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歌いて、あなたを思う







 ユラがリザードマンの孤島を訪れるようになって数年の月日がたった頃、島に、一隻の船がやってきた。

 それは、何年か前に島を発った、探索船だった。


「大きな陸地を見つけた」


 リザードマン達は、彼らの帰還をいたく喜び、何日も宴が続いた。

 だけどスーヤンは、喜びながらも、なんだかぼんやりする時間が増えたように感じた。

 ユラは彼を元気にしたくて、たくさん歌ったが、いつものように褒めてくれる彼は、どこか泣きそうな顔に見える。


「リザードマンが、北の陸地に移るそうだ」


 ある日、長がみんなを集めてそう言った。


「準備にはまだ時間がかかるらしい。懇意にしている者には、今のうちにしっかり別れを告げておきなさい」


 ユラは、目の前が真っ暗になったように感じた。


 嫌...そんなの嫌。彼とお別れなんて...。


 きっとスーヤンはここに残ってくれるはず。

 そう思って、彼の元に泳いだ。


「...すまない。この島はあと数十年もすれば、完全に沈んでしまうんだ」

「御守りがあるわ!それがあればスーヤンと一緒に...」

「ユラ」


 その声は、いつもより幾分硬く感じた。


「旅は危険を伴う。一番強い俺が、行かない訳にはいかないんだ」


 ユラは涙を止めることが出来なかった。

 こんなに悲しいと感じるのは、寂しいと感じるのは初めてだ。

 ひとりになる訳じゃない、長たちや、ミラだっている。

 なのに、彼と会えなくなると思うだけで、どうしてこんなにも、身を削られるように寂しいのか。


「...好き」


 いつの間にか、口からこぼれていた。

 丸い頬を流れ落ちるユラの涙を、スーヤンが舌を這わせてすくう。

 そんなことをされたのは初めてで、驚いて彼を見上げた。


「僕も君が好きだ」


 今度は唇を舐められる。

 そのまま地面にユラを優しく寝かせると、見えない彼女の形を確かめるように、優しく手でなぞった。


「君をもっと知りたい」


 その日初めて、ユラはスーヤンと身体を重ねた。

 初めはどういう行為なのか分からなかったけど、彼とひとつになる時、痛くて、幸せで、これは愛し合うということなのだと思った。

 ユラ達は、それから時間の許す限り、逢瀬を重ね、手を繋ぎ、たくさん話をして、何度も抱き合った。

 ひとつになっている間、二人は寂しさを忘れられた。


「なあ、ユラ...」

「ぅん?」

「僕と......」


 そこまで言うと、スーヤンは黙ってしまう。

 しばらく待つと、にこ、と笑った。


「北の大陸に行っても、僕とまたあってくれるか...?」


 それを聞いて、別れは近いのだと思った。

 同時に、離れたっきりじゃないという彼の言葉が嬉しかった。


「会いに来て。絶対よ」

「ああ...」


 けれど、いくら待っても、彼が会いに来てくれることはなかった。




「お前たち、無様な真似はよしなさい」


 震えながら這い蹲る戦士たちに、長が一喝した。


「たとえ人間でも、あの者は紛れもなく私達の恩人、これ以上失礼を重ねるのはよしなさい」


 自分が言えたことではいと理解しながらも、恥じることなく、長は堂々と告げた。


「ユラ、海に道は無い。彼らを送ってあげなさい」


 長はユラを振り返って、言った。

 私はコクリと頷いて、マサキ達を追った。


「ユラ...悪かったね」


 後ろで、長がそう言った気がした。


「ユラ!今度は私も一緒に行く!」


 ミラはそう言ってきかなかった。

 思い切り飛ばして、マサキ達の背中を追った。


「マサキ!待って...!」

「...ユラ?ミラも」


 マサキ達がエンペラースクイットを掴んで泳いでいたため、すぐに追いつく。


「ごめん!マサキ!私たちを助けてくれてありがとう!」


