エンペラースクイット
間近で見るエンペラースクイットは、まさに山のようにデカい。赤黒い体表に、ギョロリとした金色の目は着いている。
この身体にしてみれば、グレンの矢も、人魚の槍もささくれみたいなものだろう。
かなりの本数、矢を打ち込んでいるが、ほぼ効いていない。
ーグレン、後は俺がやるから、電気耐性ないなら、お前も結界の外に出るなよ?ー
ーお前はどう戦うつもりなんだー
ー拳でボコボコにするー
相手はイカだが、タコ殴りにしてやる...なんつって。
ーつまり力任せのノープランという訳かー
ーうんー
ものは試しと、近づいて、イカの頭を殴りつける。
イカはバコッとふっ飛んで、岩壁にぶつかってめり込んだ。
うーん、やっぱり水中だと踏ん張りが効かない分、純粋な腕力になっちゃうからな...。
殴る蹴るだけだと厳しいか...?
「おっ?」
考え事をしていると、脚が伸びてきて、身体を締め上げてくる。
「うおぉ、ぬるぬる」
それ以外に特に感想は無かった。
効いていないことを悟ると、今度は脚から放電する。
「あ〜、髪が逆立つ〜」
黒焦げになってもおかしくない電圧だが、すでに師匠が拷問済みなので、何の問題もない。
さて、ここで少し意地悪をしてみよう。
俺は体内の魔力を使って、体温を上昇させる。
一秒も掛からず、百度まで体温が上がった。
あまりの暑さに、イカは驚いて脚を引っ込めた。
俺が触れていた部分は確実に大火傷だろう。
この物理的に熱血の拳で成敗と行こうか。
「来い!アサヒ!」
近くで待機していたアサヒを呼ぶ。
「ご飯の時間だ」
マサキの、四分クッキング〜!
まずは、体調二百メートル程のイカを用意しましょう。
次に、身体の熱を手に集中させ、さらに温度を上げます。触れている海水が、ボコボコと沸騰してきたらOK。
それでは荒れ狂う脚に、高速で張り手を入れ、火を通していきます。
手のひらはかなりの高温になっているので、焦がさないよう素早く焼き色をつけていきます。
沸騰した海水で、しっかり中までボイルしていきます。
全ての脚に火が入ったら、イカはほぼ動けなくなるので、脚を一本ずつ手刀で根本からカットして完成です。
「磯香る、ゲソ脚の海水焼き、召し上がれ!そしていただきます!」
アサヒと一緒に、大木のようなイカの脚にかぶりつく。
うん、やっぱ海水が入ってきてキモいし、なんかふやけてるし、塩辛くてマズイ。
しかし、お残しはポリシーに反するので、無心で平らげた。
迷宮にいた頃なら、美味しいと思えただろうが、ビリウスや大虎屋の飯を知ってしまった今、この料理を美味しいと評価することは出来なかった。
「ご馳走様でした」
さて、残ったこいつをどうするか…。
動けなくなってしまった、イカを見上げた。
イカが何やら、一点に魔力を集中させている。
最後っ屁に巨大電撃でも放ってきそうだな。
ー今までとは比べ物にならない電撃が来るぞー
脳内で解説する先生に「やっぱりね」と思った。
なんにせよ、電撃なら問題ない。
ーなあ先生、こいつ殺したほうがいいか?ー
ーどういう意味だ?ー
ーいやあ、もう脚もないしさ、そう悪さもできないかなってー
先生が驚愕に黙り込む。
ー何を馬鹿なことを!こいつはまだ魔力が使える!脚だって数百年もすれば生え揃う!再び目を覚ました今、仕留めないでどうする!ー
頭の中でガンガン怒鳴りつけられた。
俺は元々殺生を好まない。命を取るなら、残さず食うと決めている。
正直こいつは、食べたいと思わないし、危険がないなら見逃してやっても良いかと思ったのだが...。
まあ、脚を全部もぎっておいて、偽善だよな。
「わかったよ、ちゃんと残さず食ってやる」
覚悟を決めて右手に熱を集中させると、イカに向かって泳いだ。
突っ込んでくる俺に向かって、イカが最期の電撃を放った。
バチバチと直撃した電撃を、身にまとったまま、数千度まで熱した拳を突き出して、イカの眉間を貫く。
瞬時に焼け焦げ、炭化したイカの身体は、先程までの硬さが嘘のようにもろく、いとも簡単にその額に風穴を開けた。
イカは、もがく事さえ出来ずに絶命する。
海底の生ける伝説、エンペラースクイットは暗い海の中、長い生に終わりを告げた。
「戻るか」
エンペラースクイットを片手に、俺とアサヒは都まで泳いだ。
結界のすぐ側で、人魚の戦士とともに、グレンとユラミラ姉妹が待っていた。
「この通り、エンペラースクイットは俺が仕留めた!結界も復活した!この都の危機は去った!」
片手に掴んでいた超巨大イカを掲げて、高らかに宣言した。
歓声を期待したのだが、目と口を見開いたまま、ポカンとしている。
え、アレ?なんかちょっと引いてる?
「......なんという強さだ...」
「逆らえば、我らも...」
「我らはなんという仕打ちを...」
顔面蒼白になった人魚達は、ギクシャクとひれ伏した。
「おお...お許しを...」
「何卒...我らに慈悲を...」
その目に浮かぶのは、歓喜よりも、感謝よりも強い、畏れ。
つい先刻まで虐げていた事。あまりにも自分たちとかけ離れた力を持っていること。かつて自分たちを絶滅の危機まで追い詰めた、人間という種族であること。
それ等が大きな畏れとなって、今自分に向けられている。
ああ、どうあっても俺では、この都の英雄にはなれないんだな。
「グレン、帰るぞ」
「...ああ」
俺は結界の中に入ることはせず、グレンを連れて都を後にした。
「...ハーレムへの道は遠いな」
誤字脱字、教えていただければありがたいです。
素人文ですので、意味違いや不適切な表現等あるかもしれません。
その際もこっそり教えていただければ^^
できる限り対応致します!