ティアロ
なにこれ...幽霊?
少女の顔に向かって、そっと手を突き刺す。
「ほぎゃああああっ!」
ああ、やっぱり触れないや。幽霊か。
「いきなり人の顔をぶっ刺すやつがあるか!ばかもの!!」
少女はピシッと俺の頭に、手刀を振り下ろすが、やっぱり触れることはなく、すうっとすり抜けた。
「うひぃっ」
なんだこれ、めっちゃゾワゾワする。悪寒がスゴい。これは完全に幽霊だわ。根拠はないけど、多分絶対に幽霊。
「ほぅ...お前、なかなかいい器だな」
「...器?」
なんだろう...。なんか、嫌な予感。
「さあ、私を受け入れ傀儡となるがいい!!」
少女が、俺に向かって勢いよく飛んでくる。
やっぱりそう来るか...。
俺はそれをひらりと躱した。受け入れる義理はない。
「くっ!なぜ避ける!?」
「いやいや、避けるって普通」
「大人しく身体を明け渡せ!!」
突進してくる少女を、ひらひらと躱し続ける。
うーん、動きもさして速くないし、瀕死にでもならない限り、この子に捕まることはないぞ。
「このっ!ちょこまかと!」
「無理だって。諦めなよ」
数分間全力で突進し続けた少女は、ゼェハァと息を切らして項垂れた。
幽霊って、息切れするんだ。
「ハァ...あんた、俺の身体乗っ取って何するつもりなんだ?」
なんだかちょっと哀れに思って、訳くらいは聞いてやることにした。
「フンッ!この天才ティアロ奏者、リューナ様が身体を欲する理由など決まっているだろう!」
ドヤ顔で指さしてくるが、全く分からない。
そもそもティアロ奏者って何...?
ティアロ...古代の龍語にあったような...確か......雫...?
「なんだ?察しが悪いな…超有名な音楽家の私を知らないわけもあるまいし...」
「いや、全然知らないけど」
「ナニィ!?」
ガビーン!とオーバーに仰け反ってリアクションした。話し方といい、リアクションといい、いちいち大袈裟だな。
そんなに有名人なのか?うーむ、俺って常識ないからなあ...。実はみんな知ってる人なのかもしれない。
「あー、俺あんま常識無いみたいだし、有名人とかもよく知らないんだよね」
「な、なるほどな!!そう言うことか!!」
リューナはホッとしたように肩をおろした。
「えーっと、それで、なんで身体乗っ取りたいんだ?」
「むむ、そうだったな!...ズバリ!地上の人間達に、私のティアロを聞かせるためだ!」
再びビシッと指さしをキメて、リューナ高らかに言い放った。
「あの...」
「なんだ?」
「ティアロってなんですか?」
リューナはズコーッと、コケる。
なんて言うか…リアクションが一昔前のヤツだな...。少女の姿をしてるけど、実は結構歳いってる?
「お前、あれだけ達者に弾いておいて、名前も知らないのか...?」
「え...?」
「この楽器のことだ!さっき弾いていただろう?」
ポンポンと、ピアノを叩いて示される。
どうやらこちらの世界では、ピアノのことをティアロと呼んでいるらしい。
「しかし、私以外にティアロ奏者がいるとはな」
「え?ピ...ティアロってメジャーな楽器じゃないの?」
そう聞くと、リューナは難しそうに首を捻った。
「うーむ。私も長らく海底にいるからな。今、地上でどのくらいティアロが認知されているかは分からんが、私が死ぬ直前に父が完成させた楽器だったから...当時は、私と父以外に知る者はいなかったぞ」
あ、やっぱこの子死んでるんだ。ていうか、お父さんが作ったの、コレ?凄いな!
「でも、完成してすぐ死んじゃったんだろ?ちゃんと弾けるのか?」
「なんだと...?」
俺の何気ない一言が、彼女のプライドに引っかかったらしい。
空気がピリッと引き締まって、リューナが静かにティアロの前に座った。
「舐めるなよ、小娘」
振り返らずに一言放つと、鍵盤にそっと指をかけた。
弾き始めた瞬間、リューナの世界に惹き込まれる。
力強いのに、なんて繊細なんだろう。
複雑な音程を、正確な指運びで奏でながら、感情表現までも抜かりない。
彼女が何を伝えたいのか、言葉などなくともハッキリと伝わってくる。
滑らかで重厚。こんな演奏、間近で聴けるなんて...なんて贅沢なんだろう。
三分ほどの短い曲だと言うのに、胸がいっぱいになる満足感だった。
俺は、言葉さえ忘れて、涙を流しながら、夢中で手を叩いた。
「フンッ、わかったか?」
「ああ...こんな演奏、初めて聴きいた…...」
「そ、そうか?わかったなら大人しく身体を」
「いいよ」
「なんだと?まだ私の凄さが...」
断られる前提で言っていたのだろう。リューナは、言葉を途切らせて、はたと、俺を振り返った。
「...え?」
「だから、身体、貸してもいいよ」
相変わらず表情は見えないが、きっとキョトンとしているのだろう。まじまじと、視線を感じる。
「いいのか...?」
「うん。あ、でも、貸すだけだぞ?」
「ああ......」
なんだか反応が鈍いリューナに、俺は手を差し出した。
「ほら、よろしく」
「...よろしく」
おずおずと出された手と握手する。
もちろん握れないが、今度はすり抜けるんじゃなくて、手を伝って俺の中に入ってきた。
俺が受け入れたからだろうか?
「う、んっ...」
一瞬ゾワゾワしたが、すぐに馴染んだ。
「アレ...?普通に意識ある?」
なんの変化も無いことに、思わず辺りをキョロキョロしてしまった。
ー別に意識が無くなるわけじゃないぞ?ー
頭の中で話かけられる。あ、ちゃんと入ってはいるんだ。
ー正確には乗っ取る、じゃなく乗り移る、だからなー
ー...なんか違うの?ー
ー必ずしも意識を奪うわけじゃないということだー
そういうことは、先に説明して欲しい。ちゃんと言ってくれれば、そんなに抵抗しなかったのに。
ーそういえば、俺の考えてる事って筒抜けだったりするの?ー
ーいや...お前の場合は勝手には覗けないなー
そっか、良かった...。ていうか、覗ける場合もあるのか...。
どういう場合は覗けるのか、気にならないでもないが...まあ、今はいいや。
ー俺の事はマサキって呼んでくれ、一緒にる白いワンちゃんはアサヒねー
ーわかった。じゃあ私のことはー
ー先生で!!ー
ここはちょっと譲れない。こんなにピアノ...もといティアロが上手い人だ。ぜひこの敬称で呼ばせて欲しい。
ーう、うむ!悪くないなっ!ー
ーじゃあよろしく!先生!ー
ーああ!よろしく、マサキ!ー
この時から、俺の身体に、天才ティアロ奏者が居候し始めた。
誤字脱字、教えていただければありがたいです。
素人文ですので、意味違いや不適切な表現等あるかもしれません。
その際もこっそり教えていただければ^^
できる限り対応致します!