 振り向いたマサキに、なりふり構わず、心の内を大声で告げた。

 あまりに拙くて、幼稚にさえ聞こえる言い方になったが、マサキは少し驚いたあと、大層嬉しそうに笑った。


「そっか。よかった」


 何故だろう。いつの間にか目が熱を持っていた。

 マサキの喜ぶ顔が、嬉しそうなのに、寂しげに聞こえたからだろうか。


「マサキ、アサヒ、グレン...あなたたちは私たちの英雄だよ!」


 ミラが、マサキにぎゅうっと抱きつく。

 マサキは照れているのか、顔を赤らめて慌てていた。


「む、胸ッ...」

「さあ、帰り道分からないでしょ?送ってくわ」

「あ、はい」


 マサキたちを連れて、ユラはテチュビジュンへと泳ぐ。

 リザードマン達の新しい、安寧の都。

 ユラはいつの間にか、歌い出していた。

 遠い昔のあの日、彼が好きだと言ってくれた歌。

 テチュビジュンの海岸に着くまで、ずっと。

 最愛の彼を思いながら。




「本当にありがとう」


 テチュビジュンに着いた時、月の光が明るい夜だった。

 ちょうど丸一日くらい、マサキたちは海底にいたようだ。


「あ、そうだ。...これ、ありがとな」


 マサキがグレンからペンダントをとって、ユラに返した。


「ああ、これはもう...」


 必要ないからあげる。そう言おうとして、やっぱりやめた。

 別れの日、彼に渡しそびれた御守り。もう、彼がつけることはなくとも、大切な思い出の品にはかわりかなった。


「じゃあ、行くな」

「あっ、うん」

「ありがとう!じゃあね!」


 隣でミラが屈託なく別れを告げる。

 彼らはスイスイと崖を登って言った。

 言いようのない、寂しさに襲われた。

 もう、彼らには...。仕方がない、恩人にあんな態度をとって、また会ってくれるはずもなかった。


「ユラ!ミラ!またな!!」


 崖上から、大声が響いた。

 見上げると、マサキが手を振っていた。


「うん!またね!」


 ミラが笑顔で手を振っている。

 返事の代わりに、すうっと息を吸って歌を歌った。

 別れを惜しんで。感謝を込めて。再会を願って...。


 ねえ、スーヤン。あなたはどんな人生を送ったの?

 最期は誰といた?

 私、ほんとは、一緒に連れてって欲しかったけど、拒絶されるのが怖かったの。


 あなたともう会えないなら、あの幸せな時に、私は死んでしまいたかった...。


 誰にも明かすことのない胸の内が、歌声に混じって海に溶けた。






 遠い昔。この地には、盲目の戦士がいた。

 暗い海のような、彼は珍しい鱗と、白い瞳から深海の月と言われていた。

 盲目ながらも、リザードマン一の槍の名手だった彼の番になりたいと言う者はたくさんいたが、生涯独身を貫いた。

 槍に人生を捧げたのだと言われているが、真相は分からない。

 ただ、ふとした時、波打ち際で海の音に耳を澄ませていることがあったという。

 彼は次の戦士たちを育て、リザードマンの護り手としての役目を終えると、ひとり海へと発った。

 目も見えず、決して若くない彼に、皆、無謀だと反対したが、彼を止めることは出来なかった。


「約束を果たさぬまま、ここにいることはできない」


 そう残して、二度と彼が帰ってくることはなかった。

 最期に見た彼の顔は、これから無謀な旅に発つとは思えないほど、喜びに満ちていて、遠く、南を見つめる、何も映さないはずの瞳は、愛おしげに細められていた。


 彼が人生を捧げたのは、遠い海にいる、ただひとりの愛する人だったのかもしれない。


 その思いが、たとえ誰にも届かぬとしても。






第三章「水底に沈む都」終了です!


誤字脱字、教えていただければありがたいです。

素人文ですので、意味違いや不適切な表現等あるかもしれません。

その際もこっそり教えていただければ^^

できる限り対応致します!

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