けた。
こんな下ネタ回ですみません( ˊᵕˋ ;)
誤字脱字、教えていただければありがたいです。
素人文ですので、意味違いや不適切な表現等あるかもしれません。
その際もこっそり教えていただければ^^
できる限り対応致します!