懐かしい夢
少女が生まれるずっと前、人魚は人間から逃げ、この都にたどり着いた。
都には結界が張ってあり、都に害をなすと判断された存在は、結界を通る事は出来ない。
安心安全な楽園を得た人魚は、海の底で音楽を奏でながら暮らしていた。
そして、その都で、少女は生まれる。
人魚は増えることが出来ない種族だ。
子を作り終えると、父となる男が死に、母となる女も、子を産むと死ぬ。生まれてくる子は必ず二人。減らないが増えない。その代わりに長い生を得たと言われている。
だから人魚は、死んでもいいと思えるほど愛し合った時だけ、子を作るのだ。
二人の愛の証として生まれてきた双子は、決して両親に会うことは叶わない。
そのため、周りにいる他の大人達に、我が子のように可愛がられ、大事に育てられる。
少女とその妹にとって、ここに住む人魚達は、みんな家族だ。
都に住む人魚には、リザードマンという良き隣人がいた。
人魚が都にやって来た少しあと、近くの孤島に住み着いたのがリザードマンだった。
最初は警戒して様子を伺っていた人魚だったが、リザードマンはとても親切で、陸にしかない果物や、料理をふるまってくれた。
人魚と同じように、鱗を持っていることも、人魚達に親近感を持たせた。
人魚は、交友の証として、リザードマンに音楽を伝えた。リザードマンはそれをいたく気に入り、二種族の交流が始まった。
リザードマンは、島の中を人魚が自由に行き来できるよう、水路を整え、人魚達は、リザードマンが水中で活動できるよう、自らの鱗を使って御守りを作った。
リザードマンは槍を使った武術を、人魚は楽器や歌を、互いに教えあった。
百歳になった頃、成人と認められた少女は、初めて都を出て、リザードマンの住む孤島を訪れる。
そこはキラキラと明るくて、音もなんだかハッキリしていて、海底とは何もかもが違った。
それが新鮮で、面白くて、少女は気づいたら歌いだしていた。いつもと違う、とても軽やかで、楽しい。気持ちいい。
「綺麗な声だね」
一曲歌い終えた時、後ろから声をかけられて、ビックリする。
振り返ると、海底からみあげた海のような、深い紺色の鱗をしたリザードマンが川べりに座っていた。
初めて見るリザードマンに、少女はすこし警戒しながらも、好奇心を隠せずにいた。
「僕は音楽はからっきしだから、とても羨ましいよ」
そう言って細められた、都の建物のように白い目は、少女を映してはいなかった。
「あなた...もしかして、目が見えないの?」
少女は気になって、思わず声をかける。
「ああ。そうだね、僕は目が見えていないらしい」
リザードマンは、他人事のように答える。
「らしいって...自分の事でしょう?」
「ははっ、確かにね。...でも、生まれた時からずっとこうだから、ピンと来ないんだ」
その言葉に悲壮感は全くない。ただありのまま、自分の事を話しているように感じた。
少女はそのゆったりした雰囲気に、彼の事を知りたいと思った。
「私はユラ。ねえ、あなたの名前はなんて言うの?」
彼は少し、驚いたような表情を見せた。
「ユラ...僕はスーヤン」
「スーヤン。私と友達になりましょう」
スーヤンは視点の定まらない瞳に、じっとユラを移すと、嬉しそうに表情をほころばせた。
「僕でよければ。よろしくユラ」
あなたがいいのだという言葉は、何故か伝えることが出来なかった。
それから二人は、時間があれば一緒に過ごした。ユラが歌っているのをスーヤンが聞いていたり、スーヤンがユラを抱えて島の美しい景色を見せてくれたり。二人で美味しい料理に舌鼓を打ったり。
ユラにとっては全てが新鮮で、何をしても楽しかった。
「それでね?ミラったら、自分がお姉ちゃんだって譲らないのよ?」
「でも、どっちが先に生まれたか誰も知らないんだろう?」
「私に決まってるわ!私の方がお姉ちゃんなんだから、私がミラを守るの!」
「はは、ユラはミラが大好きなんだね」
スーヤンはいつでもユラの話を楽しそうに聞いてくれて、その言葉は誰よりも優しかった。気の強い自分とは正反対で、それがとても心地いい。
盲目ながらも、スーヤンはリザードマン一の戦士で、たまに遭遇してしまう危険な魔物から、いつもユラを守ってくれる。
人魚のユラに、泳ぎでついてきてくれる。
ユラが歌うと、うっとりと聞いて、終われば綺麗だと褒めてくれる。
ユラはその度に嬉しくて、でも何故か胸が苦しくなった。
「私、スーヤンと家族になりたい」
驚くほどするりと、その言葉は口をついた。
自分でも何を言っているのか、よく分からなかった。
でも、口に出してみると、何よりもしっくり来たのだ。
スーヤンは、嬉しそうに、だけどどこか寂しそうに笑った。
硬い手の平に抱き寄せられる。
「そうだね。僕もユラと家族になりたい」
ぎゅうと、こんなに強く抱き合うのは初めてだった。
暗い海のような鱗は少し温かくて、包まれているとドキドキするのに安心する。
ずっとこのまま、彼とくっついていられたらいいのに...。
なぜだろう。心のどこかで、それはできないことなのだと感じた。
「...ラ......きて.........ユラ!」
誰かが読んでいる...。スーヤン......?
「起きて!」
パチ、と覚醒すると慌てた顔をしたミラがいた。...なんだか懐かしい夢を見ていた気がする。
「どうしたの...?そんなに慌てて」
身を起こしながら尋ねると、緩慢な動きに焦れたようにミラが状況を説明する。
「マサキとアサヒが、また捕まえられたのよ!」
「えっ?」
「私たちが寝てる間に、祭壇で何かしてたとかで...」
一気に血の気が引く。祭壇で...?一体何を?
とても嫌な予感がした。マサキを信じたいが、もし彼女たちが都に害をなす存在だったら...。
「その時に、あの石を持ってたって…」
ガクッと目の前が暗くなった。
そんな...じゃあ、祭壇から石を取ったのは…。
「私はなんて事を...」
スーヤン達の子孫に迷惑をかけた挙句、危険人物をまんまと都に引き入れてしまった。
「でもさ、おかしいと思わない?」
「え...?」
「だってさ、わざわざ盗んだ石を、どうしてわざわざ祭壇に持っていったんだろうって」
そう言われると確かに...。
「不自然ね」
「でしょ?だから盗んだわけじゃないと思うんだよね」
「......何か訳があるのかも」
ユラとミラはお互いに頷きあった。
「牢に行ってみよう」
誤字脱字、教えていただければありがたいです。
素人文ですので、意味違いや不適切な表現等あるかもしれません。
その際もこっそり教えていただければ^^
できる限り対応致します!